【ひみつガールズ】 サンプル2

 事務所から程近い駅前のマンガ喫茶に着いたボクたちは、春香が初めてということもあって二人で使える個室を選んだ。

「ねえ、真。こういうところって、カップルで使うものなんじゃないかなあ?」
「ん? どうだろう? ……まあそうなのかもしれないけど、別にいいんじゃない? 女二人でもさ」

 そう言ってから、ちょっと春香に軽口を言ってやろうという気持ちが首をもたげる。

「やっぱり、春香はご自慢のプロデューサーと二人で来たかった?」
「え!? そ、そんなことないよ!」

 少し慌てて、小動物みたいに首をふりふりさせる春香。まあ、春香が春香のプロデューサーのことを好きだっていうのは、傍目で見てても明らかだし……そういえば、直接聞いたことはなかったかな? まあ、お互い何となく分かっちゃってるしね。

「残念ながらご期待には添えませんが、今日はこの私めが春香お嬢様を退屈させませんよう、精一杯お務めさせていただきます故、どうかご勘弁を」

 と、おどけて王子様口調で話すと、それに春香も乗っかってくる。

「よろしい。その方の手腕、存分にふるって貰うぞ」

 そして、お互い見合わせクスクスと笑う。場所が場所だけに、ちょっと遠慮がちに。
 春香はボクのことをきちんと女の子として見てくれるから、こうやっておどけて王子役をやっても全然いやな気持ちにはならない。
 大事な友達だ。

 とりあえず時間は一時間取ってあること、飲み物は飲み放題であること、なんかを教えて、あとはそれぞれ好きな漫画を取りにいった。
 春香は案の定、『イケてる面々』を取りに行ったみたい。
 ボクはどうしようかなあ……。
 こういうところに来ると、普段は決して読まないようなマンガにも手を出してみたくなるんだよね。少年マンガとか。
 週刊誌はまだしも、月刊誌ともなるとボクもさっぱりで、でも友達の中には面白いと勧めてくる人もいるんだ。
 小さい頃は、父さんが少年マンガ雑誌を買ってきてたけど、そんな父さんへの反発からか、今じゃすっかり少年マンガなんて食指が動かないんだよね。
 色とりどりの背表紙といかにも少年マンガらしい熱いタイトルを眺めながら、本棚の前をゆっくり通り過ぎる。
 興味がないわけじゃないんだけど、結局はそのままいつも通りに少女マンガのコーナーにやってきてしまった。
 たまには冒険してみた方がいいのかな?
 そうは思うけど、やっぱり自分には少女マンガが性格的に合ってる気がして、ピンク色のオーラを放っているような場所へと足が向いてしまう。
 やっぱり、こっちの方がなんとなく安心するなあ。
 お、これって確か今度ドラマになるやつだよね? 特番のクイズでドラマに出演する俳優がチームになって、対抗戦をやってたから、なんとなく覚えてるんだよね。
 どれどれ……ふーん、スチュワーデスものか……。まだ、CAって書いてないのを見ると、ちょっと時代を感じるなあ。なんて、ボクもまだまだ若いんだけどね。
 奥付を見ると二十年くらい前の作品だった。
 なんだか小鳥さんがはしゃいでたのからすると、結構有名なマンガなのかもしれないし、今日はこれにしてみようかな。

 本を抱えて戻った後は、二人で黙々とマンガを読み進めるだけ。
 辺りは人が歩く音やちょっとした話し声くらいなもので、基本的には静かだ。
 マンガを読んでる間は、春香の様子も特に気にしていなかったので、もうそろそろ時間だという頃に春香が話しかけてくるまで、これといった会話もなかったくらい。

「あ、もう時間なのか……って、春香、その三冊とも読んじゃったの? 早いなあ」

 春香は四巻から六巻までを積んでいたんだけど、ボクはどちらかというとゆっくり読む方だから、少なくとも一冊三十分はかかっちゃうんだよなあ。

「だって、一時間しかないっていうし、けど続きは気になるし……本当はもうちょっとゆっくり読みたかったかも」

 春香はマンガを読むのが早いんだなあ、と思ってたけどそうじゃなかったみたい。うーん、確かにマンガはゆっくり読める環境で読んだ方がいいよねえ。中にはじっくりと読み込まないと内容が頭に入ってこないものもあるし。昔のマンガなんか特にそんな感じがする。
 そんなことを考えていると、

「ねえねえ、今度ウチに遊びに来ない?」

 突然、春香がそんなことを言い出した。

「なんだよ春香、藪から棒に」
「だって、真、『イケてる面々』持ってるって言ったでしょ? 七巻も含めてもう一回読み直したいんだもん。だから、私のウチで読書会なんてどうかな、って」
「読書会、なんてしゃれた言い方しても、結局はマンガ読んでるだけなんだろ?」
「うっ、そうだけどさ……」

 勢いがしぼんで小さくなってしまった春香。
 ああ、そんなつもりじゃなかったんだけどなあ。

「いいよ。ボクも春香の家には一度遊びに行ってみたいと思ってたしね」
「ほんと? うふふ、じゃあ今からおもてなしの準備しなくっちゃ」

 ボクが行くと言った途端、春香の顔は明るさを取り戻し、うきうきと何かを考えているようだった。多分、どんなお菓子を作ろうか、とか考えてるんだろうな。春香が少し上向きに何もない空中を見ているときは、大体そんな感じだということが、しばらく付き合ってきて分かってきた。

「春香の家って、片道二時間かかるんだろ? だったら、朝早くから行かないとダメだよね」
「うん、かもね。あ、だったらさあ、泊まりがけでおいでよ。うん、それがいいな。読書会もパジャマパーティーに変更♪」
「ちょ、ちょっと、春香」

 次々に内容が変わっていって、春香についていけなくなってしまっている自分がいる。
 パジャマパーティー? って、パジャマを着てみんなでおしゃべりするっていう?
 そりゃ、ボクだってパジャマパーティーには憧れてたさ。すっごく女の子っぽいイベントだもんね。でも、ボク……肝心のパジャマを持ってないんだよなあ。いや、持ってないわけじゃなくって、ふりふりひらひらのレースがついた可愛いやつを持ってない、ってことなんだけど。
 だって、パジャマパーティーって言ったら、そういうパジャマのイメージが浮かぶじゃないか。
 そう、正直に春香に話してみると、

「うふふ♪ だいじょうぶ、私の貸してあげるから」
「春香のパジャマか……。春香がそれでいいっていうなら、ボクはかまわないっていうか、むしろ歓迎なんだけど」
「じゃあ、決まり♪」

 こうして、半ば強引に春香の家に遊びに行くことになってしまった。
 強引にとは言ったけど、その実、すっごく楽しみなんだ!
 春香が片道二時間かけて事務所に通ってるのってどんな気持ちなんだろう、春香が車窓から見てる景色ってどんなのだろう、春香が歩く道のりにはどんな世界が広がっているんだろう。
 春香と同じことをすれば少しでも春香に近づけるんじゃないか、女の子らしい女の子に近づけるんじゃないか、って、胸の奥がきゅっと小さくなった。


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