また、夜が来る。見上げるのは、白いコンクリートの天井。眠れない。自分が何時死ぬか分か
らないという事が、こんなに怖い事とは思わなかった。和田は何時も、之を抱えていたのか。
「・・・どうしたん?眠れへんの?」
隣りのベッドから、声がする。ベッドからは出ないものの、できる限り近づいてくる。
「・・・何か、急に怖なって。弱いなぁ、俺」
空元気で、笑う。
「弱くてええよ。俺も、最初は怖かった。悔しいとか色んな感情の中で、一番強かった」
今でも、死への恐怖は無くならないと言う。
「そっち、行ってええ?」
「・・・・・・うん」
和田が、点滴が外れない様に気をつけながら、移動する。掛け布団を大きく開ける。和田が、
隣りに座る。点滴が付いていない方の腕で、優しく抱き寄せられる。・・・暖かい、体温。
「・・・安心するやろ?こうすると」
恐怖が、和らいでいく。興奮していた身体が、休まっていく。
「・・・んっ・・・」
キスをする。
「・・・なぁ、和田」
「うん?」
ずっと、こうしていたかった。今日までの苛々していた気持ちが、嘘の様に消えている。
「・・・今でも、Hしたいと思う?」
和田とセックスをするまでは、毎日でもしたかった。往診に行く度に、自分の身体が酷く求
めているのを感じた。その後にトイレで自慰行為をする事も、全然珍しくない事だった。
「・・・そんなに。何か、昨日ので満足してもうた」
俺も、同じだった。
「・・・町田は?」
「同じ。俺も、満足したいみたいや」
身体を重ねるのは、一晩でよかった。一晩何回も一つになる事で、離れてしまう事への恐怖
は消えた。もう、身体を重ねなくてもいい。ただこうして寄り添っているだけで、安心する。
「・・・一緒に、死のうな」
「・・・・・・うん」
死への恐怖なんて、全然ない。和田と離れる方が、怖い。
吐息の音。少し動く身体。和田はもう、寝てしまっただろうか。眠れない。酷く安心するのに。
何か、これから変な事が起こりそうな気がしてたまらない。変な事、起こって欲しくない事。
「・・・・・・」
一度は、寝た。でも、気持ちいい無意識の世界から、無理やり引き上げられた。和田の身体に
寄り添う。言ってしまえば、薄っぺらい身体だ。筋肉もなく、骨が太い訳でもない。頼りない。
でも、安心する。和田の腕の中に包まれていれば、頑丈なフィルターに守られているようで。
『・・・町田さん』
ドアが開く。・・・中山だった。
「・・・何や」
怖い。別に中山は猟奇的な性格ではないし、本当は怖くもなんともないはず。でも、怖い。
「・・・安心しますか?そうしていると」
頷く。
「・・・そうですか」
中山はそう言うと、急に走り寄ってきて、小さなナイフを、俺の右手に突き刺した。
「何して・・・!」
「・・・痛いんですか?」
痛くは無かった。ウイルスの所為だろう。
「・・・痛くはないはずです。・・・でも、何回も刺したら、出血多量で死ぬでしょうね」
殺されるのか。中山は俺を殺すのか?・・・そんなん嫌や、死んでたまるか。
「ぐっ・・・!」
ナイフを掴み、何とか抜こうとする。でも中山は更に強く、中に押し込んでいく。
「・・・死にたくないですか?」
頷く。2、3回、首を縦に振った。
「・・・ふぅん」
中山は、ナイフを抜いた。ポケットから包帯と脱脂綿を取り出し、さっと手当てする。
「どういうつもりや」
「何でもないですよ。・・・ただ、簡単に殺せるなぁって」
中山の何も感情を宿していない顔が、怖い。
「・・・和田さん、気づいてないし。・・・分かりますか?分かりますよね。・・・貴方もぐっすり
眠っていて、和田さんも眠っていれば、貴方は自分でも気づかないうちに殺されるんです」
笑っても恐怖だろうが、こうして無表情にそういう事をさらっと言われると、更に怖い。
「そんなに怯えなくてもいいですよ。後五日、僕には五日もチャンスがある。宣言しておき
ます。後五日のうちに、僕は貴方を強姦して、殺します」
・・・聞き違いかと思った。思いたかった。
「・・・僕は本気ですよ」
「殺して、どうすんねん!お前は、職を・・・
「・・・人一人殺した事ぐらい、簡単に隠滅できます」
何も言えなくなる。
「・・・何で・・・何でそんな事、するん?」
俺を殺して、何になる?
「貴方が好きだからです」
「好き?何で?殺すんやろ?」
好きなのに、どうして殺すんだ。
「貴方を、和田さんと一緒にさせたくないんです。悪あがきかもしれませんがね」
狂っている、と思った。
「ん・・・」
和田が、起き上がる。不思議そうに中山を見て、俺の包帯の巻かれた右手に気づき、中山の手
に握られた、べっとりと血の付いたナイフに気づく。みるみるうちに、目がきつくなって。
「お前・・・!!」
暴れる。点滴が外れそうになった為、何とか抑えつける。
「・・・美しいですね。でも、絶対に貴方には町田さんは渡さない」
右手から、血がどくどく流れていく。和田はそれに気づいて、右手を両手で包んでくれる。興
奮しているから、止まらないんだろう。ぎゅっと、抱きしめられる。犯される。・・・殺される。
「待って!」
部屋を出て行こうとする、中山を呼び止める。
「・・・何ですか」
これ以上見たくない、という中山の顔。・・・これ以上、和田を巻き込む訳にはいかない。
「・・・部屋を、変えてくれ」
「町田!」
和田とは、離れたくない。和田と離れれば、何時中山に犯され、殺されるか分からない。
でも・・・俺が此処から出なければ、中山は和田も殺すかもしれない。それだけは、避けたい。
「・・・俺が和田のもんやなかったら、ええんやろ。したい様に、してくれ」
そのまま、俺は隣の病室へ移動された。・・・和田の寂しそうな顔が、忘れられない。
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