尋問 (後編)



「昨日…か」

神乃木はコーヒーを一口飲むと、ゆっくりと口を開き、話し始めた。

「ウワサの天才検事サンは、どうやらアルコールとは気が合わねえようだぜ。コイビトにするには、少々魅力的にすぎたらしい。惑わされちまったのさ、アンタは。アルコールという名の熱いキスを受けて、な」

「待った!!」

御剣は神乃木の話にいきなり待ったをかけた。
苦々しい顔で腕を組み、苛々とした様子で神乃木を睨んだ。

「何だい、ボウヤ?」

いくら睨みつけようが、何も感じた様子もない神乃木に、トントンと指で組んだ腕を叩きながら、尋ねてみる。

「…今のは、ようするに私が酔っぱらったと言ったのだろうか?」

「クッ、分かってるじゃねえか」

「アナタはもう少し、証言を分かりやすく簡潔にできないのか!!」

声を上げると、神乃木は、やれやれとでも言うように肩をすくめた。

「証言ねえ…」

神乃木はコーヒーをもう一度飲み、再び話し始める。

「飲めねえ酒と強気なオンナは、ウカツに手を出すと、強烈なキックを食らうモンさ。検事サンはアルコールのキスでメロメロになっちまったからな。ほっとくワケにもいかねえ。オレはアンタを車に乗せて、オレの部屋まで連れて来た」

「待った!!」

「…またかい?」

「今、『車に乗せて』と言ったようだが…アナタは免許を持っているのか?」

「モチロン、持ってたぜ」

(…な、何故、よりによって過去形なのだ…ッ!)

御剣は額に青筋を浮き上がらせ、バン!と目の前の床を叩く。

「もうひとつ気になるのだが…アナタはその時酔っていなかったのか?」

「オレを酔わせてくれるのは、いつだって完璧なブレンドだけ、だぜ」

「…………」

(…この男は、まず自分に酔っていると思うのだが)

とりあえず、飲酒運転だけは間逃れたようだ。これ以上、罪状を御剣の目の前で増やされたくはない。
目をつぶるにしても、ホドがある。
こめかみを押さえ、何かに耐えるように片眉をピクピクと動かしている御剣をよそに、神乃木はコーヒーを煽り、再び話し始めた。

「…ココに来た時、アンタはもうほとんどつぶれちまってた」








「着いたぜ、ボウヤ」

ドアを開けながら、肩を貸していた御剣に声をかけると、ずっとうつむいたままだった御剣が顔を上げた。
視線をさまよわせ、ほとんど何も置かれていない殺風景な部屋に顔をしかめる。

「…どこだろうか、ココは…」

「オレの部屋、だぜ。…誰かを招待するのは、アンタが初めてさ」

海外暮らしのせいか、靴のまま上がりそうになる御剣の肩を掴んで、押しとどめつつ靴を脱がせる。
そして、フラフラと足元がおぼつかない御剣の両脇に腕を回し、抱えて引きずるようにベッドに放り込んだ。

「ほらよ、ベッドはヒラヒラの検事サンに貸してやるぜ」

ぐったりとしたままの体を、仰向けにしてやりながら声をかけると、御剣は呟くように聞き返した。

「…アナタは」

「横になれる場所さえあれば、ヒトってのはドコだって寝れるモンだぜ」

「…アナタも、ココで寝ればいいだろう」

「悪いが、コイツは1人用でな。2人分を受け入れるだけの器量はねえのさ。オレが入ったら、ボウヤがはみ出ちゃうぜ?つぶれちまったボウヤの寝床を奪うようなマネはしねえぜ」

肩をポンポンと叩き、離れようとする神乃木の腕を、御剣が掴んだ。

「私は…酔ってなどいない…」

「そうかい?」

酔っ払っているせいか、ロクに力の入っていない御剣の指を腕から1本1本丁寧に引き剥がしながら、答える。

「ドッチだって構わないさ。オレはアンタにソイツを貸した。…それだけのコトだぜ。さあ、さっさとオネンネするんだな、ボウヤ」

「待て…神乃木荘龍…」

腕から外した御剣の手は、しばらく宙をさまよい、覗きこんでいた神乃木のネクタイを掴んだ。ネクタイを掴まれ、神乃木は御剣に引き寄せられた。

「オイオイ…、ボウヤはおやすみのキスがなきゃあ寝れねえかい?」








「待った!!」

御剣が話に待ったをかけると、神乃木は首を振り、コーヒーで喉を潤した。

「やれやれ…、今度は何だい?」

「…誘ったのは、アナタからだったのか」

神乃木は顎を上げ、ニヤリと口の端を歪めた。何となくひどくからかわれているように思えるのは、多分気のせいではないだろう。

「セッカチなボウヤ、どうかと思うぜ。オレはそんなコト、ヒトコトも言っちゃあいないぜ」

「……では、どうしたのだろうか」

「ボウヤはオレのネクタイが、すっかり気に入っちまったらしいんでな。ほどいて握らせてやった。…ソコにまだ転がってるぜ」

振り返ってベッドを見てみると、確かにソコには神乃木のネクタイが置かれていた。

「………」

御剣はため息をつき、苦い表情で腕を組んだ。神乃木はもう一口コーヒーを飲むと、再び話し始めた。

「ネクタイをやったら、検事サンは大人しくなったんでな。オレはアンタから離れて、服を脱ぎ始めた」

「ま、待った!!」

御剣は床に腕を付いて、白目をむいてしまっている。

「なッ、何故、ソコでいきなり脱ぎ始めるのだ!!!」

「……クッ、ハダカになる理由なんてヒトツだぜ?アンタは服のままシャワーを浴びる趣味でもあるのかい?」

「…シャワー、だと?」

神乃木はカップを御剣に向け、ニヤリと笑ってみせた。

「寝る前にはシャワーを浴びる…ソイツがオレのルールだぜ!」

(……ソレは、別にこの男だけのルールではないと思うのだが……)

「ルールってのは、ヒトを見て決めるモンじゃねえさ。ココロに決めちまえば、ソイツは自分だけのルールだ。オレはソレを守るだけ、だぜ」

何も言ってはいないというのに、まるで御剣のココロの内を読んだように返事を返す。

(マサカとは思うが、夜になったら寝る等も、ルールに入れてはいないだろうな……)

この男なら、あながちないとも言いきれない。
神乃木はただ、ニヤニヤと笑うのみだ。手にしたカップから、新たに湯気が立ち昇っているところを見ると、気づかないうちにまたコーヒーのお代わりを仕入れていたらしい。カップがフローリングの床を滑ってこなくて良かった、と御剣は心から思った。
御剣はため息をつきながら、先を促した。

「それで…アナタはどうしたのだろうか」

「シャワーでかい?フツーに服を脱いで、フツーに体を流しただけだがな。…だが、アタマを洗っていた時、誰かにフロの戸を開けられた」

「……それは私か?」

「言ったろ?アンタ以外でこの部屋に入ったヤツは、まだいねえさ。……まあ、オレはメガネを外してたから、アンタのカオは見えなかったがな」








戸を開け、入ってきた気配に、神乃木は声をかけた。

「オイオイ…使用中だぜ、ボウヤ?使いたかったら俺の後にしな」

髪についた泡を流しながら言った時、ユニットバスのカーテンを引き開ける音が聞こえた。
見えなくても分かる。カーテンが開けられ、空間が広くなる感覚、神乃木は背後に立っているであろう男を振り返った。

「おい…?」

「……神乃木荘龍」

絞り出すような御剣の声が聞こえ、気配が間近まで迫ったと思うや否や、両肩をきつく掴まれる。そのまま崩れ落ちるように深く体重を掛けられた。
ぐっと重みを掛けられ、思わず膝を折りそうになるのを、とっさに力を入れて耐える。

「クッ…、何だ、一体…?」

もたれてくる男の髪が胸元に当たるのが分かり、神乃木はふと息を呑んだ。
シャワーを背に浴びながら、しばらくそのままの状態でいたが、やがて、シャワーの水音に紛れそうなほどの小さな声で、御剣が呟いた。

「………気持ちが悪い……」

「……」

すっかりヘバって、ほとんどぶら下がってるような御剣に腕を回し、支えてやりながら、神乃木はため息をついてシャワーを止めた。

「…濡れちまうぜ、検事サン」

風呂のすぐそばに設置されているトイレの蓋を開け、御剣をその前に座らせる。
メガネを付け、ひとまずタオルだけ羽織り、御剣の後ろで背中をさすってやった。








そこまで話し、神乃木がコーヒーを煽ると、御剣は頭を抱えていた。

「どうした?ボウヤ」

「…いや、少し……自分が情けなくなっただけだ……」

「酔った状態ってのは、心神喪失状態として認められてるぜ。まあ、気にしねえコトさ」

落ち込んだ様子の御剣にカップを向け、神乃木はニヤニヤと笑った。

(だんだん…続きを聞くのがイヤになってきたが……)

だが、ここまで聞いたのだ、最後まで聞いておくべきだろう。とりあえず神乃木がくれたコーヒーを御剣も口に含み、続きを促す。

「それで…どうしたのだ」

「まあ、ボウヤはトイレにぶちまけて少しは落ち着いたみたいだったぜ。だが、オレのシャワーの邪魔をしたせいで、すっかりお気に入りの服がダイナシになっちまってた。だから、オレはアンタから服を脱がせた」

神乃木の言葉に、御剣は驚いたような声を上げた。

「!…脱がせたのも脱いだのも、アナタがやったのか!?」

「ああ。アンタのヒラヒラだけは一応、首に残しておいたがな」

「……何故、ソレを残す」

「お気に入りなんだろ?それに、アンタからソレを取りあげちまったら、オレはアンタを何て呼べばいいんだい?ヒラヒラの検事サン」

「…アナタは名前を普通に呼ぶ気はないのか」

神乃木はただ、いつものように笑ったままだ。
どうやら、マトモに呼ぶ気はサラサラないらしい。
貰ったコーヒーを苦々しい顔で飲む御剣を楽しげに眺めつつ、神乃木は続きを話し始めた。








吐き終え、口をすすがせた後、御剣を支えながらユニットバスから出て、ひとまず床に降ろす。
シャワー中に入ってきたせいと、濡れたままの神乃木に運ばれたせいで、御剣の服はその頃にはすっかり濡れてしまっていた。
逆に神乃木の体は、髪の毛以外はほとんど乾いていたが。
仕方なく、御剣の上半身を起こし、服を脱がしにかかる。

「……何をしているのだろうか…?」

「予防、さ。期待の天才検事サンがウッカリ風邪を引いちまわないようにな」

手早く服を脱がせていき、腰を抱えてついでに下も脱がせる。
パンツまで濡れてしまっていて、思わず苦笑する。

「安心しな、チャンと服くらいは貸すさ。まあ、パンツまでは貸さねえが、な」

脱がし終え、離れようとする神乃木の肩を、再び御剣が掴んだ。
立ち上がりかけていた神乃木を、体重をかけて力を込め、座り直させる。

「オイオイ…、検事サンはまだ吐き足りねえかい?」

「………」

押し黙ったままの御剣は、まだ酔っているらしく、目が座っている。睨み付けるように神乃木の仮面を覗きこんでくる。
そして、両肩を掴み、神乃木を押しとどめたまま、唇を重ねてきた。

「!」

柔らかくついばむように何度か吸ってから、それは離れていった。
離れた後も、御剣の目は仮面を見据えたままだ。

「……キスの相手が違うんじゃねえか、ボウヤ」

「いや……アナタだ」

「……」

「…私は、アナタを――」








「待ったッ!!!」

神乃木が言い切る前に、御剣の声がソレをさえぎって止めた。

「やれやれ…、コーヒーの代わりに、ソースでも飲んじまったみたいなカオだぜ、検事サン」

神乃木の言う通り、御剣は青ざめて、まるでゾンビのような顔つきになってしまっている。バン!と音を立て、床に掌を叩き付ける。

「そ、ソレを本当に、私が、言ったのか!?」

「ああ」

御剣のカオは、狼狽しつつ、青くなったり赤くなったり忙しそうだ。御剣は震わせながら、指先を神乃木に突き付けた。

「……証拠は、…証拠はあるのか!」

「そんなモノ、ねえさ」

アッサリと答えると、神乃木は首を振り、手にしたコーヒーを飲み下した。

「言葉なんてモンは、その場でいくらでも飾れる。口にすれば、このカップの中身みてえに消えちまう。あとかたもなく、な」

「……」

「ましてや、コイツは酔った上の戯言だ。酔いが冷めりゃ消えるさ」

カップを手に、神乃木は笑ってみせた。
それはいつもの神乃木のニヤニヤ笑いのようだったが、違うようにも見えて、御剣は彼の付けた仮面の奥の表情を見れないことを、ひどくもどかしく感じた。

「……私は、アナタを抱いたのだな…?」

「…ああ」

「…アナタは、合意だったと言った。ソレは何故なのだろうか」

「さあな。オレも分かっちゃいねえさ。気まぐれ…ってヤツじゃねえかい?」

神乃木は空になったカップを床に置いた。

「気まぐれを起こすのにも、何か理由がある筈だろう」

「……」

神乃木は黙ったままだ。
いつもは、ワケの分からない言葉で煙に巻いてくるのに、こんな時に惑わせてくれない。
神乃木に貰ったコーヒーの味がまだ残っているせいか、口の中が苦々しく思えて、御剣は顔をしかめた。

「仮に……もし今私が、アナタをもう一度抱きたいと言ったら、アナタはどうするのだ?」

御剣の言葉に神乃木は僅かに驚いたようだった。
御剣は目の前の男の仮面に眼光を叩き付けて、何とかその奥を読んでやろうとするが、やはりよく分からない。ただ赤く光っていて、目に眩しいだけだ。
やがて神乃木が口を開いた。

「…例え話なんか、意味ねえぜ」

「ならば、例え話でなければいいのだな」

「…ソイツは酔ったイキオイじゃ、済まねえぜ?」

「…承知している」

神乃木はため息をひとつつくと、床にあったカップを掴んだ。が、中身がすでにない事に気付き、それを離す。その手を御剣は掴み上げた。
そのまま唇を重ね、上唇と下唇を軽く吸って、顔を離す。
そして間近から神乃木の顔を覗きこむと…やはり眩しいだけで、よく分からなかった。

「…神乃木荘龍…、アナタの仮面だが…外しても、その…構わないだろうか」

しかめ面のまま、御剣が告げると、神乃木はクッと笑った。

「…アンタの反応は、酔ってても素面でも、変わらねえな。昨日も同じコトを言われたぜ?」

御剣が呻くのを楽しげに笑いながら、神乃木は御剣の肩に手を回した。

「悪いが、断るぜ。アンタのしかめ面が見れなくなるんでな」

「あまり…見せたいとも思わないが…」

「昨日見れなかったんでな。たっぷりと拝ませて貰うさ」








ニヤニヤと笑う神乃木の口を、もう一度塞ぐ。
舌を差し入れると、神乃木の舌もまた絡み付いてくる。お互いの舌の上に残るコーヒーの苦味を分け合うようにキスを交わし、そのままシャツのボタンに片手を伸ばす。
だが、ボタンを外そうとするが、上手く外れない。
手間取っていると、キスをしたまま神乃木が笑い始めた。

「不器用だな、検事サン」

「…うるさい」

「オレが自分で脱ぐかい?」

「結構だ」

またからかわれる前に、再びキスで塞いでおく。
今度は両手を使ってボタンを外していくと、神乃木がまた小さく笑いながらも、離れないように御剣の頭に手を伸ばし、より深く絡める。
その間にボタンを全て外し、シャツの中に手を差し入れ、肌に触れる。

撫でると、まるでなめし皮のような感触で、手に心地よかった。手触りを楽しみながら、片手を背に回し、なぞり上げるように触れると、神乃木の背が僅かに震えた。
案外背中が弱いのかもしれないと、触れるか触れないかの位置でゆっくりと背筋をたどっていく。すると、差し入れた御剣の舌に、急に吸い付いてくる。

ソレが強くなる腰の辺りを丁寧に触れながら、もう片手で脇の下を掴み、親指で乳首を触る。
周囲をなぞり上げ、固くなったソレを押しつぶし、力を込め重く中で動かすように回す。
前後から刺激を加えると、やがて神乃木は口の中で低く声を漏らし始めた。一層強く御剣の舌に吸い付き、絡めるのも忘れたように、ただ咥え込まれる。

しばらく刺激を加え続け、顔を離すと、ようやく呼吸が自由になった神乃木は、すっかり濡れてしまった唇で荒い息を繰り返している。
息を整えながら自分ではだけられたシャツを脱ぎ始める神乃木を、支えながら床に横たわらせた。
うつぶせにして、背中を見ると、点々と何やら痕が残っているのに気が付いた。おそらく昨夜のモノだろうか。
色濃く残っているモノに点々とキスを落とし、吸うと、神乃木の背が跳ねた。

「…クッ、アンタ…覚えてるんじゃねえのか…?」

「いや…アトが残っていた」

赤く残っていたソレは、神乃木には見えていなかったのか、驚いたような様子だった。

覚えてはいないが、昨夜確かに、御剣は神乃木を抱いたようだった。
おそらく、彼の反応と、初めて男を抱くとは思えない自分のどこかに残っているような感覚がその証拠だ。
神乃木の後ろ髪をかきあげてみると、ソコにも痕が残っている。口付けを落とし、舌で撫でるとピクリと反応が返ってくる。

神乃木の背の上にのしかかり、舌で彼の背をたどりながら、腰に両手を回し腹を撫で、下も脱がせていく。脚の方にもいくつか痕が残されていた。
フト思い出し、見ると、手首にも赤い痕がうっすらと残っている。

「そう言えば…アナタは縛られていたようだが、何故私はアナタを縛ったのだろうか?」

「ああ、オレがコーヒーを飲んでたから、かもな」

……確かに縛りつけでもしない限り、この男からカップを取り上げるのは困難だろうが。
しかしこの男の証言内容から、どうやってコーヒーを入れて、しかも飲んでいたのかは、よく分からないが、まあ、またどこからともなく出したのだろう。

「それにオレは縛りつけておかねえと、フラフラどっかに行っちまうらしいぜ?」

「ソレは、その通りだろう」

「…行かねえさ」

うつぶせになった神乃木の顔は今は見えない。その彼に問いかけた。

「……何故だ」

「熱いコーヒーをオゴられちまったからな。酔っぱらいのザレゴトなんか、本気にするヤツはいねえさ。そんなヤツはいたとしても……せいぜいオレくらいだ。ソイツが例え、朝になれば消える夢だとしても、な」

御剣は背の上からどき、神乃木にこちらを向かせ、その顔を覗きこむ。
仮面の向こうの男に、自分の顔がよく見えるように。まっすぐに見つめて。

「……私はもう、捏造もしないし、虚偽の証言などもしない。私が口にしたのなら、ソレは……真実だ」

「……」

「…私は、アナタを――」

御剣は一度遮った筈の神乃木の証言の続きを、正確に続けて言った。








事を終え、身支度を整える。
湿ってしわになっていた服は、神乃木がいつの間にかアイロンをかけていたので驚いた。
神乃木自身も、すっかりいつも通りに戻ってしまっていて、先程までのコトがまるでなかったような気にさせられる。
まあ、御剣には今日も仕事はある。ソレに支障がなさそうなのは、確かにありがたかったが。コーヒーを飲みながら悠々としている神乃木を、ため息混じりに見つめた。

「ところで、私の車のキーは、ドコだろうか?」

「ああ、ソイツならソコに置いてあるぜ」

ベッドの脇に置かれていたキーを見つけると、そばにはもうひとつキーが転がっていた。
それにはトノサマンのキーホルダーと『成歩堂弁護士事務所NO4』と書かれたタグが付けられている。

「……神乃木荘龍、コレは成歩堂の事務所の鍵ではないのか?」

「ああ、コネコちゃんがオレにプレゼントしてくれたモンだぜ」

「……不法侵入ではなかったのか」

「オレはそんなコト、ヒトコトでも言ったかい?」

「……」

ニヤニヤと笑う神乃木に御剣は頭を抱えた。
この男はカクジツにワザとやっている、御剣はそう思った。
この分だと、証言でもまだ隠しているコトがあるかも知れない。例え真実であろうと、この男は、その分かりにくい言葉と態度で、濁して覆ってしまう。

「…そう言えば、私はまだ、アナタの答えを聞いていない」

1度目は残念ながら覚えていないが、2度目の答えも神乃木は言わなかった。
神乃木は肩をすくめ、ニヤッと笑った。

「ソイツは、アンタが暴いてみせな。真実を求める検事サンなら、な」

「……私の追究は甘くはないぞ」

「期待してるぜ」

カップを上げ、神乃木はいつも通りの不敵な表情をしている。
今はまだ、真実は暴かない。審議とは違い、早急に暴く必要もない。
それに、この男はどこにも行かないとハッキリ証言したのだから。その証拠は、いずれ必ず提出させる。

「楽しみにしておくコトだ」

そう言って、御剣も笑みを返すと、神乃木の部屋を後にした。
が、すぐにバタバタと部屋に戻ってきた。

「神乃木荘龍!!私の車はドコだ!」

「アンタのコイビトなら、昨日の店の側の駐車場、だぜ」

「なッ?車で連れて来たと言っただろう!?」

「ああ、連れて来たぜ。…ただし、タクシーでな」

「…………」

この男にコーヒーを飲まされた時よりも苦い顔で、御剣は思った。

(この男は、アキラカにワザとやっている!!)








その日、御剣は検事局に遅刻した。






END






前編と後編で長さがえらく違うのは、仕様です。
なるべく甘く、甘ったるくと念じながら書きました。念が届いてるかどうかは、良く分かりません。
話の流れで、ウッカリエロをブッたぎってしまったのが、ココロ残りです。

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