【ほんのり甘い事件簿】(テーマは「アメ」)

 今日は私、天海春香が体験した、ちょっぴり楽しくて、ちょっぴり甘くて、そしてちょっぴり不思議な事件のお話をしたいと思います。
 それは、まだ肌寒さの残る、とある日の765プロで起きました。

 その頃の765プロには、小鳥さんや律子さんなんかが座っているデスクが並んでいる横に、お菓子箱が設置されていました。
 お菓子箱って言っても、クッキーの缶とか、せんべいの空き箱とかそういうのじゃなくて、事務所のみんなが自由に食べてもいいお菓子が入った箱です。
 律子さんと小鳥さんが相談して置いたらしいんですよ。
 元々、律子さんや小鳥さんは事務所の中で仕事をすることが多いから、普段から机の中にお菓子をストックしていたんです。
 でも、どこかで「お菓子箱」っていうシステムを見て、これはいいじゃない、ということで、めでたくうちの事務所でも採用されたというわけ。
 私達も疲れて事務所に帰ってきたときなんか、甘いものが欲しくなるときがよくあるんだよねえ。
 それに、やっぱり女の子なら甘いものには目がない、って感じかな。
 中身は律子さんと小鳥さんが頃合いを見て補充してるんだけど、食べた分はやっぱりカンパするし、置いておいて欲しいお菓子がある人は、ちょっと多めにカンパして小鳥さんに頼んでたりしたなあ。
 そんなシステムができたからには! ということで、私も早速活用させてもらっていた。
 食べる方はもちろん、入れる方にも。
 というのも、日がなお菓子作りのことを考えるくらいにはお菓子作りが趣味の私なので、腕の見せ所だった。
 クッキーは味も形もバリエーションをつけやすくて見た目も鮮やかにできるし、チョコレートは中身を色々隠せるからサプライズに富んだものが作れる。
 そんな風に私なりにお菓子箱を楽しんでいたある日、その箱の横にちょっとした盆栽のようなものが置かれていた。
 チュッパチャプスツリーだ。
 チュッパチャプスというのはロリポップ、いわゆる棒付きキャンディの商品名で、世界的にも有名なものだ。
 そのチュッパチャプスのツリー、つまりディスプレイ用のプラスチックでできた木に何十本とチュッパチャプスが刺さっているの!
 確かにテレビとかで見たことはあったけど、実物を見るのはこれが初めて!
 わぁ、凄いなあ……。
 でも、誰がこんなものを?
「どう、春香。驚いたでしょう」
 声を掛けてきたのは律子さんだった。
 元々、チュッパチャプスが好きだったのは亜美と真美で、私と同様にテレビでチュッパチャプスツリーを見かけたのを気に、是非事務所に置いてくれと律子さんにお願いしたそうだ。
 それにしても、売ってるところには売ってるものなんだなあ……。

 それからしばらくの間、事務所の中でチュッパチャプスが流行っていた。
 単純にみんなが好きだから、というのあるけれど、百本近くあるこのアメを食べきらないことには、次の新しいお菓子に中々巡り会えない、という理由もある。
 一応、箱にはちゃんといつものお菓子も入ってたんだけど、やっぱりどうしてもリクエストが通りづらい、らしい。そう、プロデューサーさんがぼやいていた。
 そうこうしていくうちに、ツリーもすっかり禿げ頭……とまではいかないけれど、残り数本というところまで来た。
 ああ、これなら今週中にはなくなるなあ、なんて思っていた次の日、まだツリーには昨日と同じだけのアメが刺さっていた。
 ああ、今日は誰も食べなかったんだ、って思っていたら、やっぱり次の日も同じ数のアメが刺さっていた。
 ちょっと不思議に思ったけど、さすがにみんなチュッパチャプスに飽きたんだろうと思って、すぐにそんなことは忘れてしまった。
 そして、さらに次の日。
 ツリーに刺さっているアメが増えていた。
「え?」
 思わず声に出してしまうほどに私は驚いた。
 アメが勝手に増えた? ってそんなわけはないし……。
 とりあえず、私は近くにいた律子さんに聞いてみた。
「ああ、それね。亜美と真美がね、わざわざ同じアメを買ってきてそこに刺してるのよ。段々ツリーからアメがなくなっていくのが最初は面白かったみたいだけど、最近はツリーにアメを刺していく方が面白いみたい。植林じゃないってのに。……これは、ちょっと的外れだったかな?」
 ああ、なるほど。それでアメが増えてたんだ。あっという間の事件解決にちょっと拍子抜けはしたものの、でも……ツリーにアメを刺していくのもちょっと面白そう。
 というわけで、次の日から私もツリーにアメを刺し始めました。
 それを真似してか、事務所のみんなも次々と刺していき、いつの間にかツリーは元の盆栽のような活き活きとした姿を取り戻していました。

「それにしても本当に元の姿に戻るとは思いませんでしたね、律子さん」
「そうね……」
 そう声を掛けた律子さんの表情は、ちょっぴり暗かった。どうしたんだろう?
「実はね……」
 そう言ってちょっと席を離れた律子さんは、ロッカールームからチュッパチャプスツリーを持ってきた。
 もちろん、アメは全部刺さっている。
「中々言い出せなかったんだけど……。もうじき無くなりそうだから、と思って新しいツリー買っちゃってたのよね、これが……」
「ははは……」

 というわけで、今の事務所にはチュッパチャプスツリーが2本置いてあります。
 アメは……まだ半分くらい残ってるかなあ。
 チュッパチャプスブームが去った今、この2本のツリーは「あんまりお菓子に夢中にならないように」という教訓を私達に残し、全てを食べられる日を待ちながら、私達を見守っているのでした。
 おしまい。



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