百人一首いろいろ

水野琥珀



 前回は良経の本歌取りの歌をご紹介いたしましたが、あの時代に本歌取りの名手、と呼ばれた人が他にいます。今回はその人の歌をご紹介することにしましょう。



 来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに
 焼くや藻塩の 身もこがれつつ



 言わずと知れた定家の歌ですね。現代では百人一首の選者として有名ですが、自身優れた歌詠みでもありました。
 定家は前回の良経が師事した俊成の息子になります。応保二年に生まれ、仁冶二年に亡くなったと伝えられていますから八十歳の長寿と言うことになりましょう。当時としては驚くべき長生きをした人物ですね。
 そして良経と共に「新古今集」の選者でもありました。もちろん後鳥羽院のご寵愛深い歌詠みの一人であったのです。
 こんな話が伝わっています。
 定家のまだ若かりし頃のこと。ある人となにがあったのか殿上で争いになりました。そのとき定家は燭でもって相手の頬を打ってしまったとの事。
 いくらかっとしたとは言えそのような振る舞いに及ぶなど、ずいぶん頭に血の上りやすい貴族もいたものですが、そのことで定家は勅勘をこうむります。
 父・俊成は「まぁたいしたこともなかろう、そのうちにお怒りも解けようほどに」と静観していた、というのですが親子共々中々肝が太いものですね。
 ですがいくら待ってもお怒りは解けません。そのうちに年も暮れてしまいましたので俊成卿はすっかり気に病んでしまってそれとなく帝のお耳に入るよう歌を詠み、帝はその歌を愛でられてまた定家の出仕を許した、ということです。
 その後、定家はさらに歌の巧みとして世に名を知られるばかりでなく、漢文学を好み漢詩を作り、その上に騎射の上手という有様。ですが、あまりにも歌名高かりしゆえにすっかり他の諸芸がかすんでしまったというのですから面白いものです。
 そんな折に後鳥羽院が定家をご自身の御所に召されました。
「こっそりあなたを呼んだのはね、私はあなたをたいそう重く思っているからなのだよ。だから私に和歌の批評をするときにはあなたの心に思ったことを何から何まですっかり言ってくれなくては。そうでなければあなたを呼んだ甲斐がないのだから」
 そうとまで仰る院のお言葉に定家は深く感じ入った、と定家自身の日記に記してあります。
 この頃が定家と後鳥羽院の蜜月の始まりであったでしょうか。
 後鳥羽院はそれはたいそう定家を愛されました。才能もあり、ゆえに誇り高くいささか傲慢でもあるほどの歌に対する強い思い。二十歳ばかりの院とその倍ほどの年の定家とは和歌を挟んで情熱の限りを尽くしました。
 後鳥羽院、という方もまた情熱の人です。帝王の遊び、という以上に様々の事に熱中されました。そのようなお方にしばしば見えるように、後鳥羽院もまた、激しやすい方であったのです。
 傲然と歌にかける定家。天衣無縫の熱意で持って自身のお好きなように歌を選られる後鳥羽院。
 起こるべきして起こった破局でありました。後世の人はそれが定家のために良かったのだ、後鳥羽院と共に罪を得る事にはならなかったのだから、と言います。
 定家にとってはどうだったのか。私はそう考えてしまうのですよ。定家が百人一首を編んだのはその晩年のことでした。今は遠くの配所にお出での院への、これは長い手紙のような気がします。
 定家は何を伝えたかったのでしょう。終生変わることのない敬愛、あの懐かしい日々を忘れることは決してなかった、とそんなことではなかったでしょうか。
 百人一首を選び終わった後、数年して定家は亡くなります。その二年前に後鳥羽院はすでにこの世の人ではありませんでした。定家の思いが伝わったかどうか、定かではありません。私としては百人一首をご覧になっては懐かしく思し召した、と思いたいものですが。
 さて、歌の訳に参りましょうか。



 いくら待ってもお出でにならないあの方を私は待っているのです。
 松帆の浦の夕凪に一筋の煙がたっているのが見えるわ。
 ほら、あれは藻塩を焼く火。
 じりじり、じりじり、と。私のこの身も焼かれるように。
 藻塩が焦がれる。我が身も焦がれる。恋に悶え火に悶えて。



 「万葉集」に笠金村の長歌があります。長いものですから概略をお話すれば、松帆の浦には藻塩を焼く乙女が待っているというが、逢いに行く方法もないしそんな度胸もない自分はただ行きつ戻りつ恋しているだけなのだ、というようなものです。
 定家のこの歌はその長歌を本歌としています。
 とは言え、長歌が「恋をする男」であるのに対し、定家の歌は「待つ女」の歌ですから長歌を受けた相聞歌、とも言えるかもしれません。
 定家の歌は「来ない人を待っている」歌ですから、当然これは女の身になって歌った歌、ということになります。この時代に男が女の訪れを待つことはまずありません。
 この歌は本歌がわからなくともすっと理解できる歌ではないかと思います。響きよろしく情景も寂しく、まこと恋のあわれというべき歌でしょう。
 ただその分、実感に欠けるのはやむを得ないことかもしれません。あまりにもするりと読めてしまうものですから、じんわりと胸に響くものがないのですね。
 その理由のひとつに歌合せのために作られた歌だから、というのがあげられると思います。一人寂しく海辺の夕凪に立つ女、それは万葉の時代の乙女であったでしょう。歌合せの場にいる人々にその乙女の姿を、その恋を見せることが出来ればいい、そんな思いの歌ではないか、と私は思います。



 恋する人を思うとき、身を焼くのは恋の火でしょうが、もうひとつ焼くものがありますね。
 あまり大きな声では言えませんが嫉妬の火、やきもちの火です。
 昔の女性は来ない男を思うとき、その影の向こうに他の女を見ては嫉妬に狂ったのではないかと思うのです。
 いま、昔の女性、と言いましたが昔に限りませんね。女性とも限れないもののようです。
 私はどちらかと言えば嫉妬深い質ではない、と思ってはいるのですが、どうも傍目にはそう見えないこともあるようです。
 自分では気に病む質だ、と思っているのですよ。愛しい者に近づく人物がいれば自分が至らないからだ、と思いますから。
「そのかわり他の者が近づくとそれは嫌な顔をするじゃないか」
 篠原が向こうから茶々を入れます。
 そんなことはない、と思っているのですがどうもそうではないようです。
「嫌な顔、はしていませんよ」
「いいや、思い切り嫌な顔をしている。それもこっそり人目に隠れて嫌な顔をしている」
 そう言いながら笑い転げています。まったく笑い事ではありません。これでは私がそれは嫉妬深い嫌な男のようではありませんか。私の機嫌に篠原は珍しく言葉を継ぎます。
「嫉妬、というのも愛情のひとつの形であると、私は思うがね」
 どう言い繕っても詭弁ですね。どうせ私は嫉妬深い嫌な男です。ええそれで結構。そんな私が良い、と我が想い人は言うのですから、私はそれで充分です。




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