【ひみつガールズ】 サンプル1

「あ、真ー。何読んでるの?」
「ああ、春香。もうレッスン終わったの?」

 雑誌を少し下ろして、視線を少し遠くへ向けると、ボクの足の側に春香が興味津々の様子で立っているのが見えた。
 春香は、今日は確かポーズレッスンだったはず。
 ん? 春香が帰ってきたってことは、もうそんなに時間が経ったってことかあ。マンガを読むといっつも時間を忘れちゃうんだよなあ。

「なんだか今日は調子が良かったから、オーバーワークにならないようにって、ちょっと早めに切り上げてきたの」

 そう言って春香は、くねくねとボクの前で色んなポーズを取り始めた。
 「曲線を意識するんだ」なんて、言ってることは分かるけど、そんなに次々にポーズを変えたら不思議な踊りを踊ってるみたいで、逆効果だと思うんだけど……。

「ぷふ……あはははっ!」
「ちょ、ちょっと真! 何がおかしいのよー」
「だって、それじゃ、素手でウナギを捕まえてる時のウナギみたいなんだもん」
「ウ、ウナギー!?」

 自分で言って、あまりにそれが的確な表現だったことが、ボクの笑いをさらに誘った。
 ははは! ウナギかー!

「もういい! それより真、それ『RaRaRa』でしょ? 新しいやつ? ね、私にも読ませてよ」

 怒ったからか恥ずかしかったからか、顔を赤くして拗ねる春香を堪能しながら、「いいよ」と雑誌を春香に手渡した。

「えへっ、ありがと♪」

 今みたいに春香の屈託のない笑顔を見ると、少女マンガの主人公でもおかしくないよなあ、なんて変なことを考えてしまう時がある。
 ボクもバリバリの乙女ではあるけど、春香は物凄く「女の子」なんだよね。ほんのちょっとした仕草とか、雰囲気がさ。
 男っぽく育てられた上に空手初段な女の子が主人公じゃ、毎話に一度は正拳突きとか出てきそうでしょ? ボクはそんなギャグっぽい要素はいらなくて、なんの変哲もない普通の女の子が超美形な幼なじみとか、超美形な転校生と恋に落ちる、なんていう良く言えば王道な話の主人公がやりたいんだ。

 そんな、少女マンガに出てきそうな女の子とボクは、少女マンガ仲間。
 少女マンガ雑誌って、実用的なのからそうじゃないのまで、色々と付録が付いてくるでしょ? そういったファンシーグッズを、ボクも昔はよく使っていたんだ。
 でも、アイドルを始めてから友達に「真のイメージが崩れちゃうんじゃないの?」って言われてから、やっぱりファンの抱くイメージは壊さないように大事にした方がいいのかな、って思って――プロデューサーにも相談したけど、どちらかというと大っぴらには使わない方がいい、って意見だった――最近は、小さなシールを普段使ってるバッグなんかにワンポイント飾るくらいにとどめてるんだ。
 分かる人にしか分からない、そんな小さな乙女の主張に気が付いたのが春香だった。

「あ、それダイジローでしょ。可愛いなあ♪ あのマンガ面白いよね! 先月号のさ……」

 ちょっと間の抜けた顔をした犬のダイジロー。動物病院を中心に繰り広げられるコメディマンガで、主人公の女の子に飼われている犬だ。
 そのマンガが連載してる雑誌は、お世辞にも有名とは言えなくて、ボクの友達でもせいぜい五人がいいところ。
 そんな雑誌に連載されているマンガのキャラクターを知ってるなんて、偶然なのか、通なのか、どちらにしろとても嬉しいできごとだった。
 同じ事務所でアイドルとして高みを目指す仲間として、決して遠くはなかった距離だけど、このできごとを境になんだか急に二人の距離が縮まった気がした。ちょっと前までは向かい合って座っていたのに、今は隣り合って座っているような、そんな感覚。一つの雑誌を二人で覗き込むことができる、そんな距離。


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