上目遣い
「お、ねこ」
わざわざ口に出すほどのことではないが、わざと声高く言ってみる。
だって今日はこんなに静かな月夜。
酒がなくたって酔えるってもんだ。
道のど真ん中、座り込んだままの子猫を両手で掬い取る。
見た目よりも軽く、骨ばった体。
大きく膨らんだ毛に惑わされて、力の加減を誤ってしまった。
抱き上げるつもりだったのが、思わず放り投げそうになる。
両掌の中、きしり、と強張る小さな体、上目遣い。
「ほーら、大丈夫だ?」
片手に乗せ、もう一方の片手で背を撫でると、
コツコツと背骨の感触が掌をくすぐる。
「そんなに警戒しなくても、悪いようにはしねえよ」
大きく見開いた眼で睨めつけてくる。瞬きさえしない。
「飯もちゃんとやる。仲間だって見つけてやる」
喉の奥からひどく警戒した低い唸り声。
「飼い殺しにするような真似はしねえ。
だから、オメーもそんなにビクビクすんな」
顔に近づけると、子猫は尖った歯を強く軋り合わし、
いつでも飛び掛ってこれるように全身を緊張させた。
そうそう、その調子。
簡単に信用するんじゃねーぞ。
いつでも反撃できるよう、しっかり牙と爪を研いでおけ。
「さて、隊舎にでも連れて帰るか」
懐に入れると、しばらくもがいていたが、やがて大人しくなった。
今来た道を振り返ると、墨をぶちまけたような夜空には、強く白く輝く下弦の月。
朽木の飼い猫と呼ばれる、入隊仕立てのひどく怯えた猛禽類を否応無しに思い出した。
伏し目 >>
<<back