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偽書ブリテン興亡記

第2話 遭遇  by saiki 20081118-1122




白衣を着る為に生まれて来たかの様なやや痩せ型の神経質そうな男が、
その目に掛けた実用性重視の眼鏡を撮影用のライトで光らせながら口を開く。
「彼らが何処から来たのか、
彼らが去ってしまって既に1千年の歳月を経た今でも分かっていません。
ですが最新の研究では、天の川のいて座の方向、
我々の銀河系中核にかなり近い方向から彼らは来たと思われています。」

ブリタニア放送協会(BHK) 教育口座「シリコニアンの起源について」より












あの異変から7時間が経過した。
日がくれると共に、霧は晴れたが代わりに天を厚く雲が覆い、
その切れ間から月の光が微かに見知らぬ道を薄蒼く朧に照らす。
その後、発見した狭く舗装のされていない道と思しき物をたどっているが、
残念ながら私は未だ街灯はおろか畑一つ民家の一件とも遭遇していない。

「道が有ると言うことは人が住んでいるはずが?
まさか、巨大なカタツムリの這った後とか言う笑い話は…」

ハマー(H1ALPHA) のフロントパネルの微かな明かりだけが残る暗がりに、
流石に心細くなった私の虚栄を張った独り言、いや愚痴が虚しく車内に響く。
しかし、部下だったSFマニアの愛読書じゃあるまいに、巨大なカタツムリ…
いや、ここが地球上だと断言できない自分のこのたくましい想像力こそが真に恐ろしい。

まあ、問題なく息は出来るし異様な臭気も無い、
恐る恐る調べた車の転位位置の辺りの植生も、クローバーとか普通の草にしか見えなかったし、
怪しい異界・秘境探検物に付き物のバーナムの森モドキの歩く木も、襲い来る怪しい蔓草もなかった。

「此処まで何も無いと、やはり此処は地球と言う事なのか?」

辺りが暗くなり我ながら心細くなったのか、独り言が止まらない。
時折ぶつぶつと独り言を呟く私を乗せたハマーは、
突然急になった道らしき物の斜面を駆け上がり、
その頂点を越えたとたん大振りな石にでも乗り上げたのか、車体が激しく揺れる。
一瞬、夜空へ低くかかった雲をヘッドライトが照らし出し、
勢いで浮かび上がった車体がガクンと丘の斜面の下を向き、ぶれる私の視線の中でライトが踊った。

「くっ!いまのはちょっときつかッ――っ!!」

次の瞬間、何か大きな白いものがライトの光芒の中へ映し出され、
とっさに床を踏み抜く様に急ブレーキを掛けながら、私は思わず派手に警笛を鳴らす。
必死にステアリングを回した私は、
道の上に積もる砂利を巻き散らしながらかろうじて車体をスピンさせ、その白い大きな物をよけた。

白い?生き物?あっ!
うま、そう、まさに馬のように見える白く大きな生き物が、
ハマーの警笛に驚き前足を高く跳ね上げ体を揺するとけたたましく嘶く。

「ああぁぁぁぁ―――――――っ!!」

そして、私の目に馬の背に乗っていたらしき二つの物、いや、二人の人らしき影が悲鳴と共に
藪へと振り落とされるのが、まるで時間が遅くなりでもしたかの様にライトの光芒の中にはっきりと見えた。
これは、第一村人発見?
とりあえず相手がBEMで無いだけましだが、しかし、事故がらみとはまずいかもしれない。

「大丈夫か!怪我は?!」

私はハマーのドアを開けフレアスカートを翻し、藪へ急ぎ走り寄って声を掛けた。

そして、目に入った状況から、いまさらに日常への遠さを実感した。
藪にうずくまっていたのは、その腕に護るように人を抱えた、
背格好はおよそ150センチぐらいのまだ、思春期にやっと入ったかの様な、
白く整った卵形の顔をし金髪をストレートに腰まで伸ばした少女。

整った鼻梁と少しだけ薄い桜色の唇、優雅な曲線を描く肢体はバランスよく伸び、
肌は泥をところどころ纏いながらも磁器の様に白く、その上で瑞々しさを感じさせ、
その額の中ほどから左右に分けられた前髪の間から、サファイヤを思わせる澄んだ蒼い瞳が私を睨みつける。

しかし、少女に抱えられたブラウンの髪を肩ほどで切り揃えられた小柄な子は気を失っているのか、
馬からの転落や、ハマーの汽笛でも目を開かず身動きもしないようだが、こちらもどうやら女の子らしかった。
どうみても、二人とも日本人には見えない、その上その出で立ちは時代錯誤もはなはだしく、
泥で薄汚れた元の色は白だったと思える仕立ての荒いチュニックに、金具で補強された皮鎧のような物を纏っている。

「何者だ!」

鋭く、しかし凛々しくも鈴が響く様な声で金髪の少女は、その腕で抱えた子を庇いながら私を誰何した。
そして、不自然に腰に手を伸ばす、私はその手が伸びる先を目にし、思わず眉を顰める、
彼女の腰には剣、それもかなり年季の入った西洋剣らしき物が吊り下げられていたからだ。

始めてこの地で出会った人らしきこの子と言葉が通じるのはありがたいが、
この殺気らしい、ざわりと背の辺りを氷温まで下げる敵意丸出しの目線は勘弁して欲しい。
思わず私は、スカートのポケットの中に忍ばせた、
痴漢撃退用のからしスプレーをそっと冷や汗で滑る手で握り締めながら口を開いた。

真宮 凛(マミヤ リン) SE(エスイー) だ」

自分では冷静だったつもりだが、かなりパニックに陥っていた様だ、
この一見映画のエキストラの様にも見える少女が、その殺気から役者ではなく本物。
すなわち、その剣で人を殺める事が職業の剣士または軍人だと、冷や汗と共に本能が私へと語る。
その、とても 情報革命(ブレークスルー) どころかその前に産業革命さえ迎えていなそうな目の前の少女へ、
しかも、業界用語のシステムエンジニアの略である SE(エスイー) などと名のった所で意味が通じるはずも無い。

「あ、いや SE(エスイー) と言うのは…」

殺気を放ち続ける少女を前に、しどろもどろに、
SE(エスイー) について泥縄解説を 始めようとした私は、目の前を突然横切った何かに驚いて思わず後ろへと後ずさりした。
そして、まるで私が動いた後を追うように、闇間を風を切る鋭い音と共に幾つかの細長い黒い影が体の前を横切る。
後から考えると、システムも、エンジニアも単語そのものが産業革命以降に出てきたはずで、
私が懇切丁寧にいかに長々と説明しようとも、時代掛かったこの少女へその意味が伝わるわけは無かったのだが…

嫌な音と共にハマーのボンネットが削れ幾本もの白い溝が刻まれ、
細長いソレがキャリアに積まれたダンボール箱へとその中ほどまで刺さった。
それを目に入れ思わず私は、喉を鳴らして唾を飲み込む、
ダンボール箱への刺さり具合から見るに、どうやら、十分殺傷力の有る矢の様だ。

「ガリア兵どもめ、まだ後を…」

私の、背後の暗闇から少女の忌々しげな声が響いた…






To Be Continued...



-後書-


バーナムの森 = マクベス (シェイクスピア)劇中の
 第4幕で登場する魔女達の予言「バーナムの森が動かない限り安泰だ」より。
ガリア = フランス・ベルギー・スイスおよびオランダとドイツの一部
 このあたりは史実とかなり違います。ヨーロッパ大陸の西の端当たりとお考え下さい。
BEM = BEMとはBUG EYED MONSTER ”昆虫目玉の怪物”の頭文字で、古典的な宇宙怪物の意味
エスキモーの村から、航行中の船から、川沿いの古代都市から、その他ありとあらゆる
一見繋がりの無い時と場所で無作為に人が消え = いろいろ怪奇現象本からさわりを引用
だがだまされてはいけない、これらの一見怪奇現象に見える記事は当の昔にでっち上げである事が判明している。

何時の間にか1話掲載から2ヶ月が経ち指摘を受けて驚いているSAIKIです
掲載がどんどん遅れる理由としては、ネット上の紀元前辺りのイギリスの資料そのものが少ないのが敗因かもしれません
げんに、当時の植生とかぜんぜん分からないので調べるのに手間取り、そのまま抽象的表現でお茶を濁しています<滝汗


081122:金髪の少女の容貌の辺りの描写を追加



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