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アタシ達は運命を 嘲う(あざわらう) side.Asuka

第4話 見知らぬ明日へ  by saiki 20031003-20060608



アタシ達は加持さんのアドバイスの元、ドイツ南部のニュルンベルグをショッピングの場所に選んだ。
装甲兵員輸送車(Tpz1フクス) のGPSで、ステルスモードでATフィールドを展開した弐号機を誘導して、
とっぷりと日が暮れた頃、アタシ達はニュルンベルグ上空へと進入する、弐号機には悪いけど、
目立つから、このまま雲の中に潜んでもらい、アタシ達三人だけで一泊の予定で出かける事にした。

「まあ、パラシュート降下みたいなもんだな」
「ちょっと・・・こんなんで大丈夫なの?」
「ミサトが暴れなければ大丈夫、アタシを信じなさい!」

闇夜に紛れて、アタシは、自分にしがみ付くでかい二人を抱えて、
ATフィールドで重力を軽減しながら、ビルの屋上へと降下した。
そして、無事着地したアタシ達は、揃って怪しげなサングラスを掛けると、
誰にも見咎められることもなく、屋上から下りて徒歩で繁華街へと向かう。

「でも、加持さん、ほんとにこんなとこで大丈夫なの?」
「そうよ加持、ここって一応は有名どころじゃ無いの?」
「少なくとも、ここはゼーレとネルフ関係の施設は皆無だぞ、おもちゃの町だからな
それに、ここのレープクーヘンはアスカもお気に入りの一つだったはずだが?」

まあ、その辺に疎いアタシは、加持さんの言葉で納得するしか無い。
それにトラブルにあってもけがをするのは、
ミサトと加持さんだけだろうから、アタシが心配しても無意味かもしれないわね・・・

アタシ達は買い物をしながら、フラウエン教会前を通り過ぎ、美しの泉の塔の数十人もの人の像を見物する。
そして、アタシは塔の柵に取り付けられている小さな金の輪を三度、廻しながら願い事を口の中で小さく呟いた。

「シンジとラブラブになれますように・・・シンジと・・・」

アタシはちょっと頬をピンクに染め、金の輪を廻し終える。
この金の輪には、昔の職人の悲恋にまつわる寓話があり、輪を3度回しながら願い事をして、
そのまま、願った願いを心に納めたまま、口にしなければ、叶うと言う言伝えがある。

ほんとに、これで願いがかなえば、アタシも苦労しないんだけどね・・・
ミサトの奴もなんか願ってたけど・・・きっと、ビールに一生困りませんように、なんかだと思う・・・

塔を後にしたアタシ達は、
屋台で買ったニュルンベルガーソーセージを齧りながら、こざっぱりとしたストリートを進む。

美味しそうなお菓子、可愛い人形やちょっと気の利いた小物、
ミサトは、なぜかビールばかり買いこんだ。
まあ、持つのはミサト自身か、加持さんだから良いけどね、
やっぱミサトはビア樽だわと、アタシは内心溜息をついた。

「おい・・・二人ともまだ買うのかぁ?」
「あによ、こんぐらいの荷物で、情け無いわね加持、しっかりなさいよ!」

抱えた荷物で、前が見えなくなりそうな加持さんがぼやき声を上げ、
それを、禁酒は日本に着いてからと開き直り、
もうビールを飲み始めたほろ酔い気分のミサトがクレームを付ける。
まるで、前の時のアタシとシンジみたいだ。

「加持さん・・・同情するわ」
「ありがとうな、俺の苦労を分かってくれるのは、アスカだけだ」

加持さんに真顔で返されて、アタシはちょっと苦笑いを浮かべた、自分にも、前科あるのよね・・・

「まあ、そろそろ荷物も増えて来た事だし、
そこの箱を貰って、ミサトが担いで付いて来てちょうだい、
ちょっと、この辺のビルの屋上へでも上がるわよ」

箱を担がされたミサトが、愚痴愚痴と文句をアタシへ漏らす。
でも、しょうが無いじゃない、アタシがそんな不自然に大きな物を運んだら、それこそ怪しまれるわよ。
アタシ達は、ビルの屋上で買ってきた物を箱にしまうと、荷造り用のテープでしっかりと梱包する。
そして、その大きな荷をアタシは軽々と持ち上げると、少し助走してから思い切り星の瞬く空へと投げ上げた。
ドンと、ガソリン車のバックファイヤーのような重低音が響くと、
ちょっとした突風と共に、荷物は放物線を描かずに、そのまま真っすぐ空へと駆け上がって行く。

「し、信じられない光景だな・・・」
「ま、全くね・・・」
「まあ、壊れ物もあるし、あんまり力入れると摩擦で燃え尽きるからね、こんなとこでしょう」

目の端で、いま放り投げた荷物を、遥か上空の星の中で、
スピードを合わせてやんわり受け止める、真紅の弐号機を目にして、
その姿に手を振ると、弐号機も振り返えして来たので、思わずアタシはクスリと微笑んだ。

    ・
    ・
    ・

あの後二度ほど荷物を空に投げ上げた後、豪華なディナーを取ったアタシ達は、
何とか宿を取って、二部屋に分かれて逗留する事が出来た。
もちろん、まだ、馬に蹴られて死にたくはないから、
ミサトと加持さんはツインの相部屋に放り込んで、アタシは一人シングルの部屋だ。

まあ、アタシは一人静かにシンジを思って、清らかに一人寝だけど、
あの二人は、まあ、良い歳なんだから、出来ちゃった婚でも問題ないとは思うけどね。

「はふっ、やっぱ、ミサトの言うように風呂は命の洗濯だわね」

アタシは部屋に誰も居ないのを良い事に、バスタオルだけを羽織って、
腰まである自慢の朱金の髪を拭きながら、部屋の中をペタペタと素足で歩く。
別に疲れたとか言う事は無いけど、あの爆発の後、
自室で慌ただしくシャワーを浴びただけだったので、のんびりとバスタブに浸かれたのは、とてもありがたかった。

アタシは、きょう買った洒落た黒の下着を身に纏いながら、テレビをリモコンで付けて、
チャンネルをニュースチャンネルに合わせる・・・画面の中では、クラークケントをごつくしたような、
アナウンサーがドイツ第三支部の事件を、テロリストの襲撃だと、でっち上げ映像を示しながら報道していた。

「うふふ、まあ似たような物だけど、真相を知ったら驚くでしょうね」

まあ、ネルフの関係者は、真相は闇の中へうやむやにできると思ってるんでしょうけど、
アタシはクフフと、悪巧みする魔女のような笑みを浮かべて、テレビを消すとベッドへともぐりこむ。

「・・・お休み・・・シンジ・・・」

アタシは、こっそりとドイツ支部のマギからプリントアウトしておいた、
ちょっと寂しそうな笑みを浮かべるシンジのポートレートを、胸に抱き閉めて頬を赤く染めて呟く。
何だか今晩は、とっても良い夢が見れそうだ。

    ・
    ・
    ・

朝・・・アタシは、とても気持ち良く目が覚めた。
大きなあくびをしているところへ、弐号機が量子空間経由で朝の挨拶を送りつけてくる。

「うん・・・おはよう、外は良い天気らしいわね・・・で、アタシが寝てる間に異常は?
そう・・・それは・・・アタシ達や加持さんがヘマをしたとは思わないから、たぶんミサトか・・・
困った奴ね、加持さんにもっとちゃんと見張れって言っとかないといけないわね。
えっ・・・ご馳走様?・・・何のことよ・・・夢?・・・アタシの?・・・」

アタシは、昨晩の夢を思い出して、一瞬で真赤に湯で上がった、弐号機の奴っ。

「あのね!そういうプライバシーにかかわる事は、見ないの!
そう、忘れなさい!良いわね・・・うん、反省さえすれば良いのよ、まあ、許して上げるから・・・
まあ、アンタもまだまだその辺の事は解んないでしょうから・・・でも二度目は無いからね・・・」

しっかりと釘を刺すアタシへ、弐号機から項垂れるイメージが送られてくる。

「とりあえず、世間知らずなアンタは、名作に分類される本を読んで見る事ね、
そう、とりあえずアタシの進める本の一覧は・・・うん、後は図書館のデータベースで・・・」

アタシは、弐号機へ人間関係の対応の宿題として、百数冊のタイトルと作者を列記すると、
枕元の受話器を取上げ加持さん達の部屋を呼び出す、まあきっと、今頃はこれも盗聴とかされてんだろうけどね。
三度のコールで加持さんが眠そうな声で、内線電話に出る、何が有ったのか、とても疲れた様子だ。

「ああ・・・こちら508号室・・・」
「アタシよ加持さん、
10分したら迎えに行くから、一緒に下のレストランで朝食を食べるわよ。
もちろん、加持さん達に拒否権は無いわ。
もし文句があるなら、胸に手を当てて、昨夜の事を思い返して見てちょうだい。
まあ、食事はアタシが奢るから、ここでの最後の食事は出来るだけ豪勢にしましょう、いいわね」

アタシは一方的に喋って、受話器を戻し、大きく溜息を突く。

「はぁっ、きょうはもう、買い物は無理か、加持さん、今の話の裏の意味、分かったかな?」

アタシはベッドから下りると、昨夜と同じ服を身に付け、ちょっと考えてから、帽子とサングラスを屑籠に放り込んだ。

ジャスト10分後に508号室のドアを叩くと、ジャケットを着崩しちょっと顔のやつれた加持さんと、
カナリヤを食った猫のように上機嫌で、肌のつやつやした爆乳トラブルメーカーのミサトがその姿を表す。

「おやアスカ?サングラスと帽子はどうしたんだ?」
「要らないわ、誰かさんのおかげで、もう意味が無くなったからね」

アタシはちょっと機嫌悪くそう答えると、ミサトをじろりと睨み付ける。
ミサトはキョトンと目を瞠り、加持さんがすまなそうに目配せした、アタシは、やってらんないわと溜息をつく。

「俺のミスだ・・・すまんなアスカ」
「はぁ・・・もう良いわ、とりあえず、朝食にしましょう」

全然状況の見えていないミサトを引きずって、アタシ達はホテルのレストランに繰り出し、
とても朝食とは思えないような、豪華な料理を注文して舌鼓をうつ。
パンにジャムやバターを塗って、ブルートブルストや、アイスバインなんぞを行儀悪くぱくつく私達。
我ながら、このメニューの取り合わせのアンバランスさには笑うしかない。

「やっぱり、ドイツビールはいけるわね、加持は飲まないの?」
「あ・・・いや、俺はちょっとな・・・」
「ビア樽みたいに太らなきゃ良いわね、ミサト」

加持さんとアタシの苦労も知らずに、ミサトは朝からブルートブルストをつまみにビールをかっ食らう。
アタシは、スプーン一杯の嫌味を言葉に乗せて、ミサトに聞こえないように小さく呟いた。
はぁーっ、加持さん、こんなの嫁に貰うと一生苦労するような気がするけど、ミサトの何所が良いんだろうか?
アタシが腹八分目で、フォークを手放すと同時に、急にミサトが思い詰めたような表情でテーブルから立ち上がった。

「ごめん!ちょっと化粧室へ行ってくるわ」

アタシと加持さんに、言い捨てると同時に、ミサトは心持ち内股で足早に店の奥へと消える。

「加持さん?」
「ああ、ちょっと俺も行って来るよ」

目で合図すると、加持さんも席を立ちミサトの後を追う、
アタシは、大きな溜息を吐くと椅子の背にもたれかかって、コップに残っていたミネラルウオーターを一気にあおった。
繁盛しているはずのホテルのレストランの中は、人もまばらで緩いテンポの曲がやけに耳に付く。

「まあ、仕掛けてくるだろうとは思ってたけど、ミサトには、良い教訓かしらね?」

アタシは、口の中で小さく呟く、
そんな自分の元へ、金髪のウエイトレスが近づいてきて、空いたコップへと水を注いだ。
アタシは何も言わずに、それを一気にあおるとウエイトレスへニヤリとタチの悪そうな笑いを向る。

「ちんけね、ベンゾジアゼピン?
捻りが足りないわよ、睡眠薬を使うにしても、
バルビツール酸はやばいとしても、もう少し新しい薬を使って見た方が良いんじゃない?」
「な・・・何のことでしょうか?」

アタシの指摘に、ウエイトレスはさも意外と言う顔でとぼけて見せた。

「それに、あのビールには利尿剤でも入れたの?
えげつないわね、ネルフ・・・いや、搦手って事はUNの諜報部かしら?」

まあ、ネルフならこんな回りくどい事をせずに、
ストレートに黒服の2ダースも送り込んでくるだろうけど、
アタシと、とぼけたウエイトレスとの睨み合いがしばし続く、
でも、二人の間の不毛な睨み合いに耐え切れずに、先に彼女が折れた。

「はずれ、ブロムワレリル尿素よ・・・でも、なぜ貴方へそれが効かないの、フロイライン・ラングレー?」
「さあ?何故だと思います、UNドイツ駐留軍情報局ポーラ・シュナイダー中尉?」

突然、名前と階級付きで呼びかけられ、目に見えて動揺する彼女へ、アタシは悪戯っぽく微笑んだ。
良く見ると、ウエイトレスの姿をした、金髪をストレートに腰まで垂らせた彼女は、
わりあい整った顔形でプロポーションも良く、思いのほか若く見える。
その、垂れ目がちな薄い緑の目が、アタシを映したまま、心の中を露呈するように揺れた。

「ど・・・どこで、それを・・・」

さらりと自分の名前と階級を当てられたせいで、彼女に動揺が走る。
もちろんアタシは、目の前の彼女の履歴を弐号機に検索させた事なんて、口を滑らす気は無い。

「それを調べるのも、アンタ達の仕事じゃないかしら?
で・・・ここが分かったのは、やっぱりミサトが自分のカードを使ったせいなんでしょ?」
「うっ・・・そ、そうよ、もうこのホテルにいるのは貴方達だけだわ、
軍に十重二十重に包囲されているここからは、もう逃げる事は出来ないはず、おとなしく投降しなさい。
いまなら、罪も軽くて済むから、貴方の、ご両親も心配されているわよ」

両親の話が出た時、アタシの笑みがゆがみ、それこそ地獄の悪魔でも逃げ出すような、
壮絶な凄みのある頬笑みが、自分の顔へ浮かび、それを目にしたポーラ中尉が、ヒイッと声を漏らして後ろへと下がる。

「アンタ、アイツらがアタシと遺伝的つながりが無い上に、
いままでアタシへ、どんな仕打ちをしてきたのか、知ってて言ってるんでしょうね?」
「う・・・あぅ・・・ご、ごめんなさい・・・あ、あなた・・・ご両親に、そんなに酷いことをされたの?」

アタシの、ドライアイスのように冷たい眼光に晒され、歴戦の諜報員だろう女が顔色を青くして引きつる。
殺意にも似た、既に人を超えた神威さえこもる、アタシ本来の抑えられていたけはいに圧倒されているのだ。

「まあいいわ、書類上とは言え、身内の恥を晒したく無いからね」
「あ・・・ありがとう・・・ございます」

目の前で自分に怯える彼女の姿に、フウと溜息を漏らしたアタシはあっさりと物騒なけはいの矛を収める。
強大な、アタシの氣に当てられたのか、ポーラ中尉が何故かアタシへ敬語でお礼を呟いた。
その時、ふっと今更ながら、嫌にあの二人の帰りが遅いのに気付く、参ったわね、二人ともまだ生きてるかしら?

「しかし、加持さん遅いわね、アンタ達あの二人に何かしたの?
まあ、正直言ってミサトの方には、あんまりかかわりたく無いんだけど。
まあ乗りかかった船だし、アタシは、こう言っちゃあなんだけど、保護者みたいなもんだから」
「あ・・・あのう・・・ち、ちょっとノックアウトガスを使いました」

もう歯止めが効かなくなったのか、萎縮して震える、ポーラ中尉の垂れ気味の薄い緑の目には涙さえ滲む。
あ、参ったわね、あの二人を、アタシ一人で引きずって行かないといけないって?
重いとかじゃないけど、気絶した人間と言うのは、案外想像以上に持ち運びがしにくい物だ。

「しかたない、アンタを荷物持ちに徴発するわ、拒否権は認めないからね」
「え・・・ええっ!」

アタシの突然の宣言に、ウエイトレス姿のポーラ中尉の薄い緑の目が大きく見開かれ、
その染み一つ無い真っ白なエプロンの胸元に、両の拳が飛び出そうとする心臓を、無意識に押さえるかのように当てられる。
その時、落雷のような重低音の音があたりに響く、弐号機が、成層圏から一気にホテル前の道路へとダイブした音だ。
音速を超えたその動きは、ソニックウェイブを伴いATフィールドに緩和されたとはいえ、それなりの突風が瞬間吹き荒れる。

「アンタが拒否すると、アレにやって貰わないと行けなくなるから。
ホテルが壊れると、ここのオーナーに悪いし、アンタ達諜報部に損害賠償の請求が行くわよ?」
「そ・・・そんな・・・」

何所からか吹き込んできたソニックウェイブの余風が、アタシと中尉の髪を吹き散らし弄る。
アタシの背後のレストランのロゴがあしらわれたウインドウ一杯に、覗き込んだ弐号機の爛々と輝く四つの緑の目が写りこみ、
アタシの声に合わせるように、心の底を揺さぶるような彼の低い唸り声が、誰も居なくなったレストランの中へ響き渡った。

「真にサードインパクトを排除しようとする、アタシ達を手伝うのは、
最終的にUN情報部の利益に沿った物だわ、ポーラ・シュナイダー中尉、アタシに従いなさい!」
「あ・・・は・・・はい・・・」

弐号機を背後に、アタシはニタリと笑って、中尉の眼を覗き込むように威圧する。
アタシの神威に圧倒され、蛇に睨まれた蛙状態の彼女は、力無くその血の気の失せた顔で頷く。

「じゃあ・・・付いて来・・・」
「その必要な無いよ・・・」

アタシの言葉を遮る様に、誰も居ないはずのレストランにボーイッシュな声が響いた。
振り返ったアタシの目の前に、どこかで見た様な面影の、
銀髪を肩で切りそろえた、透き通るような白い肌の少女が、そのグラマラスな姿を表す。

「アンタ・・・」
「やあ・・・久しぶりだね、アスカ君・・・」

胸元にブルーのリボンをあしらった、たわわな胸を包む白いブラウスに、
細い括れた腰と、張りのある膨らんだお尻の曲線を見せる、紺のフレアスカートと言ういでたちの、
どこかで見たような少女が、まるで長年の知りあいのように、アタシを気安く名前で呼ぶ。

「シンジ君や君達と、あの世界のティプラーの円筒で別れてからこっち、
見知った君達へ会えない、一分一秒が僕には永遠の様だったよ・・・」

少女は、あの必要とは言え、地球以外の惑星を全て磨り潰して建造した、
果ても無く細く長い円筒、超縮退物質の巨大な塊を思い浮かべるように、
その可憐な顔に無垢な笑みを浮かべ、ファーストの様な、ルビーを思わせる赤い瞳を細める。

「・・・ティプラーの円筒・・・」

多分同じ光景を、アタシも思い出し、しばし物思いにふける。
まあ、あれだけの代物を建造しても、送り出せたのは魂とも言うべき特殊なデータだけだったけど、
そして、アタシは、その気障っぽい物言いから、
目の前の少女が誰だかやっと気がつき、青い瞳を皿のように見開いてその姿を凝視した。

「アンタ・・・その体、どうしたのよ?・・・」

アタシは開いた口がふさがらなかった、”ナルシスホモ”渚カヲル・・・
ソイツが何時の間にか、ただの”ナルシス"に退化、いや進化していたのだ。
しかも・・・許しがたい事に、アタシより胸がでかい・・・

「僕も学んだということさ・・・
生と死と同じように、僕にとっては男と女は等価値だった。
だが僕にとって、シンジ君が特別ならば、やはり、沢山有ったスペアの中でも、
この体の方が、相性が良いと思ってね・・・おやアスカ君?どうしたんだい?」

カヲルの奴が、ボーイッシュな声で、
アタシへ、さも何でも無いように、さらりと、とんでもない事実を説明した。

「なんで・・・コイツまで、シンジの争奪戦に参加してくんのよ。
世の中、謎だらけと言うけど、こいつの存在自身が、不条理その物だわ」

アタシは、口の中でブツブツと呪詛の様に愚痴を呟く。
そんなアタシを、アイツは覗き込んで困ったように口を開いた。

「で、アスカ君・・・先ほど偶然、トイレで、
この人達が倒れてるのを見つけたのだけど、どうしたら良いんだろうね?」

その史上最強生物たる一人の、ちょっと心細そうな声に、アタシは彼の手元に目を落とした。
その白い、おたやかな手には、無骨な男の手と、薄いピンクのマネキュアを塗った女の手が、
それを見たアタシは、げっそりと肩を落とす・・・
カヲルが、トイレから床を引きずって来た物は、加持さんとミサトだった。

「アンタ・・・トイレから、このまま引きずって来たの?」
「ああ、そうだけど、何か不味い事でも有るのかい?」

アイツは不思議そうに問うけど、
アタシは流石に正直に、トイレの床を引きずった物を、肩へ担ぎたくないとはとても言い出せなかった。

まあ、前回とは言え、初恋のおじちゃんに取って、とんでもなく可愛そうな仕打ちかも知れ無い。
結局アタシは、ミサトの上着を剥いで肩に担ぐ事で妥協した、
カヲルはそんな事に気さえ付かずに、アタシの指示で加持さんをその背に背負う、
そんなアタシ達を、ポーラ中尉は落ちつかなそうに、おろおろと見つめ続けた。

「ごめん・・・コイツがいるから、アンタはいいわ。
悪かったわね、何も分からないアンタに突然命令なんかしちゃって」
「・・・あ、いいえ・・・」

アタシは戸惑うポーラ中尉に、ぺこんと頭を下げると率直に詫びを入れる。
この素直さこそが、あのサードインパクトでアタシが手に入れた、最大の贈り物だと思う。

「じゃあね、中尉、行くわよカヲル」
「ああ・・・お嬢さん、邪魔したね」

アタシとカヲルは、肩に担いだ大人の重さを感じさせぬ動きで、ポーラ中尉を残したままレストランを後に、
ホテルの来客カウンターに、余ったユーロ紙幣の札束を、気前良く”宿泊代&チップ”とメモ 用紙に殴り書きして、
部屋のカードキーと一緒に投げ出したアタシ達は、堂々と正面玄関から通りへとチェックアウトした。

「流石にUN軍だね・・・ドイツの文化遺産とか、町の景観に優しく無い攻撃をするものだな」
「きっとアイツら、余裕無いんでしょ?アンタだって城の一つや二つ吹き飛ばした後じゃ無いの?」

アタシは、弐号機のATフィールドに性懲りもなく炸裂する、 高速徹甲弾(APCR) にげっそりしながら、
カヲルの他人事のようなUNドイツ駐留軍に対する寸評に、鋭く突っ込みを掛ける。

「あはは・・・流石にアスカ君、容赦無いね・・・」
「油売ってないでさっさと撤収するわよ!
無駄な努力を振るう、アイツらが可愛そうでしょ?」

軽々と大人を背に担ぎ、アタシ達は弐号機へと掛け寄る。
彼はリフト代わりにその手を差し伸べ、アタシとカヲルを手の平へと載せて装甲兵員輸送車へと運ぶ、
気持ち良さげにいびきさえ掻く二人を、少々手荒に輸送車へと放り込んだアタシ達は、揃ってドアを閉じた。
装甲されたドアが締まると、少しだけ炸裂する砲弾の音が小さくなる、
アタシは輸送車の天井を見上げると、その向こうにあるはずの弐号機の顔に向けて、笑いかけながら声を掛ける。

「待たせたわね!行くわよ、弐号機!」

弐号機がアタシの声に答えて、気持ちよさげに吼え、
アタシ達の乗る装甲兵員輸送車を、コンテナごと抱えた弐号機が、
そのATフィールドの羽根を広げて、ゆっくりと優雅に、まだ朝焼けが薄っすらと残る空へと舞い上がる。
遥か眼下でUNドイツ駐留軍が、アタシ達へと打ち上げる高射砲が、まるで自分達の出発を祝う祝砲のようだ。

「いざ!シンジの待つ日本へ」

クスリと笑うと、アタシは芝居ぶって弐号機に指示を飛ばす。
アタシへ、弐号機から座布団一枚のイメージが送られ、カヲルの奴も自分から眼を逸らして、懸命に笑いをこらえる。
どうせ・・・アタシはちょっとふてて、ほっぺをかわゆく膨らませた。

弐号機は襲い来る戦闘機やミサイルを纏わせ、
時折炸裂するN戦略弾道弾の火球さえ意に介さず、蒼い空へ高く高く舞い上がる。
雲を抜け、空の蒼さえ成層圏の果てしも無く黒に近い空へと変わって行き、
ついに、天に星がその姿を表す、そして、その足元には緩くカーブを描く、母なる大地が横たわった。

「地球は青かったか・・・ここまで来ると、流石に静かだわね・・・」
「まあ、周りはほぼ真空だからね・・・」

弾道コースで、ほぼ衛星軌道を飛ぶ弐号機のATフィールドの外は、もう既に宇宙と言ってもいいだろう。
前世紀の、 初めての宇宙飛行士(ユーリ・A・ガガーリン 1934年3月9日ロシア) が言った台詞を口にしたアタシに、デリカシーの無いカヲルが茶々を入れる。

でもなんだか、いまなら、そんなコイツでさえ許せそうな気がする。
アタシは黙って、足元に広がる青い海を見つめ続けた、そう、いまの海は、素敵なくらい青い・・・
装甲兵員輸送車の中を、神々しい静寂だけが支配する。
そんな沈黙に、耐えられなくなったのか、カヲルの奴が口を開いた。

「ずいぶんと前の時と、物事の流れが変わってしまったね」
「見知らぬ明日、それが当たり前なのよ、むしろ明日の事が分かってしまったら、
アタシ達は、結果を恐れて一歩も先へ進めなくなるかも知れ無いわね、アンタ・・・明日が怖いの?」

アタシはニヤッと笑って、カヲルの奴を挑発する。
アイツも、アタシへ対抗するように、その整った顔へアルカイックスマイルを浮かべた。

「そうだね・・・アスカ君の言うとおりだ。
僕にとっては、シンジ君との幸せな明日さえ来れば、何も言う事は無いからね」
「アンタも言うわね、それに付いてはアタシも同意見だと言わせて貰うわ」

アタシ達は、弐号機の腕の中の 装甲兵員輸送車(Tpz1フクス) の前部座席で、
お互いを牽制するように、低く笑い続ける。

そして、弾道飛行を続けるアタシ達の、目の前の大気圏の遥か下に、
地平線の湾曲の端から、辛うじて日本列島の反り返る弓型の大地が、その優美な姿を表そうとしていた。




  At that point the story comes to an abruptEND...



-後書-


ニュルンベルグ = ドイツ南部のおもちゃの町として有名で、
 毎年のクリスマスの時期には、ドイツ最大のクリスマスマルクトの開催地として観光客が多数訪れる。
 ご注意!:このシーンは観光案内などから文章を起こしたので、かなり現実とイメージが違うかもしれません(作者談、汗
ニュルンベルガーソーセージ = 小指大の噛み応えのあるソーセージ、とても美味らしい。
レープクーヘン = やわらかいクッキー風の食感の、シナモン、八角等のスパイスの効いたお菓子。
ブルートブルスト = 血の詰まった黒っぽいソーセージ
アイスバイン = 豚の膝の料理
ベンゾジアゼピン&バルビツール酸&ブロムワレリル尿素 = 睡眠薬の成分です
ティプラーの円筒 = これに付いては、第1話の後書きを参照してください。

本来一話で終わる予定だった試験的な試みの話が、四話も続いてしまいました、
おかげで他の話しや仕事が滞ってますが、おいおい何とかしなくてはいけませんね(汗

私の場合勢いで書いてる事が多いので、細かい事を後から出来るだけ校正していますが、
もし、不備をお見つけになった方は、ぜひ、お知らせいただけますと幸いです

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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