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一号生が暮らす男根寮で、臣人は飛燕の部屋にある紙袋を発見した。 何気なく目をやると中にはクッキーの詰め合わせが無数に入っている。 いくら綺麗な顔をしていても飛燕は間違いなく男だ。 こんなにたくさんのお菓子を食べるはずはない。 一体これは何だと尋ねたら、ホワイトデーに配るものだと聞かされた。 先月のバレンタインデーでもらったチョコレートのお返しだと言う。 だからもしもチョコレートをもらっているならば、何かを返すべきだと進言を受けた。 もらってはいないが贈りはした。 それもたった一人に。 赤石は知ってるだろうか。 バレンタインデーを知っていたからきっとホワイトデーも知ってるとは思うが。 「……」 ホワイトデーは明日。 先月に引き続き、今夜もどうやら寝つけそうにないと思った。 当日の朝は予想以上に落ち着かなかった。 鬼ヒゲの罵声やしごきもどこ吹く風。 飛燕にもたらされた情報のお陰で、昼休みを迎えるまで心穏やかでいられた試しはない。 こんなことになるなら紙袋のことなど聞かなければよかった。 気が散って何も手につかない。 もらえるかもらえないか。 答えは一つ。 非常に心臓に悪い。 ろくすっぽ昼食も喉を通らず、高まる緊張の中で午後の授業が始まった。 平静を装ったが何の意味もない。 桃太郎や三面拳だけでなく田沢にまで具合が悪いのかと心配されながら、長かった一日がようやく終わる。 放課後になって臣人はしばらく教室に残っていたが、やがて待ちくたびれてさっさと帰ることにした。 早々に気持ちの準備をしていただけに、音沙汰がない事実が非常に腹立たしい。 苦虫を噛み潰したような顔で校舎から出ると、校門に立つ赤石が見えた。 今更何だと思いながら、大股で校門を通り過ぎる。 「おい」 横を通った途端、赤石の声がした。 しかし臣人は立ち止まらずに先を急ぐ。 「聞こえねえのか、ガキ」 「ガキじゃねえっ」 無視するつもりがやはり赤石の挑発にのってしまう。 睨みつけたら、してやったりと目で訴えてきた。 「いつもより遅いじゃねえか。何してやがった」 「あんたにゃ関係ねえ」 まさかお返しを待っていたとは言えまい。 しかも昨夜から浮き足だっていたなどとは口が裂けても言いたくない。 「この前もらったやつの借りを返しに来た」 「いらねえよ、そんなもん」 「今日はそういう日なんだよ。黙って受け取れ」 そう言った割には何も持っていない。 またからかわれるのかと警戒したら、それに気付いた赤石が軽く笑った。 「馬鹿」 「うるせ……」 油断したのはほんの一瞬。 僅かな隙にかっさらわれた唇が驚きで震える。 「う……」 どうしたらいいか分からない臣人を赤石が抱きすくめた。 静かに唇が解放され、ホッと息を漏らす。 「て…めえ……」 「危機感が足りねえな」 キスを落とした赤石に動揺は見られない。 前もってお返しはこれだと決めていたのだろうか。 あまりにも冷静すぎて、狼狽えてるこっちの方がみっともない。 「これでいい加減、覚悟決めろよ」 「おい、赤石っ」 臣人の抗議には耳を貸さず、赤石は校舎へ向けて歩いていく。 置いていかれた臣人はその場で一人固まった状態。 逃げたいのに動けない。 いいようにされた悔しさがこみ上げて、臣人は思い切り叫んだ。 「ふざけんなっ」 待ちわびていたホワイトデー。 返ってきたのは不意打ちのキスだった。 怒りと困惑とそして──喜び。 いろんな感情に頭の中がいっぱいになる。 苦しくなる。 「畜生……」 感触なんて覚える暇なんてない。 温かかったのか冷たかったのかさえ。 それでも手の甲でそっと隠した唇。 今だけは誰にも見せたくなかった。 |