【友達以上、恋人未満】 第三章より
「律子、アイドルやらないか?」
「はあ?」、全くもって不覚をとってしまったとは思っているのだけど、私の驚きの声は事務所中に響き――まあ、大した広さの事務所でもないしね――、私の驚きの顔はしばらく他のアイドル候補生達にネタにされてしまった。
万に一つの可能性がやって来たのだから、まあそれもしょうがないとは思っているんだけど。
あの人、つまり私のプロデューサーがプロデュースするアイドルは、私で二人目。一人目は誰かと言えば、今や日本中にその名を知らない人はおらず、765プロの名前を業界中に知らしめることとなった、かの「三浦あずさ」である。
あずささんと初めて会ったのは、確か春香がオーディションに合格した日だったかな。なんだかぽややんとした人だなあ、というのが私の第一印象。
あずささんは、今765プロにはいない。とは言っても、引退したわけではなくって別のプロダクションに移籍しただけなの。正直なところ、あずささんほどの人気を持ったアイドルがうちのプロダクションから居なくなってしまうのは大きな痛手だったんだけど、元々一年間のプロデュースの予定だったみたいだし、それに……。まあこの辺は風の噂レベルの話だから、あれこれ言っても仕方がないわね。
ただ、あずささんが居なくなってからのプロデューサーは時折暗いオーラを振りまいてるし、あずささんはあずささんで歌に違和感を覚えることがある。最近のヒット曲は何故か失恋ソングばっかり。それに、テレビで見るあずささんは今までと変わらないように見えて、一番のヒット曲「9:02pm」を歌う時に鬼気迫るものを感じたのよねえ……。私の気のせいだといいんだけど……。
そして、私達は走り出した。
流石は、あずささんをトップアイドルの地位まで押し上げただけのことはある。プロデューサーの指導は、時に厳しく、時に優しく、的確なところもあれば、単にいいかげんなところもある。そして、ちょっぴり変態だ。
一年間、事務所を共にして、その仕事ぶりは観察していたつもりだったけど、やはり現場での動き方は想像以上に難しいものだった。……この人について行けば、何れは……。