今日は天気がいいし、月曜日なので、坂木は鳥井とスーパーに出かける事にしていた。そのスーパーで、巣田とも落ち合い、彼女から食材・香辛料を分けてもらえる事にもなっていた。
しかしながら、鳥井が珍しく寝坊をした。坂木がマンションに現れたときに、やっとで起きたという。
もちろんするはずだった洗濯もまだしておらず状態。坂木は仕方なしに、鳥井にご飯の用意を頼み、自分が彼の分の洗濯をしてあげようと決めたのだった。
洗濯も食事も済ませ、ついに出かけるときが来た。
それでも鳥井は、いつもと同じように支度に手間どう。コートを着るのも、もそもそとゆるい動作で。玄関先で靴を履くのもゆるい動作だった。 だが、ここまでくればもう引き返さない。坂木がそう捕まえていた。
鳥井は靴をはき終わり立ち上がると、あることに気づく。
いつも玄関に置いてある、帽子がなくなっている。
「坂木…俺の帽子は?」
自分でどこかにやった覚えのない鳥井は、一番に坂木に質問した。
「あ…ごめん。さっき一緒に洗っちゃった」
ばつの悪いような顔をして、坂木が謝りをいれた。
鳥井はその返答に顔が青ざめ、思わず握りこぶしを作ってしまう。
「お前っ、これから出かけるって解ってるくせに……替え…替えの帽子は…?」
「ごめん、それも…」
半笑いしながらも、坂木はまた謝る。
だが二つしかない帽子を二つも洗われたのだ。鳥井は気が気でない。一度着込んだコートを脱ぎ捨て、鳥井は坂木から逃げるようにソファーへ駆け寄った。
そして勢い良く振り返ると、ドア付近で立っている坂木に向かって牙をむいた。
「冗談じゃないぞ坂木。帽子がないなら俺は出かけない」
そう言って、ドカッとソファーに腰をおろし、腕を組む。
坂木は一瞬困った表情をするが、一人で困っていても何の解決にも繋がらないので、とりあえず否でも応でも連れて行くことにした。
「悪かったって。ほら、早く行かないと混む時間帯になっちゃうよ?」
鳥井の傍に行き、彼の手に自分の手を添えながら訴える。
「それに、今日は巣田さんとも会う予定なんだから。鳥井の欲しがっていた食材とか香辛料とかくれるって」
鳥井の体が、ピクッと少しの反応を見せる。もう少しだ。
「ほら、鳥井。行こう? 今日会えなかったら、その食材とか、料理に無縁の人にわたっちゃうかもしれないよ」
鳥井は下唇を噛んで俯く。
「何より、僕はその食材で鳥井の作ってくれた料理が食べたいからな」
“僕は”と“鳥井の”と言うところをわざと強調するようにして言う坂木。 すると、鳥井は熱心な坂木の思いが通じたのや否や、徐に肩をがっくりとさせた。
「…わかった。行く」
鳥井のその一言を聞き、坂木は笑顔を見せて鳥井をソファーから引っ張り起こす。そして、脱ぎ捨てられたコートを着込ませて、そのまま玄関まで連れて行った。
相変わらずまた靴を履く動作はゆっくりとしているけれども、もう行かないなんていう事はないだろう。
ドアを開けると、眩しい太陽の光が坂木と鳥井を照らしていた。
◆
「あれ? 鳥井くん、今日は帽子かぶってないのね。うん、その方がいいわよ」
「うるせー」
巣田の褒め言葉に反発すると、「早くよこせ」と言わんばかりに鳥井は手を差し伸べた。
その手に、巣田は持っていた袋を渡す。割と重みのあるその袋は、受け取った瞬間鳥井をよろめかせてしまった。
「僕が持つよ、鳥井」
そう言いながら、坂木は鳥井の袋をかわりに持ってあげた。
「ねぇねぇ、もちろん私も食べさせてもらえるわよね?今日の夜ご飯は決まってないのよ」
喜びの笑顔を見せながら、巣田は鳥井に食を縋った。
「あー、うるさいうるさい。勝手について来ればいいだろう。俺は目的の物を貰ったから直ぐにでも帰りたいんだ」
うるさそうに片目を瞑りながら、それでも鳥井はその言葉に断りを入れることはなかった。
「あ、そうだ、鳥井。ついでに滝本とか小宮くんも誘う?」
「冗談じゃない。そんなに部屋に入れるつもりはない」
そう言って、鳥井はスタスタと歩き始めた。そんな鳥井に、坂木と巣田は小さな声で笑い出した。
たぶん鳥井は、部屋に入れることはなくても、彼らの為に、小さな包みで料理を用意してくれるのだと思う。
そして彼らも、何も言わなくてもドアを叩きにくるだろう。
鳥井の自慢の腕で作られた、彼の手料理の香りに誘われて…。
2005.02.01