絡む指。

 今日は務めている保険会社も休みな日。これと言って暇を潰すような用事もなく、僕は朝から珍しく家事をこなしていた。洗濯・掃除をして、机の周りも小奇麗にしてみた。
 綺麗になったところで、外は曇り気味。心は晴れても、だんだん気が落ちてきてしまいそうだった。
 こんな天気の悪い日に、何気なく散歩に出てみようと思ったのも不思議に思えた。行く当てもなく、只ふらふらと歩いていたら、どこか覚えのある道のりな事に僕は気付く。
 それは、鳥井のマンションまでの道のりだった。
 知らず知らずのうちに、彼の家の方向へと足が進んでいたのだ。忘れるはずのないその道へ。
 だから、そのまま鳥井の家に行って、また鳥井と何をする事もなくぼ〜っとしていようかと思い、足を進めて三歩目で止めた。いつまでも僕からばかり行っていては意味がない。僕の当初の目的は何だった…?
 そう、僕は鳥井を自らの足で外に出す事が目的なのだ。僕から行っていたら、僕自身がその目的を壊しているようなものだ。でも鳥井は…きっと出たがらないだろうな…。
 足を止めて数分間考えていると、前方に秋ならではの出店が来ていた。寒い季節にこれを食べていると、心まで温まりそうな、そんな食べ物を売っている店が。
 そこで僕はある事を思いついた。これを口実に、鳥井にここまで来てもらおうと。
 考えがまとまるやいなや、僕はポケットに入れていた携帯を取り出し、短縮の001を押した。暫くしてその電話に出るのは、僕の大切な人。かけがえのない人物、鳥井のとこへ。
『…はい…?』
「鳥井? 坂木だけど、今から○×公園においでよ。外は曇ってて暗いし、鳥井のとこからなら直ぐだろう?」
『嫌だ。寒い』
 ディスプレイに“坂木司”とでたから取ったのだろうけど、鳥井は少し躊躇いがちに出た。それでも、僕だと言う事を確信したなり口調が変わる。その上、外に出て来いと言ったものだから、鳥井の声は益々暗くなり拒んでいる。
 だけど、ここで引いていては電話をした意味がない。僕は何度も何度も押してみせた。
「マフラーでも何でも巻いて、何重でも重ね着してくれば良いだろう?」
 それでも鳥井は動こうとしない。その後も、鳥井は暫く“どうすっかなー”と言う、行く気の全然見られない返事の繰り返しだった。
 だから僕は奥の手を使う。
 鳥井が絶対来てくれるだろうおまじないの言葉だけを言って、僕はその電話を一方的に切った。

「鳥井。僕は鳥井が来てくれるまで、ずっと待ってるからね」

    ◆

 出店で買ったそれを持ち、その公園のベンチに座っていると、電話から数十分経ったところで鳥井がきた。何重にも重ね着をして、マフラーをぐるぐるに巻いて、ニット帽を目深にかぶり、尚且つ両手をポケットに突っ込んだ格好で、僕の目の前にムスッとした表情で立ったのだ。
 そして第一声が『卑怯者』だった。
 何時もと変わらないな、なんて思いながらも、変わらずにいてくれて嬉しいと矛盾な考えを巡らせる。ぶっきらぼうに吐き出した鳥井の言葉に笑いながら、僕はゆっくりと立ち上がった。
「だって鳥井、こうでもしないと出てきてくれないじゃないか」
 微笑むと、鳥井は口を尖らせて目を泳がせながら俯いてしまった。それが全て、肯定なのだ。
 とりあえず、鳥井に“座りなよ”と促がすと、僕は再び腰をおろした。続くように、僕の隣に、鳥井が身を竦めながら座る。
 そんな鳥井の目の前に、僕はさっき買ったものをつき出した。
「はい、鳥井。焼き芋だよ」
「…見れば解る」
 愛想のない反応は返しても、少しだけ頬を上気させながら芋を受け取っていた。“おいしいね”などと言ういたって普通の会話をしていると、鳥井が芋を食べる手をピタリと止めた。
 それに対して、僕は残り少なくなった芋を口にしながら、“どうかした?”と尋ねるように顔を覗くと、鳥井は眉間に眉を寄せながら、ゆっくりと口を開いた。
「…まさか、この芋の為だけに呼んだとか…?」
 ギクリとして目を瞠ってしまう。
 どちらかと言うと、芋を食べる為に呼んだわけでもなかった。ただ鳥井と二人、一緒の時を過ごせればそれでよかった。
 僕は暫く無言のまま色々と考えた。何の言い訳をしても、鳥井は直ぐに嘘だと気づくだろう。それが鳥井の本能でもあるのだから。
 僕は、口の中で噛んでいた芋を喉の奥に通すと、一息ついてから、ダラリと放り投げてあるような鳥井の左手を握った。鳥井の手の形を確かめるように、一本一本指を絡めながら。
「まさか、僕が芋の為だけに鳥井を呼ぶわけないだろ? 僕は鳥井と一緒にいたくて呼んだんだ」
 言葉の後に、しっかりとした微笑を見せると、鳥井はじっと僕の瞳を覗き込んできた。そしてそのまま、子供のような無邪気な顔で微笑を返してくれた。
「俺も、坂木と一緒にいれればそれでいい」
 そう一言だけ言って、途中だった残りの芋を、口へと運んでいた。
 そんな顔を見せられては、抑えなきゃいけない衝動も抑えれなくなると言う事を、鳥井は知りもしないだろうに。どこまでもストレートな鳥井には、本当に面食らってしまうばかりだった。
 辺りは誰もいない。もとから人通りの少ない道の公園だったし、この公園は、夕方あたりにならないと人が訪れない。僕は、それを利用して、鳥井に問い掛けた。
「ねぇ、鳥井」
「何だ?」
「キスしてもいいかな?」
 次に面食らったような顔を見せたのは、鳥井の方だった。急に僕に突拍子もない事を言われたから驚いているのか。そう思っていたら、どうやらそうでもないみたいだ。驚いてるのではなく、どちらかと言うと、羞恥心を覚えて、困っている感じだった。
 まぁ、場所が場所だからって言うのもあるかもしれないけど、もっと言ってしまえば、このままここで事を起こしてもいいと思っていた。これでも僕にだって羞恥心はあるけれども、鳥井の魅力には敵わない。
 暫く黙り込んでいた鳥井。徐々に頬が朱に染まっていくのを見るのも、楽しくて仕方がなかった。繋がれた手に力を込め、再度“ダメかな?”を聞くと、鳥井はハッとしたかのようにし、僕の手を大きく振り解いた。
「ダメに決まってるだろ! 此処を何処だと思ってるんだ、坂木は!」
 凄い怒鳴り口調で真っ赤になって言う鳥井は新鮮だった。こんな表情を見れただけでも良しとするか。
「冗談だよ。何も赤くならなくても」
 からかうように笑いながら言うと、鳥井は本当に拗ねてしまい、僕の問いかけにも応じなくなってしまった。
 ここまでくれば仕方がない。もう鳥井の家に行こう。そう思い、僕は静かな動作で立ち上がると、鳥井の前に立った。
「ほら、鳥井。おいで」
 僕の差し伸べた手をじっと見て、ため息を一つ落とすと、鳥井はおずおずと自分の腕を伸ばし、僕の手に重ねて、ぎゅっと握り締めた。
 瞬間、前方から突風が吹いて、体格の小さい鳥井が小さくうめきながらよろめいていた。それでも繋がれていた手があったから、僕の力で鳥井は完璧に倒れる事はなかった。
 立ち止まって風に対抗する小さな体を見て、僕は思わず笑わずにはいられなかった。直ぐに鳥井の空いている手が、拳となって僕の脇腹に飛んできたけど。
 そんな小さな体でいて、必死に前に進んでいる姿が、愛しくて愛しくて、掛替えなのないものに思える。
 たぶん、これからもずっと、僕は鳥井の事を変わらずに大切にしていけるんだと思う。
 確信はしきれないけど、鳥井が鳥井でいてくれる限り。

 そして、僕が僕でいる限り……。

2004.11.01