尋問 (前編)



ふと、寝苦しさに目が覚めた。
いつも眠っているベッドと違い、ひどく寝心地が悪い。固くて、オマケに生暖かいときている。
まだ、体は睡眠を求めているが、こんなに寝心地が悪くては到底眠っていられない。
唸りながら目を開きかけた時、誰かの声が聞こえた。

「やれやれ…ようやくお目覚めのようだな、ボウヤ?」

(…………)

やたらと聞き覚えのある声だ。
ひどく嫌な予感を覚えながら、まだぼんやりとして定まらない視界の中、必死に目を凝らす。
そうして、ようやく見えた先にいたのは…。

「よォ、モーニングコーヒーにはちょうどいい時間だぜ、検事サン」

「…か、神乃木荘龍…ッ!?」

御剣は一気に目が覚めて、体を起こし、そうして今まで自分が、その男を布団代わりに下敷きにして寝ていた事に気が付いた。
そして、その男が服を着ていないことと、ついでに自分も着ていない事にも、気付いた。

「な、な、な…ッ!?」

あまりの状況に言葉を無くして、白目をむく御剣の下で、神乃木はため息をついている。

「起きたんなら、さっさとどきな。これじゃ、アンタにコーヒーもオゴッてやれねえ」

「き、キサマ、これはどういうコトだ!!」

「オイオイ…まさか、覚えてねえとは言わねえよな…?」

覚えていない!昨日…昨日、何があったのだと、ぐるぐると考える。とっさに部屋を見回して、見慣れない光景にふと思い出す。
この殺風景な部屋は、神乃木の部屋だ。だが、何故自分がここにいるのかは思い出せない。そして、頭がひどく痛む気がする。
殺風景と言えども、この部屋には一応ベッドがあるのだが、何故か2人とも床に直接寝転がっていた。
天才検事たる御剣にはありえないことだが、現場を見ても、状況がまるで掴めない。

「…考えるのはアト、だぜ。とりあえず、オレのメガネを返してくれねえかい?アンタの寝ぼけ面も満足に見えねえんでな」

見れば、神乃木はいつもの仮面を付けていなかった。その彼の仮面は、遠く離れた部屋の隅に投げ出されたように転がっていた。

(………一体、何が起こったのだ………)

青ざめつつも、それを拾いに行き、神乃木に手渡そうとするが、神乃木は手を出そうともしない。ただ、苦笑して肩をすくめて見せた。

「悪いが…ついでにオレの後ろのコレも取ってくれねえか?」

「…後ろ?」

神乃木は両手を後ろに回していて、あろうことか両手首をひとまとめにして縛っていた。
よく見ると、手首を縛っている布は、いつも御剣の襟元を飾っているヒラヒラだった。

「……念の為に聞くが…、これはアナタが自分でやったのだろうか…?」

「そんな器用で物好きなシュミはねえぜ」

確かに、自分で自分を縛るのは難しいだろう。意外と固く縛ってあったそれを何とかほどくと、神乃木は手首を振り、何度か手を開いて痺れを取った。
仮面を付け、シャツを引っ掛け、そこかしこに散らばっていた服を集め、御剣に投げてよこす。

「服くらい着な、検事サン。いつまでもハダカじゃ、カッコつかないぜ?」

未だに、何も思い出せないが…、これは、やはり…。

「その…昨日、何があったのだ…?」

「聞かなきゃ良かった…世の中、そんなのばっかりだぜ?追究しない方がいい真実ってヤツもあるのさ」

神乃木の言葉に、ぐっと呻いて狼狽しながらも、御剣は続ける。
いや、追究しないワケにはいかない。何より、この状況は、どう考えても…。

「先に一つだけ…聞かせてもらえないだろうか」

「何だい?」

「……これは、……その、強姦だったのだろうか?」

神乃木は、いつもの調子で、クッと笑った。

「アンタ、どこか変わったトコロはねえかい?」

「…な?」

「コーヒーを入れるためには必ずジュンビがいる。うまいコーヒーを飲むための、まあ、ちょっとした手間ってヤツさ」

「…すまないが、なるべく証言は簡潔に願えないだろうか」

「検事サンはオレを尋問する気かい?」

「そのつもりだが」

「…飲んだ後のカップ、出がらしの豆、コーヒーを飲めば、必ず、それなりの後ってのは残るモンだぜ。アンタにはソイツがねえ筈だ。オレだって、無理やりコーヒーを飲まされりゃ、そりゃあ抵抗くらいするさ。もし、合意じゃなかったとしたら、今頃検事サンはヒラヒラの服も似合わねえイイ面構えになってただろうぜ?」

言いながら、神乃木は引っ掛けたシャツに腕を通す。

「アンタが一体、どこから覚えてねえのかは知らねえが…」






昨日の話だ。御剣は所用があって成歩堂弁護士事務所に電話をかけた。
第一声はいつも通り、真宵の元気な声だった。

「ハイ!成歩堂弁護士事務所!」

「ム、真宵君か。私だ、成歩堂はいるか?」

「…何だ、アンタか」

「!?」

「残念だが…トンガリ弁護士とコネコちゃんなら、ココにはいねえぜ」

「ま、待った!!」

いきなりの事に、御剣はかけていた椅子からずり落ちそうになりながら、電話向こうの相手に異議を申し立てた。

「か、神乃木荘龍、何故キサマがソコにいる!!」

「……電話番のマネゴトってヤツさ。留守電もつけねえで、どっかに行っちまってるウッカリ弁護士の代わりにな」

時折、神乃木が成歩堂の事務所に現れるという話は聞いていた。だが…。

「あまり聞きたくはないが…最初に出た真宵君は何だ?」

「オレ、だぜ」

「…………」

時々、成歩堂のマネをしているという話は聞いていたが…真宵の声色までされると、心臓に悪い。電話で良かった…と御剣は心底そう思った。あまりその様子を見たくはない。
いや、そんなことよりも気になる事がある。

「成歩堂はいないといったが、ドコに行ったかは知らないのだな?」

「さあな。オレが来た時は、コルディリネ・ストリクターがひとりぼっちで寂しそうに揺れてたぜ」

「こる…」

何か神乃木がまたよく分からない事を言っているようだが、いつもの事なので、それはほっておく。
それより、成歩堂といえども留守にする限りは、戸締りくらいしていると思うのだが。

「神乃木荘龍…マサカとは思うが、不法侵入ではなかろうな?」

「……知りてえかい、検事サン?」

「…………いや、結構だ……」

電話越しでも、相手がニヤニヤと笑っているのが手に取るように分かり、御剣はこめかみを押さえた。
この男は、自分が執行猶予を受けている身だという事を理解しているのだろうか。
時々、ワザとやっているのではないかと、思う時がある。
成歩堂は気にしないだろうと思うが、しかしだからと言って、野放しにしておくワケにはいかない。

「……今から、アナタを迎えに行く。ソコを動かないでいて貰おうか」

「ソイツは、アツいデートのお誘いかい?」

「保護だ!!」

バンと受話器を叩きつけ、御剣はそのまま、成歩堂弁護士事務所に向かった。






……ここまでは、御剣もハッキリと覚えている。
その後、事務所の下でコーヒーを煽りながら待っていた神乃木を見つけたのも、それを見て、思わず眉間にしわが寄ったのも。

「安心しな、チャンと戸締りはしたぜ。弁護士サンの代わりにな」

「アナタは、合鍵を持っていたのか?」

「……ちょっとした、コツってのがあるのさ」

「………」

こんな会話をしたのも、覚えている。

とりあえず、彼を御剣の愛車に乗せたは良かったが、果たしてこの男をドコに連れて行ったモノか、正直分からず、無意味に車を走らせた。
その間、神乃木は御剣をさんざんからかい、相変わらずコーヒーを飲んでいた。
車内で、神乃木が一体ドコからコーヒーのお代わりを調達していたのかは、どうしても分からなかったが。
ソレに耐え切れなくなって、車を止め、御剣はなじみの店に連れて行った。
そこで、ついアルコールを入れてしまったような気がする。おそらく、それが間違いのモトだったのだろう。
常に何かに酔ったような言動を続ける神乃木に、思わず乗せられてしまったのかも知れない。

……御剣が覚えているのは、そこまでだった。






「やれやれ……ボウヤは本当に何も覚えてねえらしいな」

いつの間にか入れていたコーヒーを手に、神乃木は首を振り、呆れたように言った。
ぐぐっと御剣は呻く。
御剣の目の前にも、やはりいつの間にかコーヒーが置かれていたが、神乃木のように、のん気に飲む気には、とてもなれない。
だいたい、この男は何故、この状況でこんなに落ち着いてられるのか。
おそらく、昨日、……何かがあったハズだと言うのに。

「夜の出来事ってのは、容易に晒すモンじゃねえぜ。何があったとしても、朝の光の中では大抵シラジラしくなるモノさ。そっとしておきな、ソイツを無闇に暴くのはヤボ、だぜ?」

「ならば、弁護士や検事は、皆ヤボだと言う事になる」

「違うかい?」

神乃木はカップを向け、ニヤリと笑ってみせた。

だが、御剣は睨み返し、続ける。

「……私が求めるモノは、常に真実だ。話して貰うぞ、神乃木荘龍」





つづく






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