中山の声。ああ、いい所だったのに。離れたくない。身体をくっつけるが、ドアを叩く音は
どんどん強く、間隔が無くなっていく。中山の声も五月蝿い。和田が身体を離し、キスをする。
「・・・仕事やろ?」
仕事なんて、したくない。
「・・・また明日、・・・な?」
「・・・分かってるよ、・・・じゃあ、また明日」
和田はいいんやろうか。俺が仕事に行っても。・・・寂しいとは思うが、そうは言えない。
中山に連れられ、診療室へ歩いていく。原因不明の腹痛で、運ばれてきた患者らしい。
「・・・また和田さんと、いちゃついてたんですね」
中山は、この病院の院長の息子。一人息子の為、今の時点で次期院長と言われている。特に中
山を超えて院長になる様な医者はいないし、・・・恐らくそのまま院長になるんだろう。
「・・・悪いか」
医者と患者が・・・なんて、よくある話じゃないか。
「悪いですね。一度和田さんの病室に行くと、しばらくは帰ってこない。うちだって、一人
の医者にそこまで時間は与えられません。病院内にも、悪い噂ばかりが流れるし・・・」
中山に左手首を掴まれ、ぐっと顔を近づけられる。キスされそうになるが、何とか離れる。
「・・・気分が悪いんです」
更にぐっと引き寄せられ、抵抗するが、無理やりキスされる。
「んっ・・・・・・院長の息子はええんか、こういう事しても」
そう。ずっと言われている、自分のものにならないかと。俺は勿論、そんな気は全然ない。で
も、和田が死んで、中山が院長になれば、多分俺は自動的に中山のものになるんだろうな。俺
が嫌がっても、中山は無視するだろう。セックスもキスも、強制されてする羽目になる・・・。
「・・・ええんちゃいますか?・・・周りは、何も言いませんからねぇ」
言わないんじゃない、言えないんや。そういう事は、一番分かっているくせに。
「後一週間ですか。まぁせいぜい楽しんで下さい、最後の一週間をね」
最後の一週間。この一週間が終われば、中山はどうにかして俺を手に入れるだろう。
「・・・いいですね、その目。もっと、手に入れたくなりますよ」
また近づこうとするので、中山の手を振り払う。くすくす笑われる。抵抗しても、何にもなら
ない。それは和田への気持ちに気づいた時点で、覚悟していたはずだった。・・・でも、でも。
死亡想定日まで、後六日。何時もと同じように日が昇り、昼になる。もうすぐ、二時になる。毎
日二時になると、町田が此処へやってくる。スリッパの、パタパタという音。・・・音が止まる。
「・・・入るよ」
ドアが開く。町田が入ってくる。町田は何時も俺の事をガリガリだというが、町田だって細
い。普通の体型ではないと思う。元々そうだと言えばそうかもしれない。でも、どうしても気
にしてしまう。・・・俺が町田の事を好きになる事で、町田をやつれさせたんじゃないかと。
「何?じろじろ見て」
好きだと言ったのは俺だった。振られるのがオチだと覚悟していたから、当たって砕ける気
分でいた。でも、町田の答えは予想外だった。嬉しかった。でも、それと同時に怖くなった。
「・・・別に。腕、細いなぁって」
俺は別にどうでもええ。元々病気が発覚した時も、すぐ死ぬんやろなぁみたいに考えてた。
大好きだった家族から見放されて、死ぬ事をよく考えていたから、自分から手を下す様なめ
んどくさい事せんでよかったわぁ、ぐらいに考えてた。・・・でも、町田を好きになって変わっ
た。間違っても、町田に自殺とか考えて欲しくない。追い詰めたくもない。もっとも、俺がそ
う思っても、町田は追い詰められてるんやろうけど。中山から、ずっと迫られてるらしいし。
「・・・お前かて細いやん」
町田は何時ものように、俺の手首に注射器の針を入れていく。くっと、入っていく感触こそ
あるものの、痛みはない。痛みを感じる神経でさえ、ウイルスによって蝕まされている。
「・・・汚い色」
どす黒い色。血管も、腐っているんだろう。
「汚くないよ」
町田の血は、きっとこんな色をしてない。
「俺、身体可笑しいんやろなぁ。やって、こんなぶっとい針刺すんに、麻酔使わんもん」
普通なら、麻酔を使っても、少し痛いんだろう。改めて、自分が普通じゃないと感じる。
「・・・可笑しくてもええやん。生きてるんやったら」
今生きている理由があるとしたら、其れは町田と一緒に生きたいという気持ちだけ。
「・・・町田は俺に、生きてて欲しい?」
町田の指が、俺の手に触れる。温い指。細い指。
「・・・和田が死にたいんやったら、それでもいい。できるなら、一緒にいたいけど」
そっと、町田の指を口に当てる。
「・・・じゃあ死なない」
今町田が死んでくれと言ったら、今すぐにでも死ぬだろう。方法は簡単、このチューブを抜
けばいい。それは、町田が教えてくれた。どうしても辛くなったら、それを抜けばいいと。
「・・・もっと触れたい」
指だけじゃ、我慢できない。
「・・・いいよ、もっと触れて」
町田を追い込みたくないというのはある。自分の身勝手な気持ちで、巻き込みたくないとい
うのもある。・・・でも、このまま殺してしまいたいという気持ちも、確かにある。町田と、離れ
たくない。ずっと寄り添っていたい。色んな気持ちが渦を巻いて、動けないで居るけど。
「・・・脱がなくていい、・・・服を着たまま、抱きしめさせて」
何時もの様に白衣を脱ぎだす手を止める。町田はそのまま、俺の身体に寄り添う。そっと抱
き寄せる。服を着たまま、こうして寄り添うのは、初めてかもしれない。町田の頭に、顔を埋
める。町田の身体の匂いが、少しずつ安堵を与えてくれる。・・・優しくて、暖かい匂い。
「・・・昨日、中山にキスされて」
・・・・・・。
「俺、嫌や。中山のもんに、なりたくない」
俺に、何ができるんだろう。
「・・・何で、何も言わへんねん!俺の事好きとちゃうんか!?」
「俺かてどうにかしてやりたい!・・・でも、何ができる?俺、もうすぐ死ぬねんで?」
腹が痛い。頭がガンガンする。顔が熱い。涙が、流れていく。町田は何も言わずに、更に近くに
寄り添ってきた。悔しい。町田に会うまで、全く思わなかった事。・・・まだ、死にたくない。
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