毒の海
僕は、貴方があの人を何処かへ連れて行くのが怖かったんです。
だから。
ずっと、側に居たいだけだった。離れるのが嫌だった。
だから。
愛していたから、望む事なら何でもしようと思った。一つになりたかった。
だから。
だんだんと、時間をかけながら人間の身体を腐らせていくウイルスがある。現代の日本医学
では、原因も不明なら解決策も不明。その難病にかかった患者は、ただ死を待つしかない。
「・・・・・・」
そのウイルスは非常に稀なもので、感染経路と言えば、性交により感染したか先天的にウイ
ルスを持っているかのいずれかしかない。エイズではない。唾液も、涙も、くしゃみでも、感
染する事はまずない。銀色のトレーに乗せられた、二つの注射器。・・・命をつなぐ、器具。
「・・・和田」
酷くやつれた顔。薬品と和田の身体を繋ぐチューブもまた、和田を無理に生かしている器
具。・・・あのチューブを外したら、ウイルスは一気に身体を侵し、二日後には心臓まで・・・。
「・・・調子はどうや?」
個人病室。自殺しないように、窓には鉄格子が、また、ガラスや刃物等は置かれていない。ま
るで監獄だ、と思う。・・・此処に色はない。差し込んでくる光も、何処か暗い。和田は俺の顔を
見て、微笑む。治療しても、目の前にいる人間は、あと一週間もすれば火葬場行きだ。
「・・・何時もと同じ」
どうして、そんなに無邪気に笑えるんだろう。
「・・・そう」
毎回、決まった分量の血液を採る。何しろ前例が極端に少ないので、俺も和田の専門医の傍
ら、和田の病気について研究する事を義務付けられている。濁った血液。腐った血液。
「・・・痛い?」
採血の次は、薬を注入する。この薬は非常に強い薬で、和田のように強いウイルスにかかっ
た患者でなければ、嘔吐、大量の抜け毛、湿疹等の副作用を及ぼす。・・・太い針を、抜く。
「・・・痛ないよ。痛みも、感じへんだけかもしれんけどな」
・・・そんな事、言わないで欲しい。
「・・・和田・・・」
すっと、白衣を脱ぐ。ズボンを脱ぎ、シャツを脱ぎ、下着のみの身体になる。布団を剥ぎ、和田
の身体にのっかかる。和田は慣れた手つきで、俺を抱き寄せる。目が合う。キスをする。
「んっ・・・。・・・町田、ええの?」
鍵はかけた。此処には、誰も入れない。
「ええの」
俺は、周りの医師から嫌われている。此処の医師は、上司の顔を伺う事しか知らない。俺も、
できればいい位置に居たいと思うし、正義感なんて糞食らえだと思う事も少なくない。ただ、
だからって患者を軽く扱っていいとは思わない。癌にかかった父親が、目の前で死んだから
だろう。母親はいない。父親と俺を捨てた。他の医師は、俺が反抗するから、皆離れていく。嫌
味も飽きるほど言われる。難病の和田の専門医に俺をつかせたのも、嫌がらせだろう。
「・・・んっ、ふ・・・んんっ・・・」
和田は元々、裕福な家の息子だった。兄弟は兄が二人、弟が一人。和田も、二十八の時にこの
病気が発覚するまで、幸せだったと言っていた。病気が発覚した時から、和田はこの個人病
室に一人ぼっち。家族は誰一人、来た事がない。医療費だけが、病院の方へ振り込まれてい
る。・・・最初は特に、何も思わなかった。患者の一人だと思っていた。ただ、難病の患者だと言
うのに、何時も笑顔でいるのが気になって、色々と話しているうちに、好きになっていた。
「・・・はっ、んっ・・・んぅん、ん、ん・・・」
唇だけで、愛し合う。唾液では感染しないから、そう言ってキスを求めたのは俺。本当は唾液
では感染しないなんて事は推測に近く、確率が低いとは言っても、感染する事もあり得る。
「ん、はぁ、んん・・・ん、ぁんっ・・・」
平安時代、光源氏物語によれば顔を見せる事は非常に恥ずかしく、特にキスをする事は、セ
ックスと同じような事として見られていたらしい。そう考えると、俺と和田は今、セックス
と同じような事をしているのか?・・・一つになれたら。何度そう思い、自慰行為をしたか。
「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」
和田の身体は、酷く火照っている。
「・・・こっちも、して」
和田の唇が、俺の乳首に触れる。暖かい唇。下から上へ舐められる。和田の頭を抱える。和田
はきっと、見た目は普通の人間だろう。言わなければ、ただガリガリに痩せている人間。
「んっ・・・は、ぁんっ・・・」
ゆっくり、丁寧に舐められていく。右が終われば、左。
「・・・気持ちいい?」
唾液の冷たい感触と、暖かい唇の感触がたまらない。
「うん。・・・何で?」
「・・・可愛い声、出てるから」
酷く愛しいと思う。下へ落ちていく唇の感触。・・・そう、もっと下・・・。
『・・・町田さん!』
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