ホワイトクリスマス
「寒い・・・・・・」 シャイナは、夜の繁華街を歩きながらつぶやく。 日本に来て何年になるのだろう? ふと、ショーウィンドウの中にある、ウェディングドレスを見る。 「綺麗・・・・・・」 雪より白い純白のドレスである。 仰々しい飾りもなく、ただシンプルに胸あたりに飾りがあるだけだった。 「ふう」 そのドレスを見つめながらため息をつく。 「お父さん・・・・・・見せてあげたかったな・・・・・・」 しばらくして、またつぶやく。 母親は彼女が生まれてすぐに、病気で亡くなったと聞く。 数年前までは父親がいたのだが、戦争で亡くなった。 中東で戦争があって、そこに兵士として行っていたのだが、民間人を助けるために矢面に立ち、銃弾を受けたと言うことだった。 シャイナは父親の棺の前に立つと、優しき父の顔を触った。 冷たい・・・・・・。 いままで豪快に笑ってた父が、こうして目の前にいる・・・・・・。 ただし、もう笑うことは無い。大きい体で、私を抱きしめてくれることも無い・・・・・・。 そう思う瞬間、涙が頬を伝う。 もう帰ってこないのね。 シャイナの心の中がぽっかりと穴が空いたようになった。 それから笑うことが無くなった。 友人からどんなに冗談を言われても、何も感じなくなってしまっていたのである。 その為か、その友人がどんどん離れていき、いつの間にか独りぼっちになってしまった。 独りぼっちになってからも、学校へは行っていた。 軍がシャイナを学校に行けるように、手配していたのである。 中学生になる彼女にとって学校は心を埋める場所にはならず、毎日が過ぎていった。 そして、父親が亡くなって半年後、いきなりシャイナを養護している軍の人間に呼び出された。 「何でしょうか?」 軍施設ではなく、近くの喫茶店である男性と話していた。 シャイナもよく知っている男性で、父親の直属の部下に当たる人で、シャイナの養護をかってでている人でもある。 「ああ、話というのはな。お前さん日本に行かないか?」 「に、日本ですか?」 彼女はいきなり変なこという、その男性を見つめて聞き返す。 「そうだ、このまま、この国にいても何も変わらないだろう?そこでだ、留学という形で日本に行ってみないか?と、言うことだ」 「は、はぁ・・・・・・」 「お前さんが、あの親父さんを引きずっているのは知っている。しかしな、引きずってばかりいても仕方がない。子供はいつの日か親離れをしなければならん」 父親と言う言葉を聞いた瞬間、彼女はピクッと体を揺らす。 「その親離れが、早いか遅いかということだけだ」 「・・・・・・」 「まあ、旅行と思って向こうに行ってみろ。なんなら、ずっと向こうにいても良いんだぞ?」 「あなたに私の気持ちなんて・・・・・・」 「ああ、知らん。しかしな、俺はお前さんに元気になってもらいたい。あの笑顔をまた見たいだけだ」 半ば強引に男は言う。 彼女の場合、無理矢理でも言わなければ、どんどん奥底に沈んで行くと思ったのである。 「それにな、もう学校の許可も取ってあるし、チケットもある」 懐から、小さい紙袋に入った飛行機のチケットを取り出す。 シャイナは観念することにした。同時に独りぼっちの自分のことをここまで気にかけていることを感謝していた。 「わかりました。そこまで言うのでしたらお受けします。逃げ場も無さそうですしね」 彼女の口がちょっと動く。 男はその口の動きを見逃さなかった。 (ちょっと笑ってくれたな・・・・・・これは何とかなるかもしれない) シャイナは困っていた。 自分の身請け先に行こうと思ったのだが、住所には日本の「大阪」というところと言うのはわかった。 しかし、言葉が通じない。 空港までは何とか通じていたのだが、ちょっと離れると通じなくなる。 空港からタクシーで住所近くまで乗せてもらい、そこから歩こうとしたとき方向がわからなくなった。 歩いている人に聞きたかったが、初めての異国で恐怖心もあった。 きょろきょろしている彼女の後から声が聞こえた。 しかし、何を言っているのかわからない。 「あの・・・・・・、ここに行きたいのですが・・・・・・」 自分の母国語で言ってみる。 「どこですか?」 たどたどしいが、聞き慣れた言葉が返ってくる。 彼女は声をかけた人を見上げた。 紺色の服に腰に棒きれを差して、帽子をかぶっている男性である。 「こ、ここです・・・・・・」 住所を書いた紙をその男性に見せた。 「ああ、ここかぁ。じゃあ、ここから近いね。一緒に行ってあげよう」 男性はこんな風なことを言ってきたので、ついて行った。 「ここだね」 歩き始めて数分後、大きい門の前に立っていた。 建物も大きい。 昔の金持ちの屋敷の様である。 男性は門をあけ、玄関の扉らしきところまで歩いていく。 シャイナはついて行くしか無く、男性の後に隠れるように歩く。 男性が何か言うと、扉が開き、若い男性が出てきた。 寝起きらしく、目が違う方向に向いている。 彼女の目の前の男性たちは何か話し出すと、中に入っていった。 もちろんシャイナも手招きで呼ばれたので、入っていくことにした。 大きい部屋に通され、若い男性は、コーヒーカップを3つ持ってきて、それぞれの目の前に置いていく。 「あ、あの・・・・・・」 「シャイナだっけ?良く来たね。今日から、自分の家と思って住むと良い。ただし、きちんと働いてもらうよ」 若い男性はシャイナに笑いかけながら、言葉をかけた。 「じゃあ、私はこれで・・・・・・」 「たすかります」 帽子をかぶっていた男性は、目の前の男性が言葉を交わし、去っていった。 後でシャイナが知ることになるが、彼女を連れてきたのは警官であった。 「さて、君の部屋に案内しよう」 若い男性はシャイナを連れて、2階へ行き、一つの部屋に案内した。 「気に入ってくれると良いけどね」 シャイナは鞄をおろし、部屋を見て回る。 大きいベットはあるし、机もあり、なんとシャワー室まである。 「良いのですか?こんな豪華な部屋で?」 「いいさ。どうせ、ここに住んでいるのは俺一人だ」 「え?」 不思議に思った。こんな大きな屋敷に独りで住んでいる、この男性は何者だろう?と・・・・・・。 「食費なんかは気にしなくても良いよ。こっちでまかなう」 「そ、それでは・・・・・・」 「その代わり、ちゃんと「仕事」はしてもらうよ。そうだな、2時間後にさっきいた部屋に来るんだ」 シャイナは、有無を言わさない、この男性に従うことにした。 時間は午後1時になっていた。 シャイナは男性が出ていってから気が抜けたのか、そのまま眠ってしまい、気が付いたら時計の針は4時になろうとしていた。 時計を見た瞬間、飛び起きて下に降りる。 そこには先ほどの男性が、笑って座っていた。 「やあ、よく眠れたかい?」 「す、すいません。遅れてしまいました」 「気にしなくて良いよ。だいぶ疲れてたんだね」 「ところで、仕事ってなんです?」 シャイナは目の前の男性が怒っていない事に安心しながら、おそるおそる聞いた。 「なに、単純だ。家事手伝いをして欲しいだけだ。俺は良く家を空けるから、その留守番をかねてね」 「わかりました。ところで、私はあなたをなんて呼べば良いのでしょうか?そういえば名前も聞いてませんでした」 「NOV(のぶ)とでも呼んでくれ。じゃあ、台所から任せた」 「やるしかないわね・・・・・・」 シャイナは食器の山を見ながら軽く覚悟を決めた。 そこからの彼女は大忙しであった。 食器洗いから、台所の掃除、そして各部屋の掃除等々。 流石に食事の用意だけは、別のお手伝いさんが来ているらしく、その人が作っていく。 そして各部屋の片付けや掃除が完全に終わったのが、5日後だった。 その間、この屋敷の主人は朝出て、夕方帰って書類とにらめっこしている。 そして夜中寝るという繰り返しだった。 6日目の朝。 シャイナに1枚の書類を渡した。 「なんですか?これ?」 「日本語学校の申込書だ。シャイナはここに留学という名目で来てるからね。日本語は最低限覚えてもらおうと思ったのさ」 「しかし、そこまで甘える訳には・・・・・・」 「気にするな。親友の頼みだしな、それによく働く君が気に入ったんだ。それはプレゼントと思って良い」 「親友?」 シャイナが首をひねると、目の前の男性は父親の部下が親友であることを話した。 「この頼みを聞いたときは、一瞬断ろうと思ったよ。俺は一人でいるのが好きだったんだよ。けどな、君のことを聞いて協力する気になった」 「それは、私を哀れんで言ってるのですか?それだったら・・・・・・」 「そういうことは、しないで欲しい・・・・・・って言いたいのか?じゃあ、お前はずっと父親の殻の中に閉じこもっている気か!?」 シャイナは怒鳴られて、びくっとした。 「いい加減に気づけ!お前の父親は死んだんだ!もう、お前の心の中にいる、父親という人間に頼ることなんて出来ないんだぞ!これからは、自分で自分のことを考えて、死んだ両親に安心してもらうのがこれからの道じゃ無いのか?」 シャイナは、話を聞きながら涙が出てきた。 そのとおりだ。もうこの世にいない人間なのに、それを認めたくないのだ。それを認めたら、心が壊れてしまうだろうという意思が働いて、あまり話したくなかった。 まだ精神は子供である。 彼女の場合は、嫌なことは認めたくないという意思が無意識に働いたのあろう。 「わたし・・・・・・わたし・・・・・・」 「俺が父親がわりじゃだめか?お前の心の父親が安心するまで、俺を父親と思えばいい。少しずつ、少しずつで良いんだ。お前が成長して、親父さんを安心させてやるんだ」 シャイナは泣くしかなかった。 いつまでも頼ってばかりじゃダメなんだ。 頼る相手ももういない。 でも、私の心の中でいるんだ。 そうだよね。いつまでも頼ってばかりじゃ、安心しないよね・・・・・・。 私、がんばってみる・・・・・・。 父親の呪縛から解き放たれた瞬間であった。 冬。 世間ではクリスマスとよばれる日の出来事である。 「あー、いたいた。シャイナ姉!」 遠くから叫ぶ声が聞こえる。 一緒に働いている、アリリーナと魅来だ。 「もー、時間になっても来ないから、探したわよっ」 「ごめん、ごめん」 ポニーテールのアリリーナが笑いながら怒る。 「し、シャイナお姉ちゃん、な、泣いてる・・・・・・の?」 小柄な魅来は大きいメガネ越しに、シャイナを見つめて心配そうに聞く。 「ん?んーん、何でもないない」 シャイナは泣いていることに気づき、あわてて涙を拭く。 「と、ところであの人は?」 シャイナが突然話題を変える。 「もう、店で待ってるわよ。せっかくのクリスマスにみんなで食事に行こうって決めたのに、シャイナ姉が来ないから料理が食え無ぇ!っていじけてるわよ」 「あはは、あの人らしいわね。じゃあ、早く行きましょ」 シャイナが歩こうとしたとき、鼻に冷たい物が落ちてきた。 「あ・・・・・・雪・・・・・・」 「ほ、ホワイトクリスマス・・・・・・」 「寒いはずだわ。ほら、シャイナ姉、魅来、早く行こう!」 降り出した雪に見とれていた二人にアリリーナが店に行こうと急かす。 シャイナは苦笑しながら、歩き出した。 ふと、歩みを止めて後を振り向き、さっきのウェディングドレスを見る。 (私、がんばってるよ。お父さん) (あの人は、いつもの通りだめだめだけどね) (でも、ウェディングドレスは絶対着るわ) (その時は、遠いところから祝福してよね。絶対だよ) 完
平成16年1月1日 |