その日は、何時もと違っていた。さっき、町田の様子が変だったから、気になってはいた。中
山の事について、愚痴る事はあった。でも、あんな風に取り乱した町田を見るのは初めてだ
った。何時もは事務的にしか開かないドアが、開いた。ドアの向こうに居たのは、町田。
「・・・和田」
町田は部屋に入ると、すっと俺に抱きついた。
「・・・どうしたん?こんな時間に・・・」
夜の十時。怖いくらい、静かな病院。
「・・・和田、言うたよな。どうにかしてやりたい、って」
「・・・うん」
「・・・H、しよ?」
・・・・・・は?
「な、何言うてんの?・・・俺の病気、Hしたら伝染するんやろ?あかんよ、そんな・・・」
「もう嫌やねん!!・・・もう、嫌や。一つになりたい。我慢できへん」
我慢できない。それは俺も同じだった。据え膳を食わないのは男じゃないとか言うが、毎日
深いキスをして、たまに町田の身体を愛撫して、そのまま我慢できる訳じゃない。普通の身
体ならいい。でも、俺の身体は普通じゃない。俺が町田とセックスをすれば、町田の身体には
俺と同じウイルスが伝染する。そんなん嫌や。・・・そんなんで、町田の事、殺したくない。
「でも・・・」
「和田はええの?俺と一生、Hできへんくても?」
いい訳ない。もっと触れたい。町田の身体の中に、入りたい。
「町田は・・・町田はええの?・・・Hしたら、死ぬよ?」
普通の身体だったら、即了解して、思う存分抱き合っているだろう。
「死んでもええ。親もいないし、・・・死んでも、誰も悲しまないし。それに、和田が死んだ後、
一人で生きていく方が、死ぬよりよっぽど辛い」
俺より小さくて、細い身体を愛しく感じて、きつく抱きしめた。
「・・・分かった。H、しよ」
死ぬより辛いと言われて、黙っていられない。
「・・・和田」
町田を、ベッドへ押し倒す。何時もは町田が上に乗って身体を動かしているから、こうして
町田を見下ろすのは初めてだ。町田の白衣を脱がす。シャツを脱がす。上半身が露わになる。
「・・・んっ」
何もかも、忘れたい。何もかも忘れて、抱き合いたい。町田に、抱きかかえられる。安心する。
何度も、一つになる。何度も、求め合う。今まで溜まっていたものを吐き出すように、求める。
次の日の朝。窓から差し込んでくる日の光で、目が覚める。隣には、素っ裸の町田。昨日、沢山
Hをした。町田は何度か、痛がった。ウイルスの所為かどうかは、分からないけど。気持ちいい
とか悪いとか、そういうのは考えなかった。ただ、欲しかった。一つになりたくて、した。
「・・・朝?」
町田が、くるっとこっちを向く。
「うん。・・・あ〜あ、やってもうた」
一線だけは越えまいと、必死に耐えていた。その一線を越える事は考えていたよりずっと簡
単で、甘美だった。童貞は捨てていた。セックスについて、ある程度分かっていたつもりだっ
た。色んなセックスを知っていたつもりだった。でも昨日みたいなのは、初めてだった。
「・・・町田」
「・・・和田」
また、キスをする。・・・と、ドアが開く。
「・・・やっぱり、此処か・・・」
ドアを開けたのは、中山だった。呆然と、突っ立っている。ドアはもちろん、閉めているが。
「・・・したんですね」
大きなため息を吐く、中山。町田を抱き寄せる。もう、中山に渡したくない。
「・・・したよ」
町田は静かに、そう答えた。
「どういう事をしたか、分かってるんですか?・・・貴方もまた、難病を患ったんですよ?」
「分かってるよ」
町田は面倒くさそうに、答える。
「・・・貴方がこんな馬鹿な事をするとは、思いませんでした」
確かに、馬鹿な事だろう。町田は酷く混乱していたし、あの時俺がしっかり町田を正気に戻
しておけば、町田はあんな事をしなかっただろう。俺の死をしっかりと受け止めて、そのま
ま生きていく事だってできたかもしれない。中山のセクハラからも、逃げられる方法があっ
たかもしれない。でも、昨日、そんな事は考え付かなかった。お互いの身体が欲しくて、そん
な考えを打ち消したかったのかもしれない。離れる事が、怖くて。・・・一瞬でも、一つに。
「・・・・・・どうするんですか?・・・これから」
町田はすぐには、死なないだろう。でも、この強力なウイルスを患えば、日常生活を送る事は
不可能になる。常に点滴を打っていなければ、身体を動かすことさえままならなくなる。
「・・・この病室に、和田と入る」
・・・・・・え?
「・・・そうですか。そうですね。ないとは思いますが、貴方が暴走して、これ以上可笑しな事
をされると困りますし。・・・・・・和田さんと一緒なら、そんな事もないでしょう」
中山は苦い顔をしながら、俺と町田を同じ病室に入れる事を許可した。死ぬ時は、一緒に。
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