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もしアタシが幸せになれるとしたら
後編 再会

by saiki 20021205



アタシは毛布に包まって、挿し込む日の光の暖かさに浸っていた・・・
心の海に漂う自分を、玄関の呼び鈴の音が呼び覚ます・・・
瞬時に覚醒したアタシは、どたどたと玄関に走しる・・・こんどこそ、シンジかも!
毛布を体に巻き付けたアタシは、相手を確かめさえせずにドアを開けた・・・

「・・・おはよう、アスカ・・・起こしたかしら・・・」
「グーテン・モルゲン、レイ・・・シンジかと・・・ともかく上がって・・・」

自分の肩が、失意で下がっていくのが判る・・・アタシは、力の抜けた声でレイに挨拶した・・・
自分が喜びいさんで開ける扉には、求めるシンジが居たためしが無い・・・
でも、諦められない・・・シンジの事が、一言でもいい謝りたいから・・・

アタシは寒そうな薄手の白いコートを着た、レイをキッチンへ上げると、
紅茶を入れて差し出す・・・レイは、湯気の上がるアタシの髪の毛のように赤い液体に、
砂糖を入れ、静かにスプーンでかき混ぜた・・・

「レイ・・・貴方の家は・・・」
「・・・葛城三佐に聞いたわ・・・ここへ来たのもそのためなの・・・」

アタシはレイの目を見つめた・・・彼女とは、ネルフのゲートで別れてから一度も会って無かった・・・

「ここに住むのよね、レイ・・・アタシ、貴方の邪魔になるなら出て行くから・・・
でも、もしシンジが帰って来たら教えてくれる・・・アタシあいつに謝りたいの・・・だから・・・」

アタシは何を言ってるんだろう、こんな脈絡の無い話方ではレイに誤解されちゃう・・・
最後に会った時の彼女はアタシを憎んでた・・・
でも、どんなに罵ってくれても良い、シンジに謝らせてもらえれば・・・

「・・・アスカ、あなたもいて・・・ここは、私一人では広すぎるわ・・・」
「レイ、良いの、私がここへ居ても・・・シンジを傷つけたアタシを、貴方は許してくれるの・・・」

レイが、アタシにコクリと頷く、アタシは安堵のあまり床に跪いた・・・
シンジとの接点を失わなくて済む、もしかしたらあいつに謝るチャンスがあるかもしれない・・・

「・・・アスカ・・・」

アタシは跪いたまま、しゃくり上げる様に泣き続けた・・・ただ、ただ嬉しかったのだ・・・
レイが、アタシを優しく抱いてくれた・・・暖かい温もり・・・アタシは少しだけ落ち着く・・・

「ごめんなさい、レイ、取り乱しちゃって、貴方の荷物は部屋に入れてあるわ・・・」

アタシは、レイを部屋に案内する、中は出来るだけあの壊されてしまった、
マンションの部屋に似せて配置してある、彼女は中に飛び込むと嬉しそうに周りを見回す・・・

「・・・お兄ちゃんに、始めて買ってもらったぬいぐるみ・・・
お兄ちゃんに、始めて買ってもらったクッション・・・
お兄ちゃんに、始めて買ってもらった本・・・
お兄ちゃんに、始めて買ってもらった服・・・」

レイは、ぬいぐるみやクッションへ頬擦りする、すごく嬉しそうだ・・・
両手一杯に物を抱え込んだレイが、突然アタシの方へ振り向く・・・

「・・・ありがとう、アスカ・・・」
「アタシは手伝っただけよ、レイ・・・お礼はミサトに言ってよ・・・」

アタシは照れくさくて、レイから目をそらしながら呟く。

「・・・葛城三佐には、すでにお礼を言ったわ・・・だから、言って無いのは貴方だけ・・・
それに、物を配置したり、ここを何時も掃除をしてくれたのは貴方でしょ・・・」
「・・・確かにそうだけど・・・」

アタシは言い淀む・・・だって、レイの為にやったんじゃ無い、シンジの為だから・・・
アイツが帰ってきて、ここへ、レイが居たらきっと喜ぶだろうって・・・思ったから・・・

「・・・お昼にしましょう、アスカ・・・」
「あっ、何か店屋物を頼むわね・・レイは何が食べたいの?」

突然のレイの言葉に、アタシは慌てて少し日に焼けて色の変わったメニューを取り出す・・・
でもレイは、何かを料理しようと冷蔵庫を開けて目を細める・・・そして、ビールの缶を取り出した・・・

「・・・これ以外に、なにもないわね・・・それに、これは賞味期限が切れてるわ・・・」
「ああ、それは・・・ミサトが残して行った物だから・・・」

レイの視線がきつくなる、キッチンの全ての戸棚を開け、塵一つ無いのを確認すると私に詰め寄る・・・

「・・・アスカ、貴方何時もは何を食べているの・・・」
「・・・最近食欲が無くて・・・」

レイが赤い瞳で、アタシの目を見つめながらにじり寄る・・・
思わず、アタシは自分の部屋へと後ずさった・・・

「・・・レンジもコンロも、あまり使った跡が無いわ・・・」
「それは、何時も綺麗に掃除してるから・・・」

レイが、アタシの手から店屋物のメニューをひったくる・・・アタシは思わず、自分のベッドに座り込んだ・・・

「・・・使った形跡も無いし、メニューも古いわね・・・」
「・・・レイ、何を言うのよ・・・心配しなくても、アタシはちゃんと食べてるから・・・」

レイはアタシの部屋を見回して顔をしかめると、アタシの目を覗き込んだ・・・

「・・・貴方の部屋は、昔の私の部屋のように荒んでるわ、アスカ・・・」
「・・・レイ・・・これには、ちゃんとわけが・・・」

レイが、アタシのベッドの下のダンボール箱に気が付き、アタシが止めるまもなく引きずり出す・・・
ダンボール箱の中は、大量に余った付属の味付けペーストと、少し残った栄養食品のカロリーバー・・・
それを見た、レイの顔が引きつる・・・そして一言、一言、噛み締めるようにアタシへ呟く・・・

「・・・アスカ、貴方こんな物を食べてるの・・・」
「だって・・・食欲が無いんだもの・・・しかたないでしょ・・・」

アタシは、レイの責めるような視線を避けるように横を向く・・・
そんなアタシを残して、レイは踵を返し玄関へ歩き去る・・・
アタシは、レイにまで見捨てられたの?・・・アタシは、驚いて後を追った・・・

「・・・レイ!・・・どこへ行くの・・・」
「・・・買い物へ行って来るわ・・・アスカ、アタシにもカードキーを頂戴・・・」

アタシは、レイにまで見捨てられたわけじゃなさそうなので、ホッと胸を撫で下ろした・・・
壁のロッカーを指紋ロックで空け、自動拳銃の横から、予備のカードキーを出してレイに渡す・・・
ついでにレイの指紋も、指紋ロックへ登録しておいた・・・彼女も、拳銃ぐらいは使えるから・・・

「レイ、遠慮なく使って頂戴・・・アタシに気兼ねする事は無いから・・・」
「・・・大丈夫、ちゃんと自分のを持ってるから・・・」

レイが、白いコートの前をはだけて、スカートを持ち上げる・・・
雪のように白い太腿の間に、黒い皮ベルトにマウントされている、
超小型拳銃ハミングバードR133が見えた・・・その姿は、女のアタシが見ても凄く悩ましい・・・
レイは勘違いしている、アタシは、気に入らなかったら、アタシを撃てって言ったつもりだったんだけど・・・

「レイ、そんな格好はしない方が良いわ・・・アタシが男なら、思わず襲っちゃうから・・・」
「・・・アスカだからよ・・・お兄ちゃんにも、見せないわ安心して・・・」

レイは、真赤な顔をして俯くアタシを残し、さっさと出かけて行く。

そして、ほどなくレイはスーパーの袋を持って帰って来た・・・
彼女は、アタシを無理やりキッチンの椅子に座らせると。
おもむろに料理を始める、その手捌きはシンジ譲りなのか、ものの5分で出来上がる・・・

「・・・食べて、アスカ・・・」
「い・・いただきます・・・」

アタシの前には、食パンと深皿に入ったコーンスープが並べられ、暖かそうに湯気を立てている・・・
どうやって食べるのかと、アタシが頭を傾げてると、レイはパンをちぎってス−プに浸して食べ始める・・・

「・・・時間が無いので手抜きだけど、どうかしらアスカ、美味しい?・・・」
「う、うん、レイ、美味しいわ・・・」

いつもカロリーバーで済まして、消化器官が萎縮してるアタシには、ちょっと量が多いけど・・・
久しぶりに自分以外に人がいる食卓は、暖かくて心地よい・・・
レイ、いつかシンジと一緒に、こう出来れば良いね・・・

食べ終わると、レイは夕食用に野菜カレーの仕込を始めた・・・
手持ちぶさなアタシは、何時ものように部屋を磨き上げる・・・

そうだ、レイも居るし久しぶりにお風呂を沸かそう・・・
掃除が終わったアタシは、風呂桶に湯をはるとレイに一番風呂を勧めた・・・

「レイ、お風呂沸いたわよ・・・先に入ってちょうだい・・・」
「・・・ありがとう、アスカ・・・」

レイが着替えを持って風呂場に消える・・・アタシはレイの代わりにカレー鍋を掻き回す・・・
しばらく経ってレイが全裸で風呂場から現れた・・・如何したのレイ、風邪を引くわ・・・

「・・・アスカ、入浴剤は・・・」
「へっ、入浴剤?」

そう言えば、シンジは風呂には必ず入れていた・・・
レイも知ってるとすると、これって、日本の風習なのかしら・・・
アタシは洗面所の棚を掻き回す・・・
でも、出てきた入浴剤は三年以上前の物で、さすがに湿気で固まっていた・・・

「・・・アスカ、貴方お風呂へ入ってた?・・・」
「・・・シャ、ジャワーで済ましてたわよ・・・」

アタシは、レイの眼光にちょっと引いた・・・
彼女は、全裸のままキッチンに鍋のガスを切りに行き、帰って来るとアタシの目を見て口を開いた・・・

「・・・アスカ、脱いで・・・」
「へっ!・・・」

アタシは頭の中が真っ白になった・・・

「・・・アスカ、私と一緒にお風呂へ入るの・・・」

そのまま立ってると、レイに服を着たまま湯船に、
沈められそうだったので、アタシは仕方なく服を脱いだ・・・

アタシ達は、お互いスポンジで洗いあった後・・・二人で湯船に浸かった・・・
ちょっと狭いけど、一人じゃないって実感が久しぶりで、心が温かくなる・・・

「・・・風呂は命の洗濯、葛城三佐が言ってたわ・・・」
「ミサトの格言じゃ、当てにならないけど・・・アタシもそう思いたいわ・・・」

アタシは向かいで、湯船に浸かるレイの体をまぶしそうに見る・・・
雪のように白くて、出るとこが出た、その女らしいしなやかな曲線は、女の私が見てもとても綺麗だ・・・

そして、アタシの方はちょっとやせ気味で、かってのプロポーションは見る影も無い・・・
自分でも、少し寂しくなってしまう・・・アタシを見るレイの目も、少し寂しそうに見えた・・・

その後、アタシ達はレイの作ったカレーを食べて・・・
レイと一緒に、久しぶりにリビングでテレビを見て・・・
二人で一緒に歯を磨いて・・・

そしてアタシは、レイのために、ミサトの布団を床に敷こうと、押入れを開けながら気がついた・・・

「レイ、貴方ベッドの方が良い?・・・もし、そうならベッドを買うから」
「・・・そうね、ベッドの方がなれてるわ・・・」

枕が変わると、寝れない人が居るように、ベッドじゃないと、寝れない人も居るかも知れ無い・・・

「じゃあ、ベッド買うまで、アタシのベッドで寝る?・・・」
「・・・アスカはどこで寝るの・・・」

アタシはドイツで野戦訓練だってやった事があるから、どこでも寝れる・・・

「アタシは、リビングで寝るからいいわ・・・何なんら、レイ、シンジのベッドでもいいわよ・・・」
「・・・じゃあ、お兄ちゃんのベッドにするわ・・・」

レイの目が嬉しそうに輝いている・・・そうよね、貴方はシンジの妹だから当然その権利があるわ・・・

アタシは何年も前に自分へ、
シンジのベッドでアイツの物に囲まれて、二度だけ寝る贅沢を許した事がある・・・
その後は怖くてあそこでは寝れなかった・・・だって、あそこで寝てる所へシンジが帰ってきたら・・・

「・・・アスカ貴方はここでは寝ないの・・・」
「二度だけ寝た事があるわ、レイ、でも、今は怖くてここでは寝られないの・・・」

アタシは、シンジにどこで寝てもらえばいいと言うの・・・バカバカしいかも知れないけど・・・
呆れたシンジが、そのまま何処かへ行ってしまいそうで、アタシは怖くてたまらない・・・

「・・・何故怖いの、ここはお兄ちゃんの物が一杯で、私は安心して寝れるのに・・・」
「だって、アタシがここで寝てるのを知ったら・・・
シンジがまた、怒って何処かへ行ってしまいそうで怖いのよ・・・」

レイは、アタシが何故あそこで寝れないかと言う告白を聞くと、眉をひそめた・・・

「・・・わったわ、アスカ・・・」

そしてレイは、電気を消して、アタシの手を引きながら、シンジの部屋を出てアタシの部屋へ向かう・・・

「・・・私は、貴方の話を聞いて怖くなったわ・・・
だから、私もあそこでは眠れない・・・アスカ、責任を取ってくれる・・・」
「責任を取れって、どう取れば良いの、レイ」

アタシは途方にくれた・・・レイはアタシに何を求めているの?・・・

「・・・ここで一緒に寝てほしいの・・・」

レイは、アタシに笑いかけながら言った・・・アタシは、レイが怒って無いのが分かってホッとした・・・

そして、いまアタシはレイと抱き合って、一つベッドに入っている・・・
確かに、お互いショーツ一枚で抱き合っているけど、別に怪しい事をしているのでは無い・・・
ただ、お互いのぬくもりを分け合い・・・シンジが居なくなった、心の穴を一時的に塞いでいるだけだ・・・

「・・・アスカ・・・」
「・・・なに?レイ・・・」

アタシは、隣に寝るレイに答える・・・

「・・・貴方のベッド狭いわ・・・私のベッドは、セミダブルにしてほしいの・・・」
「分かったわ・・・」

レイが毛布に鼻を埋める・・・アタシは、毛布がシンジの物だった事を思いだした・・・

「ごめん、レイ・・・この毛布は、シンジのなの・・・」
「・・・そう、お兄ちゃんの匂いが微かにするわ・・・じゃあアスカ、枕は私にくれる・・・」
「アタシがそれを決めて良いの?・・・レイ、妹の貴方が決めなさいよ・・・」

レイがシンジの思い出の物を、全て独占しようとするかもしれない・・・
アタシは、それを恐れ体を振るわせる・・・でも、そうなってもアタシは何も言えない・・・
だって、アタシは三年近く、シンジの毛布を不当に独占して来ているから・・・

「・・・じゃあ新しく寝具を買って、お兄ちゃんの物は、二人でじゃんけんで分ける事にするわ・・・」
「優しいのね・・・レイ・・・でも、手加減はしないわよ・・・」
「・・・クスクス、私も手加減しないわ・・・アスカ・・・」

レイは、優しかった・・・アタシは、レイの暖かさに包まれながら、安心して眠りにつく・・・

でも、そんなささやかな幸福も長くは続かない・・・
なぜなら翌朝、レイは何も言わずに、アタシの前から忽然と姿を消してしまったから・・・

最初に気がついたのは、ベッドが広いということだった・・・
やがてアタシは、レイが隣に寝てないのに気がついた・・・
その時は、別段なんとも思わず、トイレへでも行ったのだと思ったのだけど・・・

何時まで経っても、レイはアタシの隣へ帰ってこなかった・・・
そして怖くなった、アタシはシンジに続いて、レイにまで嫌われたのかと・・・
半狂乱になったアタシは、レイを家じゅう探した・・・ばかな話だけど、浴槽の中とか、ベッドの下もだ・・・
でも、レイはどこにも居なかった・・・

また、アタシは、この家で独りぼっちになってしまった・・・

アタシは泣きながら、レイの作ってくれた昨日のカレーの残りを食べる・・・
カレーは涙の味がしたけど・・・アタシは食べ続けた・・・

   ・
   ・
   ・

結局・・・レイは帰ってこない・・・
レイの失踪を知って、アタシが半狂乱になってから、すでに一週間が経つ・・・

レイの携帯へ掛けても、何時も圏外のメッセージだけが流れる・・・
アタシは、シンジに続いて、レイまで失ってしまったのだろうか・・・

あの時、レイはあんなに私に優しかったのに・・・
でも、裏切られたような気はしなかった・・・
だって、アタシを見た時の、レイの目は澄んでいたもの・・・

きっとアタシより、レイにとって、優先順位が高い事があったに違いない・・・
アタシの待ち焦がれる人が、シンジだけじゃなくなったんだと思おうとした・・・
でも・・・シンジと違って、レイはアタシを嫌ってなんか無いと思いたい・・・

だからアタシは、レイを信じて待ち続ける事にした・・・
そしてアタシは、ウェブでレイの言った通り、
セミダブルのベッドと、寝具一式、それに入浴剤を注文する・・・

でも、アタシの寂しさは拭い去れない・・・

そして今日、ベッドが届いた・・・
アタシは底冷えのする部屋の中で、付属の六角レンチでベッドを組み立てる・・・
手がかじかんでるのか・・・ネジに、レンチが上手くはまらずに、空回りする・・・

でも、なぜか暖房を入れる気にはならなかった・・・
だって周りが暖かくなっても、アタシの心は凍ったままだから・・・

三時間も悪戦苦闘したアタシは、やっとベッドをくみ上げる・・・
雑巾でベッドを良く拭いてから、シンジの部屋から寝具一式をレイの部屋へ運ぶ・・・

そしてシンジのベッドを、真新しい寝具でメイクする・・・シンジ、怒らないよね・・・
レイ、早く帰って来てよ・・・アタシとじゃんけんで、どうするか決めるって言ったじゃない・・・

アタシは今日も、全ての部屋を綺麗にしてから、ベッドへ入りシンジの毛布に包まる・・・
そして夜な夜な、アタシは前にもまして枕を濡らす・・・

「シンジ・・・レイまで、居なくなっちゃったよ・・・
みんな、アタシだけを置いてかないでよ・・・」

この家に、アタシの叫びを聞いてくれる人は、誰も居なかった・・・

   ・
   ・
   ・

アタシはその日も毛布に包まって、挿し込む日の光の眩しさで目を覚ました・・・
ぼんやりとしたまま、半目を開ける自分の耳に何かの音が聞こえる・・・
音はキッチンからだ・・・それに、何かお醤油の焼ける様な、良い匂いが漂ってくる・・・
アタシは瞬時に覚醒した、そしてキッチンへ向かう・・・誰か家に帰ってきた・・・

「・・・おはよう、アスカ・・・」

キッチンに居たのは、レイだった・・・レイは、アタシを見るとニッコリと笑った・・・
ああ、レイは、帰って来てくれたんだ・・・アタシは思わす座り込んで、そのまま泣き始めてしまった・・・

「レイが帰って来てくれたよ、シンジ・・・レイが帰って来てくれたよ・・・」

アタシはしゃくり上げながら、ここへ居ないシンジへ、レイが帰ってきた事を訴え続ける・・・
レイは、突然出会い頭にアタシが泣き崩れたので、パニックを起こしておろおろしてたが、
やがて出来る事を考え付いて、
椅子から立ち上がりアタシの前へ歩き寄ると、躊躇なく抱きしめてくれた・・・

「・・・ごめんなさい、心配してくれたのね、アスカ・・・」
「だって、レイが何も言わずに居なくなるんだから・・・」

アタシも、レイに抱きつくと、泣きながら苦情を陳情した・・・

「レイも、シンジみたいにアタシを嫌って、何処かへ行っちゃったんじゃないかって・・・
アタシ寂しかったよ・・・ほんとに、寂しかったんだよっ・・・」
「・・・大丈夫、アタシはどこへ行っても、ちゃんと帰ってくるから、だから泣かないでアスカ・・・」

アタシはレイの胸に頬を擦り付ける・・・今までの寂しさを思うと涙が止まらない・・・

「レイがアタシの事、嫌っでないんなら、一言でも良いから書き置きしてよ・・・
貴方に携帯掛けても圏外だし・・・もう何も言わずに居なくなられるのは、嫌なのよっ・・・
アタシの事少しでも思ってくれるのなら・・・アタシが寝てても良いから、
叩き起こして行って来ますって声掛けてよ・・・お願いよ、レイ・・・おねがいょ・・・」
「・・・ごめんなさい、アスカ・・・赤木博士からお兄ちゃんの目撃情報を貰って・・・
今まで一人だったから・・・書き置きが必要な事を、思いつかなかったの・・・
それと、ネルフの携帯が繋がらなかったのは、今はマギのあるここでしか使えないからなの・・・
私、貴方には本当に悪い事をしたのね・・・許してちょうだい、アスカ・・・」

泣き続けるアタシを、レイは椅子に座らせて、湯飲みに緑茶を入れて出してくれた・・・
温かいお茶を飲むと、アタシは少し落ちついた、その時、お腹の虫が可愛い声でさえずる・・・
アタシは真赤になって俯く・・・レイがクスクスと笑う・・・
レイは、緑の包みを出して包装を破ると、茶色い葉っぱの形を模ったお菓子を私の前に置いた・・・

「・・・アスカ、たべてみて・・・」
「これ、何だか凄く可愛いお菓子ね・・・どこで買ったの、レイ」

お菓子をかじると中の餡が美味しい・・・レイが説明してくれた、
これが紅葉饅頭と言う名前である事、広島と言う場所で作られていること、
餡がクリームやアズキ餡、などが有るがこれが一番美味しかった事・・・

「美味しいわ・・・レイ、もう少し食べても良い・・・」
「・・・アスカ、その辺で止めて、メインの料理が入らなくなるから・・・」

アタシが、三つ目を食べ終わったところで、レイがアタシを止めた・・・
そう言えば、レイの前にある、丸くてソースが掛けられた料理が、美味しそうな匂いを漂わせている・・・

「美味しそうなのを食べてるわね・・・なんていう名前の料理なの?」
「・・・冷凍だけど、広島風お好み焼き・・・具は焼きそばなの・・・」

電子レンジがベルを鳴らし、レイが鍋つかみで、熱くなった皿を持ってアタシの前に置く・・・
食べるには、箸ではなくナイフとフォークを使うみたいだ・・・レイが湯煎した、お多福の
お好みソースなる物を、アタシの方へ押しやる・・・暖めると甘みとこくが増すそうだ、
好みによってソースを追加して、人にもよるが、コショウを大量に掛ける人も居ると言った・・・

「これ美味しいわね・・・それにボリュウムもあるし・・・でも詳しいのね、レイ」
「・・・広島へ行ってから、お昼はいつもこれを食べてたから・・・」

レイは、最初に駅前で食べて、虜になったらしい、本来は熱い鉄板の上でへらと言う物で、
火傷しない様に、気を付けて食べるのが一番美味しいと彼女は言った、アタシがいま食べてる
冷凍物は、味が辛うじて食べれるレベルだとレイは嘆く・・・何だかアタシは無性に悔しくなった・・・

「レイ、広島でシンジの居場所、何か分かったの・・・」

アタシは、レイがシンジの事を、何も言わないのに気がついてたずねる・・・
レイは辛そうに首を横に振る・・・そう、レイも辛いんだ・・・

「・・・お兄ちゃん、何処かへ住んでるって訳じゃないみたいなの、広島の前は熊本だったもの・・・
移動もリニアだけじゃなくて、ローカル線や私鉄、ヒッチハイクや徒歩らしくて足取りもつかめないの・・・」
「じゃあ、宿泊先でもチェックできないの・・・」

レイの赤い眼が、寂しそうにアタシの眼を覗き込む・・・

「・・・駄目なの、偽名を使ってるし、同じ所に二晩と止まらないから、
それにカプセルホテルや、オールナイトの映画館、モーテルまでは警察もチェックできないの・・・」
「じゃあ・・・あんたが行っても、シンジはつかまらないじゃない・・・」

アタシの振るえる声に、レイは俯く・・・

「・・・でも、私には他の方法が思いつかないの・・・」

ああ、レイもアタシと同じだ、シンジが居なくて心が消えいりそうに寂しいんだ・・・
その後、アタシ達は無言で食事を済ませると、レイの部屋へ向かいシンジの布団を広げる・・・
そして二人ともショーツ一枚になって中にもぐりこんだ・・・

アタシは、レイの体を傍に感じて安心する・・・
布団をかぶったまま、レイは広島で有った事を断片的にアタシに話す・・・
アタシはそれに相槌を打ち、笑い、拗ね、助言する・・・
その日、アタシは何年も休まず続けていた家の掃除を、始めてサボった・・・
アタシ達は、シンジのほのかな香りと、お互いの暖かい温もり包まれて、うとうとする・・・
そう言えば、アタシとじゃんけんで、シンジの寝具を取り合うって言ってたけど・・・
何時の間にか、アタシ達は深い眠りの中へと沈んで行った・・・

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その後も、レイは不定期に入るリツコの情報で、あちらこちらに出かけていく・・・
でも、あれからは、アタシに気を使って、書き置きだけはして行ってくれるようになった・・・
レイがシンジとめぐり合う確率は、あまりにも低い・・・でも彼女はそれをやめないだろう・・・
アタシとレイは、全く似てないが、ただ一つ共通点がある、それはけして諦めないと言う事だ・・・

ある日、アタシは、レイの顔色が悪いのに気がついた・・・レイに、だんだん疲れが溜まってきている・・・
アタシはレイに頼むから少し休んでくれと悲願するけど・・・あいつは聞いてくれない・・・

昨日もふらつく体で千葉へと出かけて行った・・・レイ、アタシが言える立場じゃ無いけど無理をしないで・・・

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その時、アタシは何時ものように部屋を掃除していると、玄関で何かが倒れるような音がした・・・

えっ・・・まさかシンジが、と何度も予想に裏切り続けられて、疑りながらもアタシは駆けつける・・・
玄関で倒れていたのは、真っ青な顔をしたレイだった・・・アタシも青くなる・・・・

「レイ!、アンタどうしたのよ!」
「・・・ちょっと気分・・・悪いの・・・大丈夫・・・アスカ・・・少し休めば・・・」

レイは倒れたまま、能面のような表情で、アタシに話しかける・・・
でも、額に脂汗が光っているのを、アタシは見逃さない・・・

「アンタ真っ青な顔をして、大丈夫な訳無いでしょ」
「・・・アスカ・・・これ・・・お土産・・・」

レイが、振るえる手で傍らの紙袋を指差す・・・
やめてよ、こんなアンタを前に、お土産なんて嬉しくも無いわよ・・・

「アンタという子は・・・なんで・・・」
「・・・でも・・・アスカに・・・心配して・・・く無いから・・・」

アタシはレイのブーツを脱がすと、引きずるようにして彼女の部屋のベッドへ運ぶ・・・

「アンタ馬鹿、こんなになって心配しないはずが無いじゃない」
「・・・ごめん・・・アスカ・・・」

アタシはレイの体を触ってその冷たさにぞっとする・・・医者を呼ばないと・・・

「・・・アスカ・・・医者を呼んでは駄目・・・」
「レイ、何考えてるのよ・・・死んじゃうわよ・・・」

医者を呼ぼうとしたアタシの携帯を、レイは意外な力で押しとどめる・・・
そしてアタシの、涙に濡れる目を真紅の瞳が睨み付けた・・・邪魔しないで、レイ・・・

「・・・赤木博士が心配して・・・私に連絡をくれなくなる・・・だから、医者は駄目・・・」
「アンタ、そこまでシンジの事を・・・」

ああ、アタシを含めて、シンジの周りは馬鹿ばっかりだ・・・レイの頬が赤い、額に手を置くと
火傷するように熱い・・・アタシは軍事教練の医療項目を冷静に思い出そうと試みる・・・

「・・・大丈夫、アスカ・・・これぐらいで・・・人は死なないわ・・・」
「ほんとにアンタは頑固者ね・・・いいわ、でも死んだら許さないからね」
「・・・ありがとう・・・アスカ・・・」

レイが、咳き込みながらも弱々しい声で答える・・・

アタシは忙しく動き回る、ます湯船に一番熱くしてお湯を入れる・・・
レイに解熱剤と総合風邪薬を、ちゃんぽんにして口移しで飲ませる・・・
たらいにフリーザーから、
掻き取った氷を入れて水を注いで、濡らしたハンドタオルをレイの額に当てる・・・
レイが持ち込んだペットボトルの中をゆすいで、
湯船のお湯を満たしてから、湯たんぽ代わりにタオルで巻いてベットに押し込む・・・
暖房代わりにカセットコンロを出して、ヤカンでお湯を沸かす・・・

レイの熱で、温まったタオルを取り替える・・・
冷えてきた、ペットボトルの中を捨てて、ヤカンのお湯と入れ替える・・・

どたばたと、その夜は更けて行き・・・
レイは、アタシのやけ気味の看護のかい有ってか、安らかな寝息を立て始めた・・・
アタシは、ミサトがくれたジャケットを羽織って、レイの寝顔を微笑みながら見つめる・・・

神様、厚かましいかも知れませんが、少しだけで良いんです、
アタシに一言謝る機会と、彼女に、シンジと暮らす幸せを分けてください・・・

今思えば、アタシは錯乱していたのかもしれない、使徒を屠った、
罪深いアタシ達を助けるような、寛容な神がいるはずが無いのに・・・

アタシは、何時の間にか、レイのベットにうつ伏して寝てしまった・・・・

   ・
   ・
   ・

レイが倒れて二日が経つ・・・あいつは順調に回復して来ている、
昨日は、もう治ったといって、ベッドから出ようとするのをアタシは無理やり押し留めている・・・
動けるのと、治ったのは違うのだと言う事を、あのレイの馬鹿は分かって居ない・・・

トイレ以外、意地でもアイツをベッドから出してやるものか・・・アタシをここまで心配させたんだ、
そのお返しはじっくり思い知らさないといけない・・・ともかく当分は、アイツはおかゆとスープと
おじやで暮らしてもらう事にした・・・これにこりて、無理をしなくなれば良いのだけど・・・

いま思うと、冷や汗物の看護だったが、アタシが思っている以上にレイは元気なようだ・・・
さっきからじっと、その赤い瞳でアタシを睨み付けている・・・アタシも睨み返した・・・

「・・・アスカ、何故、私はベッドから出てはいけないの・・・」
「アンタの主治医のアタシが、そう言ってるからよ・・・」

アタシは、にやりと笑ってレイにうそぶく・・・

「・・・アスカ、退屈だわ・・・」
「レイ、たまには退屈を堪能したら良いわよ・・・」

アタシは意地悪く、レイを置いて部屋を出る・・・
さあ、今日も家中をピカピカになるまで磨くわよ・・・

・・・レイの部屋で携帯が鳴っている・・・リツコ?
ああ、なんてタイミングの悪い、まだ治りきってないレイを、何処かへ出掛けさせるわけには行かない・・・

・・・なんで、今度は私の携帯が鳴っている・・・
ああレイが・・・でも、掛けて来たのが、もしシンジだったら・・・

アタシは迷った末、とりあえず自分の携帯を取りに部屋へ向かう・・・
携帯を受けてからでも、レイを止める時間はあるはず・・・

携帯を持ち、今でも振るえる指で通話ボタンを押す・・・

『大変よアスカ、シンジ君が見つかったの・・・』
「・・・ミサト!嘘じゃ無いわよね」

携帯へ掛けてきたのはミサトだった、でもシンジが見っかったって・・・

『私がそんな、命知らずの冗談言うわけ無いでしょ』
「そ・・・そうね、あはは・・・よかった・・・シンジが・・・」

アタシは、やっと実感がわいてきて床へ座り込んだ・・・足の振るえが止まらない・・・
そして、涙も止まらなかった・・・やっと・・・やっとシンジに会える・・・

『でも、シンジ君重症なのよ、いまこっちへ搬送中で、
私には容態が分からないんだけど・・・』
「なんで!シンジが重症なのよ・・・ミサト!なんで・・・」

アタシは携帯へ叫びながら、足に力が入らなくて、這ってレイの部屋へ向かう・・・

『ともかく、ネルフへ来て、アスカ』
「分かった、タクシーを呼ぶわミサト、シンジを頼むわね」

携帯を切ると、アタシはレイの部屋のドアを引き開ける・・・
レイは、呆然として携帯を耳に当てたまま、固まっていた・・・
たぶん、リツコからアタシと同じ事を聞いたんだ・・・

「レイ!しっかりなさい!動けるわね!服を着替えて着替えをバックにつめる、復唱!」
「・・・服を着替えて、着替えをバックにつめる・・・アスカ、なに寝転んでるの・・・」

ちっ!こういう時は冷静なのね・・・

「アタシの事は良いから、アンタは早く着替えなさい」
「・・・わかったわ、アスカ・・・」

アタシは転がったままタクシー会社へ配車を頼む・・・
そして、立ち上がろうとするのだが上手く足に力が入らない・・・ああ、情け無い・・・

「しっかりしなさいよ、アスカ、肝心なときに何してるの・・・」

アタシは自分をしかる・・・アタシは・・・たとえようも無いぐらい無様だ・・・

「・・・アスカ、私の方は終わったわ・・・なにしてるの・・・」
「足に力が入らなくて動けないのよ・・・レイ、アタシの荷物もお願い」
「・・・まかせて、アスカ・・・」

こういうときに、レイは頼りになる・・・ごめんレイ、むかし冷血女なんて言って・・・
レイはアタシの荷物をさっさと用意すると、アタシに肩を貸してタクシーへ乗せてくれた・・・

「・・・アスカ、大丈夫・・・お兄ちゃんは、絶対大丈夫だから・・・」
「そ、そうねレイ・・・シンジは絶対大丈夫よね・・・」

タクシーの後部座席で、アタシ達はお互い手を握り合い、ネルフへつくまで、
自分達を励ますように、小声で声を掛けあった・・・シンジ・・・無事で居てね・・・
レイが泣いていた・・・そして、アタシの涙も止まらない・・・

   ・
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アタシ達が駆けつけた時、シンジはすでに治療が終わりICUに入っていた・・・
リツコが暗い表情でアタシ達に告げる・・・体の傷は、自分のプライドに掛けて、
傷一つなく直して見せるが、頭をひどく打ってると・・・

「なんで・・・なんで、シンジがこんな目に遭わなきゃいけないのよ・・・」
「・・・赤木博士、お兄ちゃんに何が在ったのですか・・・」

ICUの前のベンチへ座り込んだアタシは、泣き腫らした目でリツコを見上げた・・・
だが答えたのは辛そうな表情のミサトだった・・・ミサトはアタシ達の前に
丈夫そうなジュラルミンのトランクを取り出した、それの表面はぼこぼこになっていて
ひどい引っかき傷や、摩擦痕、極め付けはタイヤの跡が黒々とついている・・・

「シンジ君のよ・・・」

アタシ達の表情が引きつる・・・あれだけ、死と隣り合わせだったエヴァでの戦いで、
生き残ったのに・・・なんで、シンジが交通事故なんかへ遭うのよ・・・

「目撃者によると、シンジ君は、居眠り運転の車に引かれそうになった、
女の子を助けようとして事故に会ったそうよ・・・」
「その、助けてもらった女の子は、来てないみたいだけど・・・どうしたのよ・・・」

アタシは嫌な予感がして、ミサトに聞いた・・・シンジが助けた女と、アイツはどういう関係なの?

「行きずりの、シンジ君とは全然関係無い子らしいわね、事故を見て、怖くなって逃げたみたいだし・・・」
「じゃあ、見ず知らずの女を助けるのに、死にかかったの・・・シンジらしいわ」

レイが、目に涙を溜めて悔しそうに唸り声を上げる・・・分かるわ、悔しいのねレイ・・・
でも、その最低な女のおかげで、最悪の状態だけどアタシ達シンジに会えたのよ・・・
まあ、とうてい感謝する気にはなれないけど・・・

「シンジ君、どうやって手に入れたのか偽造IDカードを持ってたわ、名義は六分儀シン・・・
それで、一応調べないといけないから、このトランクを、出来れば壊さずに空けたいんだけど・・・」
「・・・たぶん、お兄ちゃんなら、8桁は無用心だけど20010606を使うと思うわ・・・」

シンジのトランクは、レイの言う通りの番号であっけなく開いた・・・
なかには、封を切って無い札束がぎっしり詰まっていて、あまり使った様子が無い・・・
ミサトが、疲れた表情で、札束をベンチへ積み上げて行く・・・

「シンジ君・・・全然、お金を使って無いわ・・・
それに、銀行に預ければ、持って歩かなくてもすんだのに・・・」
「なに馬鹿言ってんのよミサト、シンジはマギを、ネルフを怖がってたのよ、それが分からないの」

アタシの叫びに、ミサトが唖然とした表情でリツコと視線を交わす・・・
マギに掛かれば銀行の預金なんて一瞬の内にゼロに・・・いや、借金にさえ出来るだろう・・・
シンジは昼も夜も、ネルフに捉まるのを恐れていたに違いない・・・でも、そうしたのはアタシなんだ・・・
札束の下から、青と赤のリボンが巻かれたカードと、一通の封筒が出てきた・・・

カードは、シンジの失効したネルフのIDカード、そしてそれに巻かれてたのは・・・
アタシとレイは、それが何だか一目で思い出した、最後に渡したバレンタインのチョコの
包装のリボンだ・・・赤はアタシ、青はレイの・・・アタシは、つまんない意地で、チョコに
義理と書いた事を呪った・・・本命と書けば、こんな事に成らなかったかも知れないのに・・・

そして、封筒の中には手紙が入っていた、それを読んだミサトが、ため息をついてリツコへ渡す・・・
リツコも読んだ後、やはりため息をつく・・・そして、ICUの中で眠るシンジへ、きつい目線を注ぐ・・・

「とても、シンジ君らしい気配りね・・・でも、誰も喜ばないわ」
「私もそう思うわリツコ・・・完全に治ったら、ぜひとも叱って上げないと」
「ごめん、ミサト、私には完全に治ると保障できないのよ」

ミサトにリツコが寂しそうに答える・・・アタシ達には、何の意味だか良くわからない・・・
だがリツコから手渡された手紙を見て、アタシ達は納得した・・・

「・・・アタシ達に迷惑を掛けたから、自分が死んで、もしお金が余ってたら、二人で分けてくれって・・・
シンジ、何考えてんのよ・・・こんな物、受け取っても全然嬉しく無いわよ・・・」
「・・・・・・」

アタシの嘆きに、レイがコクコクと首を縦に振る・・・アタシ達の涙を溢れさせる瞳が、一瞬交わされ、
合意の下に、手紙が正確に二つに裂かれ、各々手に渡る・・・アタシ達は、それを執拗に細かくちぎって
ゴミ箱へと落として行った・・・こんな物、こっちから願い下げよシンジ・・・
アタシを嫌おうと、罵倒してもいいから・・・帰ってきてシンジ・・・アタシに、一言で良い謝らせて・・・

その晩、
アタシとレイは、ICU前のベンチで、一つ毛布に包まって寄り添う様に、お互いの肩にすがりまどろんだ・・・
シンジが、こっちの世界に帰ってくるようにと・・・何度も裏切られた当てにならない、神様に祈った・・・・

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   ・

シンジは全快した・・・体だけは・・・
やっぱり、頭の方はリツコの言う通り、軽微だが障害が残った・・・

シンジは13歳から17歳までの記憶を、全て失ってしまったのだ・・・
リツコに言わせると、記憶の分岐のシナプスが切れたせいだそうだ・・・

だからシンジには、アタシの記憶もレイの記憶も残っていない・・・

最初、シンジの目が覚めて、嬉しさのあまり抱きついて、泣きながら、永遠と謝り続けるアタシに、
アイツは、困ったような、それでいて暖かい笑顔を向けてこういった・・・
”ごめんなさい・・・貴方はどなたさんですか?”って・・・
アタシは一瞬で怒りに燃えて・・・もう少しでアイツを、殴りつける所だった・・・

レイも、自分の事をシンジが覚えて無いのを知ると、そのまま俯いて・・・
”お兄ちゃん”を、繰り返しながら立ったまま泣き続けた・・・

   ・
   ・
   ・

そして、アイツはいま、コンフォート17にいる・・・
それも、あの一番狭い部屋でだ・・・
こんなことなら、勇気を振り絞ってアタシの部屋と入れ替えておくんだった・・・

だから、いま、コンフォート17で暮らしているのは
アタシと、シンジとレイの三人だ・・・

キッチンでアタシと、レイと、シンジは笑いながら交代で食事の用意をする・・・
リビングでアタシ達三人は笑いながらテレビを見る・・・
三人で居ると楽しい・・・この数年の孤独を埋めるようだ・・・

シンジは変わった、おどおどした所が、なりを潜め、
背が高くなり、体も逞しくなった、声も声変わりして太くなっている・・・

ついこの前のバレンタインデーでは、昔のように銀の包みに、アタシは赤、
レイは青のリボンを掛けて、シンジにチョコをプレゼントした・・・
もちろん堂々と、本命と大きく書いて・・・どうも、レイも本命と書いたらしい・・・
自分で妹になったくせに、レイの奴・・・ちょっと、アタシは妬ける・・・

こんな毎日を続けていても、いまでもアタシは、急にシンジの記憶が戻って、
アタシを嫌ってまた家出するんじゃないかと、不安になり・・・
他の二人に知れない様に、声を殺して泣く夜がある・・・

だから、
玄関の内側にはアタシの携帯番号とシンジへの謝罪の言葉が、蛍光ペンキで書き込まれている・・・
”シンジ、ごめんなさいアタシを嫌わないで、あんたが嫌ならアタシが出ていくから”と・・・
レイと、シンジが露骨に嫌がるけど・・・アタシがここに居続ける限りこれは譲れない・・・
だって・・・これなしでは、アタシは不安で夜眠れないから・・・
いまもシンジへのアタシの謝罪は、まだ届いていない・・・だからシンジ・・・帰って来て・・・

アタシは、記憶を失ってアタシに微笑み掛けるシンジへ、
笑いを返しながら、心の中で、いつも帰って来てと訴えかけ続けている・・・
そう、あの私を嫌う、シンジが帰って来るまで・・・



At that point the story comes to an abruptEND...



-後書-


男だろうが、女だろうが、使徒だろうが感情導入できる人に幸い在れ、
次々と泣きたくなるような情景が並べられます、いやもう著者も泣いてますから・・・安心して泣いてください。

私の頭の中のスクリーンでは、総天然色でつたない文字列の
数倍のグレードで話が映像となってドルビー付きステレオ音声で進んでいます、
お見せ出来ないのが真に残念です(苦笑)

皆さん慣れれば心地よい不幸の美酒の、胸の締め付けられるような
陶酔の気分を楽しんでいただけたでしょうか?(謎)

シンジの失踪で、だんだん精神に失調をきたし視野と行動が狭まって行き・・・
ここまで書くと、読んだ方もアスカを凄く可愛く感じて来ると思います
というより、このへんまでキャラクターを変貌させないと可愛くない(謎)
素のままのアスカだと、ちょっと横に居ると殴られそうで怖いです(汗)

いや、そう感じていただけるといいかなっと・・・(滝汗)


ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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