【小箱の中の恋】 サンプル3
「お疲れさまでしたー!」
地方ロケ当日。お仕事はつつがなく終了し、私は共演者のみなさんやスタッフさん達にあいさつをして、おばあちゃんの家に向かうため、プロデューサーさんと二人でロケ現場を後にしました。
「さてと、行くか。春香」
「はい!」
ロケ現場はこの辺りでも一番大きな街なので、交通の要所にもなっています。
この街の駅から電車で一時間ほど揺られていると、おばあちゃんの田舎に着きます。
電車で一時間なんて、いつも家から事務所まで通っているのに比べたら大したことないんだけど、でもやっぱりほとんど来ない土地なのですっかり旅気分になっちゃいます!
それに、今回は何よりプロデューサーさんとの二人旅なんだもん。楽しくないはずがないよね♪
電車のボックス席に向かい合わせで座って、ごとごと揺られているとそれだけで幸せな気分になっちゃいます。
今乗ってる電車はかなり遅い時間の電車なので、外はすっかり暗くなっちゃってるのが残念だけど、その分、プロデューサーさんの顔をしっかり見られるのでそれは良かったかな?
おばあちゃんの家に着くのは結構遅くなりそうなので、駅の売店で駅弁を買って、それを食べながら今日のロケの話なんかで会話を弾ませていました。
プロデューサーさんは釜飯弁当、私は女性用の若干小さな幕の内弁当をチョイス。中に入っているおかずはどれもしっかりと味付けされていて、とっても美味しかったです。プロデューサーさんの食べている釜飯も人が食べているのを見ているとなんだか美味しそうに見えてきて、少しもらっちゃいました。あ、ただもらっただけじゃなくて、お返しに私の卵焼きをあげましたよ。
お菓子づくりは得意だけど、普通の料理はまだそれほどでもないので、いつかはこんな風にお弁当を作れるようになったらいいなあ、ってしみじみ思ってしまいました。
そんなこんなで、目的の駅に着いてからはタクシーでおばあちゃんの家まで向かいました。
アイドルになってから、タクシー移動がたまーにあるんだけど、やっぱりまだなんだかもったいない気がして、気が引けちゃうんだよね。うーん、これが庶民感覚ってやつなのかなあ? 大物アイドルになったら、タクシーとか車で移動するのが普通になっちゃうのかなあ。電車とかに乗って大騒ぎになったら大変だもんね。……でも、私はまだそんな心配する必要はないか。えへへ♪
タクシーから降りて、おばあちゃんの家の前まで来るととってもほっとします。ここにも私の帰る場所があるんだって思うから。
……そして、この場に立ってふと思い出してしまいました。秀兄ちゃんのことを。
また、か……。
最近、秀兄ちゃんのことを考えたばっかりだなあ。
なんでこんな時に、とは思ったけど、ちっちゃい頃の大切な思い出なんだもん。そう簡単には忘れられないよね。それに、最近秀兄ちゃんの夢を見たばっかりだし。
「春香……? どうした? 中に入らないのかい?」
プロデューサーさんの声に我に返って、「おばあちゃんの家に来るのが久しぶりだったから」なんて言い訳がましいことを言ってしまいました。
そのことに、チクリと心が痛くなったりもして……。
呼び鈴を鳴らして少し待っていると、玄関のドアが開き、おばあちゃんの顔が目に入りました。
「おばあちゃん!」
おばあちゃんに会うのもなんだか久しぶりな気がして、私はそれだけで喜びの声をあげてしまいました。
「いらっしゃい。やっと来たねえ、春香」
そう言って、おばあちゃんは私のことを歓迎してくれました。
「で、こっちが春香のプロデューサーさんかい?」
「そうだよ。後でちゃんと紹介するね」
おばあちゃんはプロデューサーさんの方を見ると、なんだか少し訝しんだ顔をしたような気がしたんだけど、プロデューサーさんが「どうも」と軽く会釈をするとそれで得心がいったみたいで、にこにこ顔で私達を迎え入れてくれました。