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絶望の淵の日常

第10話  式神(しきがみ)   by saiki 20031104



レイの指が、アタシでは到底できないスピードで、蒼いノートのキーボードの上で軽快に踊る・・・
彼女はいま、 第11使徒(イロウル) を参考にし、マギの裏コードを盛り込んだ、
人工的な使徒とも言える物を、ゼロと1の配合で組み立てようとしている・・・

アタシ達は、それを利用して世界の影の支配者たるゼーレを日の元に晒そうと画策していた・・・
アタシは、その傍らで計画に必要そうな物をウエブで検索しながら、レイの指が舞い踊る様をぼんやりと眺める・・・

あの後、朝まで加持さんがミサトへと残したデータを読みふけったアタシ達は、
眠い目を擦りながらシンジの為に、朝の食事を整える羽目になり・・・
朝粥を作ろうとしたアタシは、間抜けな事に包丁を扱い損ねて、指を軽く切った・・・

アタシは、レイに絆創膏を巻いてもらいながら、軽く溜息を漏らす・・・
そして、今日も壁を見つめ続けるシンジに、
何時ものように心の底でぐちった・・・シンジ、早く帰ってきてよ・・・と・・・

ゼーレ、ドイツ語でいわゆる”魂”・・・
名前が体を表すの例えどうりに、連中の中核はドイツに有った・・・
アタシが訓練を受け、弐号機が建造されたネルフドイツ支部は、
奴らの巣と言って良いほど、ゼーレに浸透されている・・・

加持さんはあそこから、第一使徒アダムを、ネルフ本部へ運んできたと書いているけど・・・
そんな物と遠路はるばる日本まで同乗していたと思うと、ぞっとして、思わず背中に冷や汗が流れた・・・
多分それさえも、第三新東京市と一緒に消失してしまったんだろうけど・・・

あの、加持さんでさえもゼーレとか言う、
きちがいどもの片棒を担いでいたと思うと、アタシは絶望に駆られそうになる・・・
きっと、シンジのお父さんも、アタシのママも同じようにその一端をなしていたのだろう・・・

「レイ?・・・気を張り続けると、良い仕事は出来無いわよ」
「・・・ありがとう、アスカ・・・」

アタシは、運んできた盆から、
コーヒーのマグカップをレイの横へと置き、彼女の蒼いノートの画面を覗き込む・・・
レイが僅かに頬を緩ませて、アタシへほんの少しだけ微笑んだ・・・
なれれば、ほんの僅かだけどレイの感情の動きが分かる・・・

そしてレイの目が、こうしている時も、しばしばシンジへと向けられることも・・・
シンジの奴は、あれから全然元に戻る気配が無い・・・
それに・・・アイツが、少しやつれて来た様な気がするのは、アタシの気の所為だろうか?

「シンジの奴・・・帰って来ないわね・・・」
「・・・碇君・・・」

アタシもレイと同じように、びくりとも動かないアイツの後姿を見つめて呟く・・・

「まあ、レイが戸籍を作ってくれたから、転居届けも無事出せたし・・・
保険書が届いたら、一緒にアイツを医者に見せに行って見ましょう・・・
でも、アタシ達は、その前にまず・・・温かいうちに、コーヒーを飲まないとね・・・」
「・・・ええ・・・そうね、アスカ・・・」

アタシはわざとオチャラけて見せ、それにレイは微かに頬笑みを浮かべて見せる・・・
空元気も元気のうちか・・・白い安物のマグカップの中で湯気を立てるコーヒーへ、
レイは、二個の角砂糖とスプーン一杯のミルクを入れ掻き混ぜた・・・
マグカップの中の、白いミルクと黒いコーヒーがまるで踊るように渦を巻いていく・・・

人工的にサードインパクトを起こして、人と人との心の垣根を取り払う、”人類補完計画”・・・
その最終場面では、人の姿さえ失ってしまう恐れさえあるという・・・
ソラリスの海のように、一つに溶けあった人類を元に戻す・・・まるで夢物語だ・・・
上手く行くはずが無い、溶けあったコーヒーとミルクは、元へは戻らないのだから・・・

    ・
    ・
    ・

しばし休憩を置いて、レイはプログラムを再開し、アタシはシンジの世話を焼きつつ、
部屋を片付け、料理を研究し、買い物を済ませ・・・その間も、レイの 作品(プログラム) を、
どうやって効果的に、ゼーレから悟られずに、ネットに放つかを考え続ける・・・

幾つか案がまとまったので、レイと協議しつつ、アタシはそれに必要な物を、
出来るだけ所在を掴ませないように配慮しながら、広範囲から購入し始めた・・・

変装用の服と鬘一式、小型のノートパソコンとその追加バッテリー、
無線LANのカードとそのブースターアンテナ・・・
一見なんでも無い物に見えるが、どうしてもアタシ達の計画には、必要不可欠な物だ・・・

そして、一通りそれが済むと、アタシはネットで第二東京市までのリニアトレインの連絡と、
カプセルホテル、それに最適な郵便局の場所を検索し、頭の中で幾パターンものシミュレートを繰り返す・・・

その間にも、アタシの料理の腕は少しずつ改善され・・・
無表情だったレイは、だんだん表情と言う物を覚えて、それを上手表現できるようになっていった・・・
心配していたシンジを医者に連れて行くのも、とどこうりなく済み・・・

やがて、レイのプログラムが完成する日が訪れた・・・

その日、レイは何時ものように、忙しくキーを打っていた手をぴたりと止めて、
アタシを見上げて薄く微笑むと、おもむろに口を開く・・・

「・・・アスカ、完成したわ・・・」

奇しくも、AからZまでのアルファベットを順繰りに使い潰しながら、完成したプログラムのバージョンは11Gだった・・・
イロウル(第11使徒) と同じ数字をここに見出し、アタシはちょっと、何時もは何もしてくれない神を怨む・・・
そして、ちょっと溜息を漏らした後、アタシも朗らかに微笑んで、彼女へのささやかな祝辞を口にする・・・

「・・・おめでとう・・・レイ・・・」

アタシは、こんな時に使おうと用意しておいた、3本のシャンパンの内の一本を開けて、
安物のマグカップに注ぐと、戸惑うレイを促してささやかに乾杯する・・・
もちろん残ったもう2本は、それぞれ、ゼーレと方が付いた時と、シンジが目覚めた時の為の物だ・・・

シュワリと炭酸の泡が弾ける小さな音が、マグカップから響き、
レイは初めて目にするのだろうか、小さな音を立て続けるそれの中を恐る恐る覗き込む・・・
アタシは苦笑しながら、自分のマグカップの中身をゆっくりと飲み干し、
それを見たレイが、思い切ってマグを一気にあおり、とたんに激しく咳き込んだ・・・

「レイ・・・炭酸は初めてだったの?」

アタシは、咳き続けるレイの白いセーターの背中を、優しく撫でながら声を掛けると、彼女は小さくうなずきを返す・・・
きっとレイの事だ、飲み物として水とお茶くらいしか、飲んだ事が無いのかも知れない・・・
普通ならとても信じられない事だけど・・・彼女ならありうる・・・
アタシは、こんなところでも意外なレイの過去の生活を知って、深く深く溜息を吐いた・・・

    ・
    ・
    ・

指紋を付けぬように手術用の手袋を嵌め、正に電脳ウイルス爆弾とも言うべき手荷物を纏め上げたアタシ達は、
狭い部屋の中、床に敷かれた布団の中でシンジを間に挟み、浅いまどろみの中で朝を待ちながら過ごす・・・
そんなアタシ達を、窓のカーテンの間から青白い満月が薄っすらと照らし出していた・・・

「シンジ・・・明日・・・アタシ達は、アンタを含めて自分達をこんなにした奴らに、勝負をかけるわ・・・
ごめん・・・ほんとはアタシ達二人だけじゃなくアンタにもちゃんと相談してから決めるべきなんだけど・・・」

アタシは、少し頬がこけて来たシンジを、
じっとそのサファイアブルーの目で見つめながら、レイを起こさぬように小さく呟く・・・
明日から始まる本番に備えて、しっかり寝て置かないといけないアタシなんだけど・・・
流石に神経が昂っているのか、なかなかアタシへ眠りと言う忘却は訪れなかった・・・
だからだと思う・・・物言わぬシンジへと小さな呟きにも似た声で、つい泣き言を漏らしてしまったのは・・・

「加持さんのメモだと、アタシ達にはもう時間がないの・・・”人類補完計画”・・・
ゼーレ・・・アイツら・・・大きな事を、世間に隠れて秘密裏にしようとしている・・・
アタシ達をこんなにしてなんとも思ってないような奴らだから、きっとそれはろくな事じゃない・・・」

アタシは・・・たぶん誰かに、自分の胸の内を聞いて欲しかったに違いない・・・
だって・・・確かにこれは、レイと話し合って決めたけど、
まだ世間を知らない彼女が、アタシの判断に左右されていないとはとても思えないから・・・

「わかってる・・・それが、アタシの勝手な思い込みじゃないとは言えないかも・・・
でも、知ってしまった以上、ほっておくわけには行かない・・・
だから、何が有っても、全てアタシの責任・・・いざと言う時は、アンタとレイはなんとしても逃がすから・・・」

だから安心してと、アタシはアイツの頬に指を沿え優しく撫で上げる・・・
むろん、シンジがアタシに微笑み掛けてくれることはない・・・
もう一度、あのぼけぼけっとしたコイツの笑みを見て見たい・・・
それが今の、自分の最大の望みだって言ったら、コイツはアタシを笑うだろうか?
それとも、赤くなって戸惑うのだろうか?・・・アタシは、そんな姿を想像して薄っすらと口元に笑みを浮かべた・・・

「せめて・・・アンタはレイと一緒に幸せになるのよ・・・」
「・・・だめ・・・」

紡ぎ出した言葉を、突然小さな声が否定したのに驚いて、アタシは思わず体を起こす・・・

「・・・その時は、アスカも一緒に・・・でないと碇君が悲しむわ・・・」
「レイ・・・そうね・・・そうかもしれない・・・」

シンジの向こうから、月の光を反射して赤いルビーの目が寂しそうにアタシを見つめていた・・・

    ・
    ・
    ・

「バイバイ、ベビー・・・アタシ達の為に、吉報を届けてちょうだい・・・」

アタシは、駅ビルのお手洗いの個室で、鬘と肘まである絹の手袋を外し、
シックな黒のフォーマルなブラウスを脱ぎ捨て、コインロッカーから取り出した代わりの服に着替えながら、小さく呟く・・・

シンジの事をレイに託したアタシは、巻き毛の鬘を被り、薄茶色のカラーコンタクトを付けて変装し、
わざわざ物流の多い第2東京までリニアで足を伸ばして、カプセルホテルに一泊して、
今日一番人の多い時間帯に、第2東京中央郵便局から特製の郵便を発送する事に成功したのだ・・・

あて先も送り手もでたらめなそれは、アイツラの拠点のドイツへと送られ、前もってセットされたプログラムにより
タイマー起動する量産メーカーの小型パソコンが、郵便局内の無線LANに割り込んで、アタシによって エルフ(11) と名づけられた、
レイ特製のウイルスを放出する、それはアメーバーのようにネットの中を動き回って全世界に蔓延するはずだ・・・

アタシは、そっと唇に塗った真赤な口紅を落とすと、きりりとその形の良い唇を引き締めて、
個室のドアをひき開け、着替えたボーイッシュなGパンとラフに引っ掛けたブラウスをなびかせながら、
駅のリニアのプラットホームへ続くエスカレータへ乗る・・・自由席の特急券は既に発券機で購入済みだ・・・

「シンジ・・レイ・・・アタシはすぐに帰るからね・・・」

アタシは口の中で小さく呟くと、ちょうどプラットホームへと入ってきた、リニア急行へと足を早めた・・・




To Be Continued...



-後書-


ソラリスの海 = 惑星ソラリス、1972年、原作スタニスラフ・レム「ソラリスの陽のもとに」監督アンドレイ・タルコフスキー
 惑星ソラリスのプラズマ状の海は知性を持っていて、その海とコンタクトしようと設置された観測ステーションの接触の試みは
 海と人との大きな認識の違いより、回復不能なまでの原因不明の混乱に陥る。

ずいぶん間が空いてしまいましたが、絶望の淵の日常10話をお届けします。
いよいよ次が最終回と言うことで、最初の辺りで詰まってしまい風も手伝ってえらく時間がかかってしまいました。
(じつを言うと、ここを書いてる時点で風はまだ治りきってません・・・涙)
間に”きっと沢山の冴えたやり方”26話を入れて、最終話の予定ですが・・・どうなるかはまだ予断を許しません(苦笑
よろしければ、早く風邪が治る事を祈っていただければ幸いです(滝汗

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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