百人一首いろいろ水野琥珀春の雨のせいでしょうか。なんだか不安な心持ちになることがあります。 例えて言うなら愛し愛された人がそばにいるのに心揺れて定まらない、そんな心です。 篠原ならば 「贅沢すぎる」 と一笑に付すのでしょうけれど、けれども私はこんな時、この歌を思い出します。 由良の門を 渡る舟人 かぢを絶え 行方も知らぬ 恋のみちかな 由良の門、という言葉にゆらゆらと振れる不安が透けて見え、正に恋の歌、でしょう。 訳してみればこんな感じでしょうか。 古来から由良の海は難所と聞きます。 そこを進んでいく一艘の船。ぽつんとたたずむ舟人の寂しさ……。 彼は梶を失っているのか。梶なくば進む事も退く事も出来なかろう。 流れ速い潮に流され、途方にくれる舟人。 ゆらゆら。 あちらに流れ、こちらに流れ――。 海の道に惑うて暮れる。 流されるままに打つ手なく。 あぁ、あれは私。 梶を失って漂うばかりの舟人。 道途絶え、流れるままの我が恋。 ただゆらゆらと。 口に上せ易い歌なのでその分、訳のし難い歌でもあります。 まるで青年の日の恋のような、そんな歌ではないでしょうか。 この歌を詠ったのは曾禰好忠という人です。丹後掾、つまり丹後の国の三番目の官位を頂いていたのです。 その事から、曾丹後と呼ばれいつしか、曾丹になりました。本人はその事をとても嫌がっていた、と言います。愛称、というよりも蔑称のようだったからでしょう。 その任地からこの歌の「由良の門」は丹後の由良川ではないか、とも言われています。が私は万葉集に傾倒していた、ということから紀淡海峡の由良と解釈します。 こんな懐かしいような青い不安に満ちた歌。若い、と言う事が慄きと自信であったころを思い出させるような歌を詠った歌人はどんな人だったのでしょうか。 驚いたことに、とても偏屈で奇矯の振る舞いも多かった、と言います。世に入れられない鬱屈だったのでしょうか。 彼の歌に 「日暮るるれば 下葉をぐらき 木のもとの もの恐ろしき 夏の夕暮れ」 「うとまねど 誰も汗こき 夏なれば 間遠に寝とや 心へだつる」 などがあります。 どうです、ぞくりとしたりにやりとしたり。非常に鮮烈で現代の我々が鑑賞するとすっと心に入ってくる歌だと思います。 そのせいでしょう。この人は生きている間、評価されることがありませんでした。 己の才を自負していた彼にとってどれほど辛い事だったでしょうか。 事実、誇って良いだけの才があったのですから。 この時代は特に、と言えますが門閥や血縁で動いている時代です。有力な家柄でもなく、強力な後ろ盾もない、一介の歌詠みにできる事などたかが知れています。日の当る場所から遠ざけられ、世の人に嘲笑された曾禰好忠。 こんな逸話が残っています。 円融院が野遊びをされた時のこと。子の日の野遊びで、これは小松の根を引き若草を摘み、一年の息災を祈る行事なのですね。 もちろん院がおられるのですからそれは美々しい席だったでしょう。雲上人が綺羅星の如く集うのです。当然歌人も呼ばれていました。晴れの日の美しい衣装に身を包んで。 その末席にちょこん、と彼がいたのです。無論、お召しがあったわけはありません。 「歌詠みのお召しがある、というからきたのだ。この歌詠みたちに劣る私ではない」 とうそぶきますが、血気盛んな若い殿上人に追い出されてしまった、それを皆で笑ったという事です。 その才、あふれるばかりであった曾禰好忠にとってはどれほど悔しく情けない事だったでしょうか。 その彼が、いまでは「新古今の先駆け」とも言われ、歌風は中世・近世の歌人に絶大な影響をもたらしました。 時代、というものの恐ろしさですね。 いまは評価されない、受け入れられない。それでも千年の後には高い評価を、当然の事との認識を与えられるかもしれない。 けれど、私は思います。 例えそうであったとしても、仮にそれを曾禰好忠が知っていたとしても、喜びはしなかったのではないか、と。 生きている間中、排斥され続けた鬱屈。 少しばかりですが、わかる気がします。 歌の話に戻りましょう。 私は最前、青さ若さを感じる、と書きましたが青年の頃の恋、というのは皆この歌のような印象を持つ、とは思いませんか。 戯れに篠原に問えば 「自分がこのまま突き進む事への躊躇い、人生への恐れと期待、相手への恋情と自分自身への愛情――わからないでもないな」 となにやら物思いに耽る様子。篠原の青年期はともかくも若さ故に慄いた姿など、ちょっと想像もつきません。ましてや彼を不安に陥れたその相手、など。 「あくまで一般論だ、笑うな」 おや、怒られてしまいました。でも想像もつかないのですからね、仕方ありません。 「人を恋したときは同じだろう」 「何と何が同じなんです」 「年齢などは関係ない、とは思わないのか」 「それでも年若いときだけの不安、というものがあるでしょうに」 「恋したときはいつも同じ、不安で仕方ない」 嫌にきっぱり言うので笑ってしまいましたらやはり睨まれました。 そもそも人選が間違っていたような気がしなくもありませんね。篠原に「若き日の恋」を問うたのが間違いだったのでしょう。どうにもそういう話題の似合わない人ですね。 「恋した故の不安がいつも同じ、ということを知らないとは……まだ坊やと見たよ、琥珀くん」 嫌味を言って立ち上がる篠原に何か一言いい返そうとしたのに、さっさと席を立ってしまいました。 まったく嫌な男もいたものです。 |