Novel Top Page

絶望の淵の日常

最終話  黄昏(たそがれ)   by saiki 20031123



私が、碇君にお昼を食べさせていると、
突然、玄関のドアに荒々しく鍵が差し込まれる音がした・・・
私は、はっと体を硬くして、思わず碇君を庇おうとその体に覆いかぶさった・・・

「ただいま!レ・ィ・・・」

ドアを元気よく開け入ってきたアスカが、
碇君を押し倒すように覆いかぶさったままの私を見、その身を凍り付かせた・・・
彼女の両の手に掴まれていた、スーパーの膨れ上がったレジ袋が、鈍い音を立てて土間へ落ち転がる・・・

「・・・お帰りなさい、アスカ・・・」

私は、入ってきたのがアスカだとわかりホッとして、思考のギャを空回りさせたまま、
静止する彼女へ穏やかに声を掛けてから、何事も無かったかのように碇君にお昼を食べさせる事を再開した。
そんな私に、動きを取り戻した彼女はパンプスを土間へ乱暴に脱ぎ捨て、
どたどたと四つん這いでにじり寄ると、目を丸くしたまま擦れた声で問いかける・・・

「れ・・・レイ・・・アンタ・・・シンジを襲ってたの?」

私は、そんな彼女と困惑気味の目を合わせてそっと呟く・・・

「・・・?・・・ごめんなさい・・・私には、アスカの言ってる意味が分からないわ・・・」

    ・
    ・
    ・

今日、アスカが無事に碇君と私の元へと帰って来た・・・
その両手には、先ほどまで土間で靴と戯れていた、ビニールのレジ袋がとても重そうだ・・・

彼女は私に、作戦はとても上手く行ったから、勝利の前の前祝だと朗らかに笑い、
嬉しそうにすき焼きの準備を始める、でも割れてしまった卵のパックを見つけ、その笑顔が微かに引きった・・・
私とアスカの乏しい料理のレパートリーで、すき焼きは数少ない、成功と言っていい料理といえる。
でも、流しで包丁を楽しそうに振るうアスカの後姿を、黙って見つめる私には、その後姿に不安が滲んで見えた・・・

でも、それは私も同じ・・・
アスカに渡した プログラム(エルフ) に、私は出来うる事は全てやったつもりだ。
しかし、それはマギで走らせてデバックしたわけでも、全地球レベルのネットでテストランさせたわけではない。
しかも、目的の性質上、ある程度は自己進化するようにプログラムせざるえなかったのだ・・・

だから・・・私にも、最終局面であれがどう振舞うようになるかは分からない。
そんな、別の意味であれが危険な物だとは、おそらくアスカは気が付いていないはず・・・
でも、アスカの言うように、ゼーレを白日の元にさらけ出して”人類補完計画”を止めるには、
あれ以下では、おそらく力が足りない・・・たちまちのうちに、ゼーレ子飼いのハッカー達に潰されてしまうだろう。

私は、内心の不安を押さえて、
エプロンを纏い狭いキッチンで、嬉しそうに野菜を刻む彼女の後姿を見つめ続けた・・・

    ・
    ・
    ・

そして・・・ついに、その時が訪れた・・
その日、全てのメディアが一瞬沈黙し、ありとあらゆる言葉で、そのメディアを見ている人々へ、一つの事を告げる。

『こんにちわ皆さん、これから残念な事を、僕は皆さんにお知らせしなければなりません』

それは、私とアスカの電子的な子供とも言うべき、プログラム ”エルフ”(11) からのメッセージだった・・・
”エルフ”は、バックドドアを利用してマギの中へもぐりこみ、ゼーレに関する構成人員、
資金源を含む全てのデータを、セカンド、サードインパクトの全貌と共にネットで人々の目へと晒け出す。
私達は、全てを暴露された彼らが、どう動くかそれを見極めようとじっと次ぎに起こる事を待ちうけた・・・

「始まったわね・・・」
「・・・ええ・・・もう誰にも止められないわ・・・」

私の傍らで、碇君を抱えたままアスカが、彼の髪を短くするために動かしていた鋏を床へと置き静かに呟く。
そんな彼女に、私は微かに頷き、内心の不安を隠すように無表情な抑揚のない声で囁いた。
でも・・・私は、僅かな違和感を感じる、有能・・・そう、エルフが有能すぎるのだ・・・

「・・・ ”エルフ”(11) が・・・私の計算より育っている・・・
自我・・・もう、自我を持っているかも知れない・・・」
「え・・・レイ!何を言ってるの?」

私は、ハッとして口元を押さえる・・・
でも、すでに口走ってしまった事を、無かった事にするにはもう遅い。
碇君を間に挟んで、並んで床に座るアスカの、自分を見つめる眼差しが痛かった・・・

「・・・いま、世界に話し掛ける時、 自分(エルフ) のことを”僕”と呼称したわ・・・
私は、そんな事をあらかじめ組み込んでいないもの・・・
たぶん、”エルフ”自身がその呼び方を選んだのだと思う・・・」
「じゃあ・・・あれは、アイツが自分の意思で言ってるって言うの?」

アスカの眼が、不安に揺れる・・・私は、彼女の視線から眼を逸らすことしか出来ない。
ネットのあらゆるサーバーに、ゼーレの悪行の暴露データが溢れかえる、
やがてそれはファックスの送信機能まで乗取って、全世界の新聞、ラジオ、各省庁へと送りつけられた。
正に、ゼーレにとって、その日は悪夢そのもの、彼らへ対する全世界からの裁きの日だったかもしれない・・・

ついに、 彼ら(セーレ) の最高会議の録画さえもが、テレビで放映される事態に陥った時、ゼーレと、各国の軍部が動いた・・・
新種のウイルスでダウンするサーバが続発し、放送局の電波塔が何所からとも無く現れた対地攻撃機により爆撃され、
暴露放映や怪文章で、ゼーレの構成員とされた人々は、その持ち前の強権で犯人探しを部下に命じる。

だが、その命令に大半の人々は動かなかった、そして動いた少数の人々はゼーレより過激だった・・・
なぜなら、その人々こそ、ゼーレの構成員とされた人々に敵対する人達であり、
また、セカンドインパクトで地獄を見た被害者達や、その遺族だったからだ、
良くて軟禁、悪くて即決裁判による粛正の嵐が、世界の全ての国々に吹き荒れる・・・

まず、各国のネルフ支部が内部崩壊を起こし、それは軍に波及して行った・・・
やがて混乱は警察組織へと飛び火し、リンチ、暴動、略奪・・・世界を、浄化の紅蓮の炎が赤々とあぶる・・・

切れ切れに入る、ラジオやテレビのニュースが、
いま、世界がゼーレと言う獅子身中の虫に、呻き声を上げのたうっているのを私達へと伝えた。

アメリカの第一支部はN弾道の火球の下に消え、
ホワイトハウスが警察を含む人々に襲われ、空を焦がす紅蓮の炎の下で焼き落ちる。
ドイツの第三支部は、NATO軍の 主力戦車(MBT) の砲撃の雨に晒され、
中国支部は人民軍を含む、怒りに燃える民衆の怒涛の如き人の波の底へ沈んだ。
松代も、戦略自衛隊の師団を含む人々の手により、跡形も無く破壊される。

そして、ゼーレの本拠地にも辺りじゅうの国々から軍が続々と攻め込み、炎の手が上がった・・・

私達は、もう、それらを見つめる事しか出来ない・・・

ゼーレによる逆探知を恐れ、ハッキングと言う手法を、
危険性ゆえに切り捨てた私達は、全てを完全自律自己進化型のウイルスに賭けた・・・
その結果、全てが私達の手を離れて、いまや傍観者でしかない・・・

何も出来ない私は、碇君に抱き付いて体を震わせる、アスカも同じように震えていた・・・

私の目には、窓の向こうに薄っすらと、幾筋もの黒煙が上がるのが見える・・・
この、静かな北の果にも、世界を焦がす炎がいくばくかの影を差し伸べているのを知り、自分の胸がざわつくを感じた・・・

幾多のインフラが被害を受け、ネットワークはずたずたに寸断され、ゼーレの破壊工作もあいまって、
世界中のサーバがその中のデータと、”エルフ”の一部を道ずれに次々とその動きを止める。
それでも”エルフ”は、いまだその動きを止めようとはしない・・・

「・・・もうすぐ私達が、 ”エルフ”(11) に与えた時が尽きる・・・」
「アンタの言ってたプログラムの寿命?・・・
いまや、意思さえ持っているかも知れないアイツに、そんなのが有効なの?」

アスカが私の目を見て、心細そうに呟く。

「・・・・・・」

アスカの言葉に、私は沈黙しか返せない。
すでに”エルフ”は、私の想定外の動きをしているのだから・・・

ゆっくりと私達三人が何も出来ずたたずむ、老朽化したアパートのワンルームに時が流れ、
その間も世界は、私達の思惑を越えて揺れ動き、破壊と新生の間で悲鳴を上げ続けた・・・

    ・
    ・
    ・

ここで、私とアスカが碇君にしがみついたまま、
テレビの移り変わる画面を、食い入るように凝視し続けている間に、どれほどの時が流れたのだろうか?

やがて、終わりの時は訪れる・・・

私達の心配は杞憂だった。
刻々と変わる事態を報道するテレビに、彼・・・"エルフ"からのメッセージが踊る。

『僕を生んでくれてありがとう』

テロップとして流れるのは、私達が無理に押し付けた、
寿命と言う限界を、容認するかの如きメッセージ・・・そして・・・

『さよなら、母さん達』

それは・・・進化し、自我・・・いえ、
心さえ得たかもしれない ”彼”(エルフ) からの
私達への、永遠の別離へのメッセージだった・・・

ウェブの中で、”彼”の体とも言うべき全てのデータに、
”ゼロ”すなわち、無が書き込まれ、”彼”の存在自体が消え失せていく・・・

「レイ?・・・」

アスカが私の顔を覗き込み、心配そうに声を掛ける。
全てが、自分を置き去りにしたまま、静かに閉じて行く・・・ 私は、そんな思いに囚われそうになって、思わず身を震わせた・・・

「・・・なんでもない・・・私は、大丈夫だから・・・」

私は、目尻から涙を流しながらアスカに震える声で答えると、
碇君の肩に、頬を擦り付けるように縋り付き、静かに嗚咽を漏らす。
人は、たかがプログラムに過ぎないというかも知れない・・・

でも私は、いまになってやっと自分の心の奥底で、とうに認めていた事に気が付いた。
自分で考え、人の思うままに成らない物、それは私と同じ、人では無いだろうか?

自分を、アスカが人だと認めてくれたように、私はブレイクスルーを向かえ、
心を持った”彼”を人だと認めていたことを・・・そう、”彼”は、私の子供だったのだと・・・

「・・・ごめんなさい・・・」

私の口から、”彼”へ謝罪の言葉が漏れる・・・
でも、それを伝えるべき者は、いまや何所にも存在しない。
既にこの時、この世界の全ての動的メモリから”彼”は消え去っていたのだ・・・

すっかり日が暮れて薄暗くなった部屋の中で、”彼”からの最期のメッセージが流れ去った後のテレビ画面が、
心配そうに私を見つめるアスカと、碇君の肩にすがり付いて泣き続ける自分の顔を、冷たく照らしつづけた・・・

    ・
    ・
    ・

あの、私達の悪夢の終わった日・・・あれからずいぶん時が立った・・・
ゼーレがダウンしたサーバや破壊したインフラのおかげで、
後に、俗称サードインパクトと呼ばれる世界恐慌が吹き荒れ、
ずいぶん手持ちのお金の価値とか下がって、アスカに地団駄を踏ませた・・

後になって、ネオ・SETIのサイクロプス電波施設から、打ち捨てられ、
太陽系の外で今も飛び続けているはずの探査機ボイジャーへと、
ネットから侵入した、”エルフ”の全コードの発信ログが発見されたと言う噂が流れたが、
もちろん、いまや一般人に紛れ込んだ私達に、それを確認する術は無い・・・

そして、いまも世界中でゼーレの残党狩りは続いている・・・
でも、少なくとも私達の周りには地域限定かもしれないが静かな平和が訪れた・・・

いまもまだ、町の中にあの時の焼き討ちの後は残ってるけど、それさえ段々と雑草に覆われつつある。
碇君はあの後、少しづつだけどあの状態から回復し、嬉しい事にいまは普通に暮らせるまでになった・・・
いまや、私達が何もしなくても・・・日はまた昇り、今日と違う明日が来る・・・

    ・
    ・
    ・

カーテンの隙間から漏れるまぶしい朝日が、
夜遅くまでプログラムの仕事をしていた私を、穏やかなまどろみから引き剥がす。

「・・・は・・・んふっ・・・」

小さな溜息と共に、私は無意識に隣に寝ていたはずのアスカを求めて、腕を布団の中で彷徨わせた。
でも、すでに布団の中に彼女の温もりはない・・・指は、布団の端から外へと彷徨い出て、冷たい外気に晒される・・・

「・・・アスカ?・・・」

ゆっくりと上半身を起こした私の耳を、ユニットバスから漏れるシャワーの音が微かにくすぐる・・・
でも、それはすぐに止まりドアの開く音と共に、ほんのりと桜色に染まった全裸のアスカが、肩にタオルをかけ姿を表した。

「レイ!早く仕度しないと置いていくわよ!」
「・・・ぇぇ・・・」

私は、元気一杯のアスカの声に、寝起きの蚊の泣くような声で答えると、
のろのろとパジャマを脱ぎ、連日身に纏い続けてよれよれの白いセーターに首を通す。

何故彼女は、こうも朝から元気なのだろうか?
私は、僅かに首を傾げてその謎に思いを馳せながらも、皺の入った紺色のスカートに足を通す。

「レェィ!」
「・・・いま行くから・・・」

既にサンダルを履いた彼女が、ドアを開けながら私へ吼える。
私も、先にドアを開け行ってしまった彼女へ続く・・・
僅かな移動・・・そして、かって知ったる土間へと私達は上がりこむ・・・
其処には・・・トーストの焼ける心地よい香りが漂い、低いテレビの音と、新聞を捲る音・・・
それに埋もれるように、ことこととスープの煮える音が微かに漂っている・・・

「グーテン・モルゲン!」
「・・・おはよう・・・」
「おはよう、二人とも」

アスカは元気良く、私はぼさぼさと朝の挨拶を口にし、それに新聞の影からの声が答える。
私達の目の前で新聞が畳まれ・・・新聞の影から顔を出した、彼の笑顔が私達を包みこんだ・・・

それを見た私達は、何時ものように・・・
いまここへ、自分達がかって渇望して得られなかった、
平凡な日常と言う物があることを実感し、穏やかな笑みを浮かべた・・・




  At that point the story comes to an abruptEND...



-後書-


バックドドア = プログラム的なセキュリティの抜け穴
ブレイクスルー = 臨界、この場合は生物と無生物の境界を越えると言う意味に取っていただきたい。(作者談
ネオ・SETI = Search for ExtraTerrestrial Intelligenceの「地球外文明探査」の略
 宇宙空間に流れる電波の中から、宇宙人の発した電波を探し出そうとする試み。
サイクロプス電波施設 = 小口径(相対的に)のパラポナアンテナを数並べて、大きな物の代用とする施設。
探査機ボイジャー = アメリカ航空宇宙局(NASA)が、1977年に2機打ち上げた深宇宙探査機
 12年を掛けて木星、土星などを経て太陽系外に向けて飛行し、いまも飛び続けているはずです。


最初はもっと酷い話になる感じだったんですが、
だんだん話しは生温い方向に進んだので、作者でもある自分も一段落と言う感じです。
何も考えずに勢いで初めたので、完結できたのにはほんとにホッとしました(苦笑

ということで、この話しはここで終わりです、彼ら三人に幸あらんことを。


ps
と言うことで、切ろうと思ったんですが、三点リードを大幅に削ったせいか、
文の繋ぎが甘いとか意見もらっちゃいまして、まあ、少々修正して見ました。

今回アスカ達が何もしてないと言うご意見有りますが、せっかくハッキングじゃなく、
完全自律しかも自己進化型のウイルス組んだのに、何かしたらばれるでしょうとしか言えないのでパス。(苦笑

盛り上がりに欠けると言うご意見に対しては、元々生温く静かに閉じて行く世界を目指していたので、
こう言う物ですと言うことで・・・まあ、暇を見て波乱に跳んだバッドエンドと言うのも
書いて見ても良いかな・・・と思いついたので、思うこのごろ、さてどうしましよう(苦笑


ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


Novel Top Page

Back