【ミッシング・パロット】 サンプル1

 キィーキィーと部屋の中にけたたましく鳴き声が響く。全く、大人しくしてほしい。
 その声にいらだちを抑えきれず、わたしも思わず金切り声をあげていた。
 二羽のオウムが繰り広げる不協和音が部屋の中を支配する。換気のために開け放たれた窓からも声が漏れており、隣の部屋どころかビルの他の階や通行人からいつ苦情が来てもおかしくない状況だった。
 そうなってしまうと、この場にいられなくなってしまいそうで余り好ましくないが、かといって今はこの場を離れることができない。
 その思った矢先の出来事だった。
 扉の鍵が開き、わたしに声が掛けられる。
 自由だ!
 いや、正確に言えば自由ではないのだが、外に出られるのならばどちらでもかまわない。
 わたしは意気揚々と軽やかにビルから羽ばたいた。外に出ると陽光が目に染みて少し痛いくらいだ。
 見上げると雲一つ無い青の天蓋が広がっていた。

「ただいまー!」
「おかえりなさい、響ちゃん」
 小鳥が挨拶を返してくれる。
 ちょっと遅めの昼食を終えた自分が事務所に帰ってきた時には、既に三時を回っていた。
「今、結構強い地震があったんだけど、響ちゃん大丈夫だった?」
「地震? そういえば、外の人達が『揺れてない?』って言ってたけど、自分はそんなに大きな地震には感じなかったかな。震度2くらいかなって思ってたんだけど、全然違うのか?」
「えっと……ネットで地震速報を調べた結果だと、この辺は震度4ね」
 震度4か……。思ったよりも大きな地震だったんだな。外にいると、建物の中にいるよりも地震を小さく感じることが多いよね。あれって、どうしてなんだろう?
「遅かったのね、我那覇さん」
 どこにいたのか、千早が声を掛けてきた。
「まあね。今日のグラビア撮影のカメラマンさんが自分を乗せるのがすっごく上手くってさ、それでこんなのやあんなのみたいなポーズをするだろ? そうしたら、さらに煽ってきちゃってさ。それでお互い興が乗って、時間も忘れて撮影にいそしんじゃったってわけなんだ」
「ふーん」
 自分の帰りが遅かった理由を聞いてきた割には、千早の反応は薄かった。きっとグラビア撮影が苦手な千早には、あんまり面白くない話だったのかもしれないな。
「そういえば、響。あんた、765プロに入る時に身体測定し直したじゃない。風に聞こえてくる噂だと、961プロにいた時に比べて随分スマートになったみたいらしいわね。雑誌にはどの3サイズ載せるのかしら?」
 聞こえて来たのは、ソファーの陰から顔だけを出してこっちを見ている伊織だった。
 ぎぎぎ……。「スマート」なんて遠回しな言い方するなんて、本当に伊織はヤな奴だなあ。
「それを判断するのはプロデューサーか社長だぞ。多分、数字は変えないと思うけど。それに自分、数字的にスマートになったって、見た目はそれほど変わったわけじゃないからね! グラビア的にはなんの問題も無いさー」
「ああ言えばこう言うわよね、響は」
「それはお互い様!」
 ふん、と顔を背けて、伊織はソファーの陰に戻っていった。昼寝でもしてたのかな?
「それよりも、撮影スタジオの使用時間過ぎたんじゃないの?」
「え? ああ、うん、二時間くらい過ぎたかも」
 今度は律子が噛み付いてきた。
「それ、超過料金請求されるってことよね? あーもう、あのスタジオ高いのよねえ。社長にも報告しなきゃいけないけど、今居ないのよねえ。……まあ、それは帰ってきてからでも問題ないか」
「あ、超過料金は発生しないらしいぞ」
「そうなの?」
 律子の眼鏡がキラリと光った、ような気がした。
「時間が超過したのはカメラマンさんにも原因があるからって、スタジオとプロデューサーの三者交えて交渉してたみたいだけど、超過分はカメラマンさんの方で持つってさ」
「ふーん。後で確認しておくわ。そういえば、プロデューサーがいないけど、どこ行ったの?」
「せっかく出てきたんだから挨拶回りに行く、って言ってたぞ。多分帰りは、夕方かもう少し遅くなるんじゃないかな? 自分はもう今日の仕事は終わりだから、事務所に寄ったら帰っていいって」
 自分は元々961プロにいたんだけど、紆余曲折あって今は765プロのお世話になってる。765プロに来てから一月くらいは、真のプロデューサーが自分のことを面倒みてくれてたんだけど、すぐに自分専属のプロデューサーが付いたんだぞ。
 そのプロデューサーがちょっと頼りない感じで、これから先一緒にやっていけるのか心配なんだけど……でも、プロデューサーがいるっていうのはすっごく楽しいな!
 あ、そういえば。
「なあ、小鳥。オウ助とよし子さんに餌ってもうあげちゃったか?」
「あ、そういえばまだだったわ。最近はずっと響ちゃんがあげてたから、うっかりしちゃってたわ」
 オウ助っていうのは、自分が飼ってるオウムの名前で、よし子さんっていうのは社長が飼ってるオウムの名前だぞ。
 よし子さんは765プロができてからずっと社長室で飼われてるらしくって、社長が言うには「かっこいいから」飼ってるんだって。
 それを聞いた事務所のみんなは呆れてる人が多いけど、自分は社長の言うこと、分かるなあ。
 自分はどちらかというと小動物系の方が好きなんだけど、ちょろちょろ動いてるのを見ると本当に、「くぅー! かわいいー!」ってなって、思わず食べたくなっちゃうんだよね! あ、食べたくなっちゃうっていっても、本当に食べるわけじゃないからね。それくらいかわいいってことなんだぞ。
 オウ助は、たまに事務所に連れてくるんだ。家ではたくさんの動物達に囲まれて暮らしているけど、たまには同じ仲間同士で過ごしたいこともあるかなって、時折思ってたんだ。
 そうしたらさ、765プロでは都合良く社長室にオウムを飼ってたんだ。それで、早速社長と交渉してオウ助用のカゴを置かせてもらうことにしたんだぞ。代わりに、オウ助とよし子さんの世話はできる限り自分がすることになったんだ。それくらいなら、自分には朝飯前だからなんてことないぞ。
 これで、オウ助も自分が家にいない間も寂しくないな、って思ったんだ。
 他の動物達も同じようなことができればいいんだけど、なかなか難しいんだよね。ほら、ワニ子とかなかなか他に飼ってる人を見かけないし、何より冬場なんか冬眠しちゃうからね。
「よし、じゃあすぐによし子さんとオウ助に餌をあげてくるよ」
「そうそう、社長は今出掛けてて居ないから、勝手に入っていいわよ。あ、それから丁度よかった。さっきの地震で何かが倒れたような音がしてたから、ついでに様子を見てきてくれる?」
「はーい」
 さっきの地震で崩れたんだろう書類の山を片付けながら、小鳥が教えてくれた。あれ、どうやらプロデューサーが積んだ書類みたいだな。律子がぼやいてるぞ。……大丈夫かな、プロデューサー。
 それにしても、そうか、社長は出掛けてるのか。なら、ちょうどいいかもね。いくらオウ助を置かせてもらってるって言っても、社長室に入るのって緊張するから、社長がいないと少しほっとするよ。
 自分は給湯室で餌をお皿に移して、それを社長室の前まで持って行った。
 おっと、ノックは必要ないんだっけ。つい、いつもの癖でノックしちゃうところだったぞ。
 カチャリと音を立てて、ドアノブは簡単に回った。そして、ドアを開けると目の前には思いがけない光景が広がっていた。
「あ、アイエナー! デージナットーン!」
 部屋に入って向かって左側に立っていた、オウ助が入っていたカゴが倒れて扉が開いている。もちろん、中にはオウ助は居ない。
 オウ助とよし子さんが入っているカゴは、オウム用ということもあって、かなり大きく頑丈な作りになってるんだ。だから、ちょっとやそっとのことじゃ倒れないと思うんだけど……。
 社長の机を挟んで向かって右側に立っているカゴはよし子さんのもので、こっちも扉が開いているけどカゴ自体は倒れてはいないし、中にはちゃんとよし子さんがいた。
 そして、机の後ろにある窓は開いていて、爽やかな風を室内に運んでいた。
 もしかして、オウ助はこの窓から逃げ出したんじゃないか?
 うわー! オウ助ー! どこいったんだー!
 最近はもうおやつのキャベツを食べたりしてないじゃないかー。あんなに仲がよかっただろー!
「帰ってこーい! オウ助ー!」
「ヒビキ! ヒビキ! ヤッタネ!」
「何にもやってないぞ!」
 よし子さんが自分に話しかけてきた、けどなんかおかしいな。
 ……あれ? こいつ、よし子さんじゃなくてオウ助だぞ!
「オウ助! よかったー、また逃げ出したのかと思ったんだぞ。よしよし」
 自分はオウ助が逃げ出していなかったことが嬉しくて、矢も楯もたまらず頭を撫でにいった。
 それでほっとしたのもつかの間、オウ助がここに居るということは、逃げ出したのはよし子さんの方なのか?
 うわー! 社長に怒られるー!
「ちょっと、何があったのよ」
「どうしたの、我那覇さん」
 自分が騒いでるのを聞きつけたのか、伊織や千早、小鳥に律子までやってきた。つまり、今事務所にいる全員が社長室に集まってることになる。
「あら、まあ」
「うわ、何これ。ひどいわねえ。それにしても、これは事件ね」

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