愛に恋して

 今日は仕事でやや込み入ってしまう事が正午にわかった。近頃浮かない顔をしていた赤井の事が気になってはいるが、仕事に支障を与えるわけにもいかないと思った俺は、あのメンバーに声をかけ、不本意ではあるが俺の家で飲み会でも開けと伝えた。幹部の役割を喜んでやりそうな佐倉に声をかけると、佐倉は手際よく皆に声をかけ、午後5時頃には既に俺のマンションの前に集まったそうだった。
 赤井に電話を入れると“おかしな奴”と笑われたが、その後に小さく感謝もされた。そして10時過ぎには帰れるようにする事を伝え、電話を切った。
 今の時刻は午後9時45分。仕事も一区切りつき、荷物をまとめたところだった。鞄に入っている携帯の頭がチカチカ点滅している。メールが入っている事には今気づき、内容を見てみる。差出人は佐倉。全員がギリギリ写るように撮られた写真の真ん中に、にこやかに笑う赤井がいた。
「フン、どうやら俺じゃなくても良かったようだな」
 誰もいない社内でそう呟きながら、そんな事に嫉妬してる自分がおかしくて笑ってしまった。だが同時に安心もした。俺だけじゃ気づけない事には、他の奴らが気づいてくれる。何度も言うが…不本意だが、たまにはあいつらにも頼らなくちゃならない時があるんだと、改めて思い知った気がした。
 荷物を手に取り、足早に自宅へと向かう。写真ではなく、早くその笑顔を直に見たくてたまらない気持ちになっていた。

  ◆

 自宅のマンションに着き、キーを押して部屋へと戻る。玄関を開けると、中からは笑い声が聞こえてきた。最も、女の明るく高い声のみだが。目線を下にやると、揃えられた靴とそうでない靴があった。どれが誰のかは大体予想がついた。軽くそれを直し、俺もリビングへと向かう。
「あ、藤堂くんおかえり〜!」
 リビングに入ると同時にほろ酔い気味の佐倉が大きく手を振りながら挨拶をしてきた。その隣では栗栖も同じように手を上げてへらへらと笑っている。その向かいにいる蒼山と森本はそれほど酔っていないのか、軽く手をあげつつその間にいる赤井の背中を撫でていた。当の赤井本人は、俺が帰ってきたことにも気づいていないのか、云々呻りながら頭を抱えて俯いていた。
「おまえら…」
「ごめんね〜藤堂くん。赤井くんにちょっと飲ませすぎました」
 悪びれた風に舌をちろっと出して笑う佐倉。俺は小さい声で“本当にな”とため息をつきながら、つぶれている赤井の傍に歩み寄った。
「お前らもう帰れよ」
 蒼山と森本の手が引いたのを見てから赤井の肩に手を置き、他の奴らにそう伝えると、真っ先に口を開いたのがまたしても佐倉だった。いつもよく喋るが、今日は一段とよく喋る。酒の所為でもあるんだろうが。
「ちょっとちょっとー。そんな言い方しなくてもそろそろ帰ろうかと思ってたんだから」
 俺に対する抗議に、栗栖も賛同する。そんな奴らに呆れながら、俺は蒼山と森本に彼らの面倒を頼むと伝えると、一先ず赤井をその場に残し、皆を玄関まで送っていった。
「悪いな」
 珍しく蒼山が詫びを入れてきた。同時に森本も詫びを入れてくる。俺は“何に対してだか”と肩を竦ませた。
「ま、赤井にとっても気分転換になったろ。たまにはいんじゃねえの」
 そう言って俺は悪酔いって程でもない二人を早く連れて帰るように、そして邪魔者を追い払うかのように手であしらった。“相変わらずだな”と二人のうちどちらかが呟いたが、俺は聞こえない振りをし、最後まで見送る事もせずにその場を後にした。
 リビングに戻ると、赤井は変わらず顔を伏せて寝る体制に入っていた。
「赤井、ここで寝るな」
 声をかけながらまた肩に手を置くと、ようやく俺が帰ってきたことに気づいたのか、顔をあげて小首を傾げた。その動作がまた可愛いと思ったが、顔には出さずに赤井の額に手を伸ばした。
「飲みすぎだ」
 しっとりとかいている汗を拭うように前髪を掻き揚げる。
「ん…つめたい…」
 外から戻ったばかりの俺の手が冷たいようで、赤井はそう口にしたが、嫌がっているようではなかった。寧ろ酔って熱った顔には丁度いいのか、俺の手に頬を摺り寄せてくる。
「…猫でも飼ってれば、こんな状態なんだかな」
 そう独りごち、改めて赤井の両脇の下に手を差し入れ抱き起こす。ぐったり寄り掛かる赤井から、仄かにりんごの香りが漂ってきた。テーブルに視線をやると、“Apple”と書かれたワインも一本置いてあった。その周りにはビールの缶もあれば焼酎のボトルもあった。
 いったいどれだけ飲ませたのか。そして同時に、どんな話をしていたのか。気にならないと言えば嘘になるが、既に半分睡眠に入っている赤井を無理に起こして問いただすまでもないと思い、その思考は直ぐに頭から消え去っていった。
 酔っている赤井をベッドまで運び横たえる。また額に触れながら名前を呼ぶと、赤井は返事をしながら首を横に振った。その意味がわからなかったが、酔っている所為だろうと思う事にした。
 今度は手ではなく、自分の唇を寄せ、触れるだけのキスを残して立ち上がる。まだリビングの片づけが終わっていないのだ。あまり酔わずだった二人が片付けながら飲んでいた為か、そんなに散らかってはいないが、そのままにしておくのには気が引けた。
「…さと…」
 身動ぎするような気配と共に聞こえた声と言葉に驚き、ドアノブに伸ばしかけていた手を止めて反射的に振り返る。だが、それ以降聞こえてくるのは規則正しい寝息のみ。
 聞き間違いか、もしくは本当にそう呼ばれたのか…それはそう発言した本人である赤井にしかわからない事だった。だが、もし先ほど首を横に振ったのが“赤井”と呼んだからだとしたら…。そう考え出したら妄想にも似た思考が止まらなかった。もしかしたら遠くない未来にでも、そう呼ばれる時が来るのかもしれないという思いまでもが脳裏を過ぎった。
 思わず零れた笑みにハッとし、一つ呻っては眉間に皺を寄せる。
 肩から全ての力を抜くようにため息をつき、俺はその部屋を後にした。

2007.6.30