【好きだよと言ってね】 サンプル2
「そんなの……そんなの認めないわよ!」
何を認めないのか。ライブの前座を勝手に決めてしまったことなのか、それとも……社長をか。
悔しくて、とても悔しくて……だけど、プロデューサーの前で涙を流すのはもっと悔しいから、私は込み上げる感情を抑えるために、下唇を軽くかんだ。
「もうちょっと早く言ってくれれば、もうちょっと何とかすることもできたんだがな」
ともすればこぼれてしまいそうな涙を抑えるためにずっと下を向いていた私に、プロデューサーが声をかける。
「今なんとかしようと思ったら、結構な無理をしなきゃいけないんだぞ」
発している言葉とは裏腹に、プロデューサーはどこか嬉しそうだった。何がそんなに嬉しいのよ!
一瞬にして火が付いた私は、キッとプロデューサーを睨め付けた。
そんな私の反撃にも動じず、プロデューサーは諭すようにこう言った。
「伊織はどうしたいんだ?」
どうしたいもこうしたいもないわよ!
そんな風に真顔で言われると、私一人怒っているのがバカみたいなじゃないの……。打ち上げ花火がパッと咲いて消えてしまうように、私の怒りもあっという間に空へと散っていった。
「……あの子いたでしょ、真朱美晴。美晴を前座に使って欲しいの」
「真朱美晴って……さっき、どんがらがっしゃんしてた子か?」
「アンタ、擬音でしゃべるのやめなさいよね。頭悪く見えるから」
「それを伊織が言うのか」
「……うっさい」
なによ、私のは感性が鋭すぎて表す言葉がないから、仕方なく感覚でしゃべらなきゃいけないのよ。アンタみたいに適当にしゃべってるのとわけが違うんだから。
「ん、まあ、とにかく分かった。今日帰ったら社長とも話してみるよ」
「え、ちょっ……」
そ、そんな、ちょっとコンビニ行ってくる、みたいに何あっさりと言ってるのよ!
「アンタ、今、私の意見が挟まる余地なんて無いって言ったじゃない!」
「うん。それから、あんまりね、とも」
「あんまりね、って……それは単なる気休めじゃ……」
確かに「あんまりね」とは付け加えてたけど……そんなの信用できるほど簡単にことが運ぶわけじゃないっていうのは、私にだって分かるわ。なのに、プロデューサーったら……。
「伊織が薦めるってことは、それなりの理由があるってことだろう。伊織ともそれなりに長い付き合いだしさ、信頼してるんだよ? これでも」
……ムカつくわ。
私のことなんてなんでも分かってます、みたいに飄々とした顔でそんなことを言われるのは。
でも、同時に嬉しい。
……ふん! そんなこと、プロデューサーの前ではぜーったいに言ってあげないないんだから!
「ふふん、そこまで言うんだったらやってもらおうかしら。あとで、できませんでしたー、とか泣きべそかいてもしらないんだから」
「どうなるか、乞うご期待! ってやつだな」
本当よ。期待してるわよ、プロデューサー。
それで話は終わり、のはずだったんだけど、プロデューサーはまだ何かを求めているように、にやにやと笑みを浮かべながら私の方を見ていた。
……分かった、分かったわよ。言えばいいんでしょ、言えば。
「……ありがとう。これで、いいんでしょ」
「はい、よくできました」
「ふん、子供扱いしないでよ、ね!」
ひゅんと私のパンプスが空を切る。
一発すねでも蹴っ飛ばしてやろうかしら、とも思ったけど、さすがにそれはやり過ぎと思い、小さく足を繰り出しただけだった。
「ところで伊織、新堂さんがあそこで待ってるぞ」
「え!?」
言われて指さした方を向くと、確かに新堂が車の側に立ってこちらの様子を窺っているのが見えた。
「ちょ、ちょっと! いつからあそこにいるのよ、新堂は! アンタも知ってるなら教えなさいよ!」
「いやあ、なんか僕と伊織と話してる様子があまりにも真剣だったから、なかなか近寄れなかったんじゃないかなあ、なんて」
「こんのバカプロデューサー!!」
今度はあらん限りの怒声を放ち、私はそのまま新堂の方に駆け出していた。