【ほのラブ】 サンプル1
私は、プロデューサーのことが好きです。
……多分。
最近、気が付いたらプロデューサーのことばっかり考えていることがままあるんです。
小学生の時に同じクラスの男の子に感じた、「あ、私、この人のこと好きかも」っていう、胸の奥がじんわりぽわーっとあったかくなる感じに似ている気がするんです。
きっと、それが私の初恋。
その男の子は、クラスでも目立たない感じだったんだけど、バレンタインの時には同じクラスの女の子だけじゃなく、別のクラスからもチョコレートを渡しに来る女の子がいたんです。
私が知らなかっただけで、その男の子は結構人気があったみたいで……私はその光景を見て、自分のチョコレートは渡せず仕舞いでした。
家に帰ってから、泣きながらそのチョコレートをゴミ箱に捨てたんだけど、私の様子を心配して来てくれたらしいお母さんが部屋に入るなりそれを目ざとく見つけて、「次は頑張りましょうね」って私の事を励ましてくれました。
そして、「このままじゃ、チョコレートがかわいそうだわ」と言って、二人一緒にそのチョコレートを食べました。
私のことをいつも助けてくれるお母さんには、感謝しても感謝しきれません。
私は、男の人が苦手です。
なんでかって言われると、私の中でもちょっとはっきりしないところはあるんだけど、お父さんが厳格な人で私に近づいてくる男の人を見境無しに追い払っちゃうこととか、家にはお父さんのお弟子さんがたくさんいるのに、何か決まりがあるみたいで私に話しかけてくることがほとんどなかったりすることとか、多分そんなことが影響しているんだと思います。
周囲に大人の男の人がたくさんいるのに、私のことを遠巻きにしているのって、小さい頃はなんだか不気味でとても恐かったことを覚えています。
もちろん、今は……えっと昔もそうなんだけど、お弟子さんのことはみんな大好きだし、お父さんのことも大好きです。
そんな風なので、家の中にいる以外の男の人にも近づくのはなんだか苦手なんです。特に知らない人には。
私を選んでくれたプロデューサーに対しても、初めはそうでした。
そんな私のことを見捨てようとしないで、少しずつ少しずつ距離を測りながら近づいてきてくれたプロデューサーに、私も段々と心を砕くことができて、今はもうプロデューサーの側にいることがとても自然に感じられるほどです。
そうやって、じわじわとプロデューサーに近づいていくのと一緒に、私はじわじわとプロデューサーのことを好きになっていったのかもしれません。
今はまだ、この想いをプロデューサーに伝えるつもりはないけれど、いつか私が自分の弱さを乗り越えて、勇気を掴み取ることができたその時は、この想いをプロデューサーにぶつけてみようと思っています。
「あと残り五分だぞ。名前書いたか、確かめろよ」
ぼーっと考え事をしていた私の耳に、先生の声が聞こえてきました。
あ、いけない。そういえば今はテスト中だったっけ。
想像の宇宙の中を飛び回っていた私は、ふっと現実に戻ってきて、黒板の上に掛けてある時計の方に目をやると、確かに授業の終了時間まで五分を切っていました。
今は五時限目で、テストが終われば後は帰りのホームルームが待つだけ。
それが終わったら、今日は事務所へ直行することになっています。プロデューサーの待つ事務所へ……えへへっ♪
あ、またどこかへ飛んでいきそうになっちゃった。あぶないあぶない……。こんなことじゃ、またプロデューサーに怒られちゃうぞ、ダメダメ雪歩。
えっと……一応、解答欄は全部埋めてはいるんだけど、終了前にもう一度見直しておこうかな。
そう思って、まずは先生の言ったとおりに名前欄から見てみると……。
「っ……!」
そこに書いてあったのは、私の名前じゃなくてプロデューサーの名前でした。
え? え? なんでー!?
あまりに予想外のことだったので、うっかり声が出そうになっちゃったんだけど、さすがにテスト中のしーんとした中で変な声を上げると気まずくなっちゃうので、左手で口を塞いでなんとか事なきを得ました。
うう……私ったら、テストが始まる前からプロデューサーのこと考えてたの? 恥ずかしいよぉ……。うう、穴掘って埋まりたいですぅ……。
今の私、とっても不審じゃなかったかな?
だんだん周りの目も気になってくるけど、きょろきょろと周りを見回すわけにもいかないし……き、きっと大丈夫だよね、誰も気が付いてないよね! そう、絶対そうだよ!
と、とにかく、このままテスト用紙を提出するわけにはいかないので、机の脇に置いてある消しゴムを手に取り、プロデューサーの名前を消して、自分の名前に書き直そうと、名前欄に消しゴムを当てたところで手が止まってしまいました。
このままプロデューサーの名前を消すのが、なんだか躊躇われてしまって。
プロデューサーの名前を消すことなんて、なんてことないことなんだけど、その行為がプロデューサーにお別れするみたいで、私の心の中からも消してしまうみたいで、なんだか少し寂しいものに思えて、どうしたらいいのか困ってしまいました。
かといって、このままにしておくわけにもいかないし……。
……そうだ。
私は右手に持った消しゴムをシャープペンシルに持ち替えて、プロデューサーの名前の上にこう書きました。
「萩原雪歩」と。
それはまるで何かのおまじないのようで、でもどこにも書いてないおまじないで。
私の心を綴るポエムのように想いを込めて。
プロデューサーの名前の上から私の名前を重ねて書くと、なぜだかプロデューサーと一緒にいるみたいで安心できました。
失敗したときは落ち込んでいる私を優しくぎゅっと包み込んで励ましてくれる。上手くいったときは、私と一緒に、まるで自分のことのように喜んでくれて、頭をぽんぽんと軽く叩きながら温かく褒めてくれる。
線と線とが絡まり合った様子をじっと見てると、私とプロデューサーはこんなにも近づくことができるようになったんだなあ、って、自然とにやけてしまいます。
うん、と小さく頷いた後、私はプロデューサーの名前ごと私の名前を消して、新しく自分の名前だけを名前欄に書きました。
これからも、ずっとずっと一緒にいてくださいね、プロデューサー。