視線と確信。

 冬の風が肌を心地好く撫でていく。
 部屋の中でも隙間風が入り、鳥井は身震いをしていた。

 今日は朝から鳥井の家に、坂木・滝本・小宮の三人が遊びに来ていた。特に理由がある訳ではないが。言うなれば、滝本が「鳥井の鍋物食いたい」と言い出して坂木の携帯に電話をした事から始まった。
 「迷惑ですよ、そんな無理矢理っぽく…」と遠慮がちな小宮を引き連れ、坂木と道途中で会うと、三人で鳥井の家に向かっていた。
 何の断りもいれられていなかった鳥井はげんなりした表情で坂木を見ていた。坂木は苦笑しながら「ごめん」と口パクで言うと、鳥井は仕方無しに中へといれた。何せ、外はもう冬で、雪が降ってもおかしくないくらいに寒かったからだ。鳥井は、自分の家の前で風邪を引かれたらたまらない、そうとも思ったのだろう。
 中に入ると、丁度パソコンで開いていたネットの頁に小宮が興味を持ち始め、坂木もそれに嵌ってしまった。滝本が「飯ー」と呟くと、鳥井はわかるような位大きなため息をつくと、「滝本、お前も手伝え」と言って、キッチンへと入っていった。
 そして、滝本は不器用なまでにも色々と鳥井の手伝いをしていた。鳥井も楽を覚えたのか、滝本にいくつもの注文を出してくる。滝本は文句をたらしつつも、鳥井の手さばきを見ては見真似で試していた。それでいて失敗すると、鳥井に小さい声で笑われている。
「くそっ。ホントお前ってよくできるよな。お嫁さんにしたいタイプだぜ」
「お前の嫁になったって嬉しかねぇよ」
 滝本の言葉に、ほんの少し意味が込められていたとしても、鳥井は軽く受け流すだけでいた。むしろ、滝本が鳥井に密かな思いがあるとすら、思っても考えてもいないのだろうが。
 できた鍋をテーブルに運ぶと、坂木と小宮はにこやかになりながら席についた。続けて滝本と鳥井も席につき、その鍋をつつき始める。
 部屋の中までも寒さが染み込んできている今の季節には、とても味わいのあり暖かさが身にしみて感じる、そんな優しい感じの鍋物だった。

    ◆

「じゃぁごちそうさん。上手かったぜ、えーと…何とか鍋」
「什錦火鍋だ。当たり前だろ、誰が作ったと思ってるんだ」
 鍋料理の名前を忘れた滝本が、靴を履きながら鳥井にお礼を言った。
 鳥井はそれに答えると、自信ありげにして屈んでいる滝本を見下ろしていた。
「はいはい、鳥井様ですよー」
 悪遊びっぽく声をだすと、小宮が滝本より先に玄関のドアを開けた。そこから益々冷え切っている風が吹き込まれる。鳥井は思わず首を竦めた。
 ドアを開けると、小宮が「あ!」と言って飛び出し、空を見上げた。そして笑顔になって振り向くと、まだ玄関でぼやぼやとしている三人に「雪ですよ!」と叫んでいた。それに気づいた坂木は、滝本を押し退けるようにして先に外へ出た。車の中々通らない道路に出ると、坂木と小宮は無邪気な子供のように喜び始めた。
「よくこのクソ寒い中で遊べるな」
 鳥井はぶつぶつ文句を言いながらも、滝本たちを外まで送るのに出てきてくれた。そして、ダルそうにしながら、自分の部屋の玄関の壁へ、背中を預けてよっかかっていた。滝本は、その鳥井の横に立ち、苦笑しながら坂木達を見ていた。その滝本がふと鳥井を見つめた。
 鳥井の頬が、うっすらと赤みを増していた。不意に手を伸ばし、鳥井の赤くなっている頬に触れると、自分の手との体温の差がはっきりと感じられた。
「冷てぇな、お前のほっぺ。冷えきってんぞ」
 そう言いながら、滝本は鳥井の頬にペタペタと触れてくる。鳥井は鬱陶しそうに眉を寄せながら滝本の腕を掴むと、無理矢理顔から引き離した。
「止めろ、触るな。外にいるんだから冷えるのは当たり前だろ。それに、寒いのは坂木と小宮だって…」
 鳥井の視線が坂木や小宮に移ったところで彼は言葉を止めてしまった。口を半開きにしながら何か寂しげな瞳で、無邪気にはしゃいでいる彼らを見る。
「仲いいよな、あいつら」
 滝本の言葉に身動ぎを見せないものの、鳥井は内心悲しみに浸り、焦りを感じていた。いつか坂木にとっての一番は自分じゃなくなるのだろうか。いつかは離されてしまうのだろうか。そう思うと、居た堪れない気持ちが鳥井の涙腺を襲いだす。それでも涙は流さなかった。
「……坂木は、分かりやすい性格だからな。小宮も温厚だから…お互い気が、合うんだろう……」
 どこか“自分は小宮と違って坂木と気が合っていないかもしれない”といった感じを装う鳥井に対し、滝本は少し驚きを見せる。ここまで坂木とずっと一緒にいた奴がこんな弱音を吐くとは思ってもなかったのだろう。滝本は少しだけ坂木の事を同情してしまった。
「何だおまえ、坂木がお前を置いてどっか行くとでも思ってるわけ?」
 滝本の急な質問に、思わず鳥井は言葉を詰まらせてしまう。確かに今までの行動からみれば、坂木が一人孤独な鳥井を置いてどこかに行くのは考えられなかった。それでも“そうだ”と言う証拠はない。
 先刻より益々眉にシワを溜めた鳥井が俯いて、滝本に左巻きのつむじを覗かせる。
 滝本は嘆息つくと、鳥井の肩に手を乗せた。
「試して……確かめてやろうか」
 鳥井が“は?”という間もなく、滝本は鳥井の肩を抱き寄せていた。
 一瞬何が起こったか分からなかった鳥井だが、自分をすっぽりと包み込む滝本の暖かさにハッとし、腕を突っ張らせて声をあげた。
「おい、触るなって言っただろ。はな…」
 鳥井が視線を感じたのか、言葉を中断させ、空を見つめていたはずの坂木の方を見る。坂木は鳥井のあげた声に、気付いたのだ。鳥井と坂木の瞳が重なる。
 その瞬間――――
「滝本っ!」
 その坂木の声で、ようやく小宮の視線も鳥井と滝本のほうへ流される。滝本は、小宮の視線が完全に鳥井と自分を捕らえる前に、サッと抱いていた鳥井の肩をはなした。坂木は自分が咄嗟に滝本の名を叫んでいた事に気付き、無意識だったと確信すると、更に滝本の方を見つめていた。どちらかと言うと、睨み、かもしれないが。
 鳥井の肩に再度手の平を乗せ、ポンポンと軽く叩くと「ほらな?」と言いながら、鳥井に笑いかけていた。そして直ぐに坂木と小宮の所へ走っていった。
「小宮、帰るぞ。坂木、悪かった。またな」
 そう言うと、滝本は振り返りもせずにサクサクと一人で歩いていった。
「先輩! 待ってくださいよ! あ、鳥井さん、坂木さん。有り難う御座います。失礼しますね」
 小宮は礼儀正しくペコッとお辞儀をすると、小走りで滝本の元へ行った。
 静かに雪の振る中、坂木と鳥井は暫くの間、寒さを忘れて外に立ち尽くしていた。

    ◆

「先輩! どうしたんですか、急に」
「(鳥井の奴。頭いいくせに自分の事はわかんねぇのかよ)」
「先輩?」
 滝本の歩調が速く、小宮は追いつくのでやっとだった。オマケに滝本は何かを考えながら歩き、小宮の言葉など耳に入っていなかった。
 小宮はそれ以降声をかけるのを諦め、降り続ける白い雪を、未だ興奮したような瞳で見つめていた。
「(坂木と鳥井が、か…分かってたけど、コレほどまでくるとはな)」
 苦笑しながら小さくため息をつくと、滝本は足を止めて、雪の降り始めている原点を見つめていた。

2004.9.19