恋次さんは戦闘態勢に入りました。
「待て、恋次! そいつは俥夫だ! 貴様は后候補らしくこっちに乗れ」
あわててルキアさんが割り込んできました。
今ケンカでもされたら衣装もボロボロになります。
「乗る? 俺が?! でも俺が乗ったら重くて動かねえし、メイドの身分でこんなもんに乗れねえ・・・。俺、走っていくぜ!」
「莫迦者!! 走ってくる后候補がおるか?! 茶渡、すまぬがそいつを座らせてやってくれ」
「問題ない」
そう言って俥夫の茶渡さんは恋次さんを抱え上げました。
いわゆるオヒメサマ抱っこです。
恋次さんは戸惑いました。
こんな風に軽々と、しかも貴重物のように扱われたのは初めてなのです。
「お、下ろせよっ!」
「暴れるな。落ちると服も汚れる」
「・・・・・」
それはマズイ、たいやきが遠のいてしまう。
そう思った恋次さんはじっと抱っこされるままになりました。
ちら、と見上げると異国風の風貌、立派な体躯。堂々の偉丈夫です。
豪華衣装を通して感じる茶渡さんの筋肉は、恋次さんのものより立派なようでした。
く、くそ!
俺だって!
恋次さんは、同じパワーファイター系として少し悔しく感じ、顔を薄く赤らめました。
おお、恋次が色気づいてきている・・・!
そんな恋次さんの胸中を全く知らないルキアさんは、恋次さんにレデーとしても自覚が出てきたのかと嬉しく思いました。
だってその方が后合格率が跳ね上がるからです。
さて、そんな二人の事情など全く関係ない茶渡さんは、恋次さん抱きかかえたまま、のっしのっしと西瓜の横に来ました。
そしてドアを開けて、その中にそっと恋次さんを下ろしました。
「す、すまねえ・・・」
「問題ない」
スイカの中はなにやら甘い匂いが漂っています。
ちょっと湿度も高いようですが、とりあえず中張りは完璧で、突貫にしてはいい仕事がしてありました。
隅っこに十字架マークが一杯あるなあ、と恋次さんがキョロキョロしていると、
「よいか、恋次。12時だ。12時までに后の座をゲットして城を出ろ」
とルキアさんがドアの外から叫びました。
「12時?」
「そうだ。12時を過ぎると・・・」
その時、西瓜の人力車が走り出しました。
ゴロゴロとすごい地響きがルキアさんの声をかき消しました。
「・・・なんて言ったんだ、ルキアっ?!」
「よいか!! 12時だぞ!」
「ルキアァッ!!」
もう声が聞こえません。
西瓜の馬車が巻き上げる砂埃で、手を振るルキアさんの姿もよく見えません。
長いこと恋次さんに過剰労働を強いてきた、でも唯一の家と呼べる更木家が遠のいていきます。
もう後には引けないのです。
賽は投げられました。
恋次さんは胸がキリリと痛みました。
そして腹もぐぅぅと鳴りました。
「この手で・・・后の座を掴んでやる!」
恋次さんの眼がギラリと暗く光りました。
こうして恋次さんの新たなる旅立ちのときが来たのでした。