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―――12月10日昼過ぎ、1本の電話。 「……元気か?」 「こうやって喋ってられんだから、そうなんじゃねえのか」 「その憎まれ口も健在で何よりだ。……ところで24日だが、大丈夫か」 「大丈夫も何も、空けろっつったのはテメエの方だろうが」 憮然とした声で返すと、電話の向こうでふ……と気配が和らぎ、微かな笑い声が漏れる。 「ああ、そうだったな、伊達。……済まない」 余程遠くからかかってきているのであろうか、会話に僅かなタイムラグが生じて、互いに無言の時間が過ぎる。電話の向こうから「伊達」と呼ばれた男は、皮肉気な、しかし笑いの籠もった声で答えた。 「心にも無えこと言ってんじゃねえ。声が笑ってるぜ」 その返事で更に零れる笑いを隠そうともせず、Jは秘め事でも語るつもりなのか、囁くようにひくい声で告げる。 「空けてくれてあるなら、それでいいんだ。……では、いつもの時間に」 「解った」 大概の日本人よりも流暢な日本語を話すこの男が、実は生まれも育ちも生粋の米国人だとは、実際の姿を見なくては到底信じられまいと、携帯電話のボタンを押しながら伊達は思う。 「24日、空けてあったと思うが」 携帯を懐に仕舞いながら、伊達は常に傍らに座す、若頭の内藤に問うた。 「はい。半年前から空けておけとのお話でしたので。……レディング様ですか?」 「ああ。毎年恒例の野暮用だからな、仕方ねえ」 「あの野郎も、選りに選ってなんで毎年この日に……」と苦笑する伊達を見ながら、内藤は口元に微かな笑みを零した。 鬼神の如く戦う様を幾度と無く見せつけられ、力だけではない、頭脳でもその辺りの暴力団風情など足下に寄せ付けぬ才を持ち、この世界の人間に欠かすことの出来ない、カリスマ性と人心掌握術にも長けていて、ともすれば持ち合わせぬ能力など皆無ではないかと思わせるこのひとが、内藤には何故か、何一つ自分のものを持ち合わせぬ、ちいさく儚い存在のように見える瞬間が幾度かある。 己から見える伊達という「ひと」は、こんなにも強く、一度見たら忘れることなど出来ないくらい強烈な印象を与えるのに、何故かその存在は危うく思えて仕方ないのだ。……実はこのひとのなかには何もなく、ただまっさらな「虚無」だけが「存在」しているのではないか―――その唯一本人のみが気付かぬ危うさを、彼自身に秘めているようにさえ思えて。 このひとの中にある「危うさの正体」を突き止めたい、出来ることならば取り払いたい―――近くでそう思いながら見続けて既に幾年過ぎただろう。近くで彼を見つめるうち、いつしか「何があってもこのひとの傍についていたい」と思わせるような何かが彼のなかにあったから。 だが、初めて出会ったその瞬間から、このひとの全てに惚れ込み、以前のしがらみを必死で振り解きながらここまで長いこと追従してきた自分だけれど、そんな絆など、「あの塾」に絡む人々と比べたら簡単に切れてしまうほどの薄い縁でしかないことを、内藤は十二分に承知している。 別段、伊達が自分やその他の構成員達をぞんざいに扱うという訳ではない。どころか、通常「暴力団」と呼ばれる組織では考えられないほど手厚く、親身に扱ってくれているとさえ思う。だからといって優し過ぎるわけではなく、むしろ冷酷・非情と見えるほどにその決断はきっぱりしているし、伊達自身が告げる言葉もそう多くはないのだが、「このひとのためになら」と皆に思わせる何かが、伊達というひとの中に存在している。しかしそれがあの「虚無」から来るものなのかどうか、内藤には未だ図りかねていた。 「この日くらいしか休暇がないのでしょう。……あちらの国の事情として」 かの塾で同じ時を過ごした友人達も、伊達に対して同じ事を思うのだろう。自分たちとの関係上決して表立って言えぬことだが、この国の政を治める総理大臣にしてからが、このひとと共に過ごす時間をつくる為、日々必死になっているのだから。 そしてそれは剣総理のみに限った事ではなく、先程のレディング氏―――対外的な身分は「米国海軍総司令官」という―――を始めとした塾時代の同輩・先輩達に、塾以前からの深いつきあいであるらしい外科医たちなど、名や身分を明かせば驚くほどの存在が、伊達との縁をたいせつに守り、失うまいとしている姿を、内藤は見知っていた。 「奴みたいなのは暇な方が良いんだろうが、このご時世じゃそうも言ってられねえからな。……休みなだけマシか」 よしんばそれが、一般的な「友情」と呼ばれる枠を越えた関係であっても無理からぬことで、ごく当然のことであろうと内藤は思う。卑しい感情ではなく、傍で見ていたい、見守りたい―――この不安定な存在を確かにする為の支えとなれるのならば、自分のような者でも傍に在りたいと思うのは、決して間違ってはいないと思うからだ。 ―――このひとが本当に求めている、己を確かにしてくれる存在が、唯一人しかいないことを知っていても。 求められる事は数多、だが自身の求める存在は唯一。しかしその身の幸いか、伊達が求めるひとの存在を周囲の殆どが知っていてなお、それを含めて友人達は彼を優しく見守り、包んでいる。 「年末は御用納め以降元日まで、総理が別荘でお待ちだそうです」 「ったく、どいつもこいつも……」 半年以上も前―――下手すれば一年も前から、レディング氏が伊達の予定を空けておくよう言う理由。そして、もし彼の都合がつかなければ、その他ありとあらゆる友人達が順々に、だが挙って23日以降の伊達の予定を詰めようと必死になっていることを、伊達自身は知っていてなお、万に一つの可能性を諦めきれず、彼のひとを待ち続けている。 (……全く、因果な方だ) 伊達の塾以前の過去を知る者はごく少数であり、内藤自身でさえ知っていることはほんの僅かでしかない。ただ、この歳であれほどの強さを、戦闘経験を積んでくるには、なまじの過去ではないことだけは窺い知れて、それを知っているからこそ周囲は彼を支えよう、失くすまいと必死になるのだろうかと、人知れず思うことはあって。 (だが、自分もその内の一人だ) このひとに惚れ込み、死ぬまで―――否、出来ることならばその後までも、このひとの傍らに居続けられればどれほど幸せだろうかと思いながら、侍り続けるのだ。 「……悪いな、いつも」 この時期、伊達の都合についての問い合わせが、本人ではなく内藤に集中することを知っていて、伊達がぼそりと呟くように詫びる。 「自分が好きでやっていることです。お気になさらず」 伊達自身にすれば、直接友人達に問われれば返事をしないわけではないのだ。だが、その「自分のための気遣い」が解ってしまうからこそ、却って素直に答えることができず、ついひねくれた返事をしてしまいかねない。だからこそ、全てを知った上で引き受けてくれる内藤という存在を、殊更に有り難く思うのだろう。 (知っていて下さるのだから、それで良い) それだけで己は報われる、と内藤は思う。 >>NeXT> |