百人一首いろいろ水野琥珀寒い夜に一人で過ごすのは嫌なものです。心細いわけでもなく、恐ろしいわけでもないのです。 ただ、人恋しい。そんな気分にさせられます。 取材旅行、とやらで篠原が留守にしているのです。それでなぜとなく、そんな気分になってしまったのですが、これが愛しい者であったならどんなに寂しいものでしょうか。 きりぎりす なくや霜夜の さむしろに 衣かたしき 独りかも寝む 後京極摂政前太政大臣、という長々しい呼び名の人物です。太政大臣、などと言うとずいぶんなお年寄りなのだろうと思いますが、どうしてこの人はそうではないのですよ。 名を藤原良経と言います。関白であった九条兼実の次男という名門の貴公子でした。それで若くして太政大臣になったのですね。 早くから俊成に和歌を学び、漢詩も作り能書家としても知られるという俊才です。 そんなわけですから当代きっての文化人の一人、として知られていたのですね。そのような人物をことのほか好んだ方がこの時代にはおいでです。 誰あろう、後鳥羽天皇その人です。ご自身、素晴らしい文化人でいらしたのですからお側近く置きたく思われても不思議ではありません。 そのおかげもあって良経は「新古今集」の選者の一人となりました。この歌はその「新古今集」の中に収められている歌なのですよ。 霜の降りたこの夜に気づけばこおろぎの声が聞こえているではないか。どうりで寒いわけだ、もう秋も終わりなのか。 冷え冷えとしたこの晩に、私は一人眠るのか。あなたもいないここで。 ただ一人、小さなむしろに我が身を置いて片袖敷いて眠るのか。あなたに逢うことも出来ずに。 なんとも実に難解な歌です。 この歌にはどこにも恋人を思う言葉はありません。ですが、それが透けて見えなければならない、という歌なのですよ。 本歌取り、という技法があります。この歌に使われているのはそれなのですね。 我々にはすでにわかりにくくなっている古歌ですが、当時としては教養ある人物ならこの歌を耳にしてすぐに「あれだな」と見当がついたのだと思います。「万葉集」にこうあります。 我が恋ふる 妹に逢はさず 玉の浦に 衣かたしき 独りかも寝む どの歌が本歌かは諸説ありますが、私はこの歌をあげておくことにいたしましょう。なにより下の句が全く同じですからわかりやすいですものね。 とは言え、本歌取りではあまり上手い使い方ではない、とされています。下の句が全く同じでは趣味が悪い、というのでしょう。 ただ古歌と言ってもたくさんありますから良経もすべてを覚えてはいなかったでしょうし、あるいは違う歌を念頭に置いていたのかもしれません。 いずれにしてもこの歌の向こう側に古い恋歌が透けて見えればよいのです。 こういう手法がこの時代の歌人には大変に好まれました。手の込んだ極々趣味的な技法と言ってもいいでしょうね。 ですから良経が歌った歌はもちろん実体験ではないのです。太政大臣にもなろうというお方がむしろに寝た、などということはちょっと考えられないことですからね。 小さなむしろ、という言葉に独り寝の冷え冷えとした寂しさが強調されているのですからこの歌からそんな寂寥が伝わってくれば良経としては大成功、といった所でしょう。 おっと、忘れる所でした。きりぎりす、というのは現代でのこおろぎを指します。秋の代名詞としてしばしば歌われていました。 さて話を戻してその寂寥ですが、ひとつ理由があるように思えます。 この歌はすでに御譲位あって院、と呼ばれるようになった後鳥羽院が正治二年に召した「正治二年初度百首」に奉った歌です。それが「新古今集」にも収められているのですね。 そしてこの歌を詠進する直前、良経は妻を亡くしたと言われています。 良経の寂しさは癒されることのないもののように感じます。 晩秋の寒さがよりいっそう、こたえたのではないか、二度と会うことのできない妻を思えば霜の鳴る音こおろぎの鳴く声にも涙さえこぼれないのではないか。 そんな気がしてなりません。 ただ茫漠と耳に入る音を聞き、目に映るものを見る。 そのような毎日ではなかったか、と。 そしてようやく悲しみが凝って言葉になって歌われたのが、この歌なのかもしれません。 そう考えるとただ逢えない恋歌、というだけではない耐え難い寂しさが伝わってくる気がします。 愛しい者と永の別れをすることになったならば。 そう考えただけで私は身の内が震えるような恐怖を感じます。 そうですね、まず先立たれるのは論外として私が大切な人を残していくと思えば死んでも死に切れないような気がするのですよ。 どれほど悲しむか、と思えばおちおち死んでもいられません。 逆は論外なのですから、あとを追う気はないにしろ、私は生きる気力をなくしてしまう、そんな気がするのです。 後を追ったりしたら、きっと怒ると思えばこそ、死にも出来ず生きも出来ず、そんな日々を送るのではないか、と。 良経もそんな思いを味わったのではないか、そう思うのですよ。愛しい者の衣にある残り香などに顔を埋めてはいっそ自分も、と思わない日はなかったのではないか、など想像します。 私なんぞは一日離れているだけで耐え難いのですから。 もっとも想像ですから、彼がそう思ったかどうか知る由はありませんし、私とてどうなるかわかったものではないのですけれどね。案外けろりとして人生を楽しむかもしれませんから。 ただ我が言葉ながら余りそれを信じる気にはなりません。 ――と、ここまで書いてはたと困りました。 なんということでしょう。誰かさんのいない晩に思う歌としては全く不適当な歌、と言わざるを得ません。 私としたことが、不覚でしたね。 |