休みになる度、自分の身を閉じ込めている鳥井の元に足を進める。
扉を開けば、僕には笑顔を見せてくれる鳥井が、いつも美味しい飲み物を用意して待っていてくれた。
特に何かをするわけでもない。それでも、鳥井の傍にいる事が、僕にとっての日常的な出来事なのかもしれない。そして、そうする事で、僕も鳥井も心を落ち着かせる事ができているのだ。
ソファーに座って、ここ一週間で起きた出来事を、上司にでも報告するかのように鳥井に話す。笑い有り、シリアス有りの話に、鳥井は興味を持ってくれる。それだけで、鳥井が少しは外にも興味を持ってくれることを僕は心から望んでいるのだ。
もちろん外に興味は持って欲しいが、もっともっと、僕自身にも色々と感じてほしかったから。
「と、そんな感じだったかな。鳥井の方は何かあった?」
一通り話し終わり、僕は鳥井の方に何かなかったかと尋ねてみる。鳥井は数秒考えた後、きっぱり“別にない”と答えた。あまりにも安易な返答だったものだから、僕の方こそ返す言葉がなく黙ってしまった。
暫く沈黙が続くと、鳥井はもごもごと小さく口を開いた。
「…が、きた」
その小さな声にはっとして顔をあげ、喋ろうとしている鳥井言葉に耳を傾ける。
「…父さんが…きて……」
少し躊躇いながら、恥かしそうにしながら、それでも確実に、鳥井は一つ一つ言葉を口にする。
「…元気か? って。それと、坂木にそれを渡して欲しいって」
視線と顎で示された先はテーブル。その上には、茶色い箱がのっていた。僕はそれを手にとり、パッケージを眺めた。英語で書かれた文字を読むと、部分部分にわかる言葉がでてくる。“流石だな”と思いながら、その箱を静かに開ける。
「メープルシロップと紅茶のセットだ」
入っていたのは、鳥井のお父さんが暫く住んでいたカナダの土地の名産・シロップと、同時に楽しめる紅茶の葉のセットだった。鳥井は“定番すぎるな”と呟いたが、僕はこういうのが嬉しかったりする。ろくに美味しい紅茶を入れることができない僕に、練習でもどうぞと言うかのようなお土産。これで上手く入れれるようになれば、鳥井は玄関から出て、僕の所へ来てくれるだろうか。そう思うと少し心が躍ってしまう。
「料理にも使えるからね、ありがたいよ。お父さんに御礼を言っておいてくれるかい?」
「今度…会ったらな」
鳥井は小さくそう言うと、やはり照れているのか、あまり僕と視線を合わせようとしない。それでもその仕草が可愛いものだから、僕は益々笑顔になるばかりだ。
「鳥井、ちょっとこっち来てくれるかい?」
シロップを箱に入れ戻し、テーブルにおき、僕は手招きしながら鳥井にこっちに来るように促がした。鳥井は訳がわからないまま、その場をたってこっちに歩いてきてくれた。
“手を”と言って、僕は自分の手を差し伸べる。鳥井は頭上に?マークを浮かべるような顔をしながらも、僕の手に自分の手を重ねてくれた。ぎゅっと繋がったところで、僕はその腕を勢いよく引っ張った。
鳥井は急なことに驚くが、直ぐに対処する事が出来ず、そのまま前のめりになって僕の上に覆い被さるように倒れてきた。この態勢は僕が狙ったんだけど、鳥井は上手くはまってくれたようだ。
「さ、坂木っ」
「何?」
威嚇するような勢いで腕を突っ張らせながら抵抗してくる鳥井。そんな鳥井の腰に腕を回し、僕は鳥井があまり身動きを取れないようにしてみた。
暫くもがいていた鳥井は、どうすることも出来ないまま、腕は突っ張らせてるものの仕方無しにと静かになった。そんな鳥井の頬にそっと手を伸ばし、少し微笑んで見せると、鳥井はじっと瞳を見てくるが、表情を変えるわけでも何か言葉を発するわけでもなかった。
そんな鳥井の表情を変えようと、僕はある事を思いついた。
「ねぇ鳥井。たまには鳥井からしてくれよ」
鳥井のほんのりと赤みのある唇をなぞるように指を這わせ、僕は少しだけ我侭を言ってみる。すると、直ぐに意味が解ったのか、鳥井は頬を染めながらも睨みをきかせてきた。
「っ、何でおれが…」
少しだけ声が震えている。それでも確実として拒否している訳ではないと確信すると、少し口元に笑みがもれてしまう。
「だめかい?」
笑っていては鳥井に拒まれるだけだ。そう解っている僕は、苦笑いを見せながら、少しだけ悲しそうに言ってみる。ちょっと騙しになるかもしれないけど。
鳥井は僕の目を見ながら、唇をぎゅっと噛み締めていた。
そして、小さく呟いた。
「…だめ…じゃない」
途端、僕は鳥井に笑顔を見せた。僕の笑顔を見たからか、鳥井はさっきより安堵の表情になっていた。
鳥井は静かに僕の頬に手を添え、おずおずとしながら唇を寄せる。数センチ近くなったところで静かに瞳を閉じれば、広がる世界は暗い闇だけれども、唇を重ねればそれは直ぐに光に変わるんだ。
しっとりとした鳥井の唇は暖かくて、僕の唇にその体温を分け与えてくれる。
唇が離れると同時に目を開くと、鳥井の顔は真っ赤になっていた。それでも二度目の口付けをしてくれた。二度目の口付けは、より深くお互いを探るような感覚で絡めあっていた。
鳥井からしてくれるのは、きっと僕が頼み込まないと二度とないだろうと思った。それでも、僕は鳥井に愛されてる分、否、もしくはそれ以上の愛で返してあげようと心に誓っていた。
2004.11.14