百人一首いろいろ

水野琥珀



 今回は先の続き、とでも申しましょうか、定家とかかわりの深い人物の歌にいたしましょう。
 その歌が読まれた場所・時期とはまったく関係がないのに、なぜか夕暮れの海辺、それも断崖絶壁から臨む橙色の海が似合う、そんな歌です。



 人もをし 人もうらめし あぢきなく
 世を思ふゆゑに 物思ふ身は



 海風が岩に立つ松の枝を揺らす音が聞こえてきそうではありませんか。
 詠み人は後鳥羽院。鬱々とした口調が承久の乱に敗れた後の配流の地でのものかと錯覚するほどですが、それよりだいぶ以前のお作です。
 建暦二年十二月の二十首御会にて「述懐」の題で詠まれたものと言うことですから、後鳥羽院三十三歳の時、ということになりますね。ですから承久の乱より九年の以前、となります。
 前回も少しお話いたしましたが、後鳥羽院、という方は大変に精力的なお方でした。
 平家が栄えそして消えていく、そんな時代にお生まれになりました。平家と共に西海に沈まれた安徳天皇ですが、それより少し前、祖父・後白河法皇は安徳帝を廃帝とし、四歳の尊成親王を帝位につけます。これが後の後鳥羽院でした。
 幼くして天皇位につかれた院ですが、御位にあったのは十九歳までと、ごくごくお若いうちに御退位なさっているのですね。幼い皇子に譲位されこの方を土御門天皇、と呼びます。そして院ご自身は院政を執られる事となりました。
 この頃から院の正に帝王の生活、が始まります。
 歌に蹴鞠、囲碁に双六。このあたりは昔からの貴族の遊びですから天皇がたしなまれてもおかしなものではありません。しかしこの他、院は力自慢で武事を好むご性格であったようです。ことに刀剣を打つことを好まれ、後のことですが名刀と名高い菊一文字、あれも院のお作と言われています。
 こんな面白い話があるのですよ。
 交野八郎という強盗がいました。今津にいると聞いては武士たちが捕らえようと出立していくのですが、院もこれをご覧になりたい、と船を仕立ててしまわれるのですよ。
 それだけでも驚天動地の出来事ですが、さらにとんでもないことが待っています。
 八郎は何しろ豪胆にして技量も素晴らしいものですから中々武士たちに捕まえることは出来ません。船を飛び交っては逃れているうちに院はなんと、ご自身で櫂を取ってははっしとご命令になりました。それで八郎はたちまち捕らえられた、と言うことです。
 その後、捕らえた八郎に院はお訊ねになります。お前ほど名の聞こえた者がなぜああも易々と捕まったのか、と。八郎の答えがまたふるっています。
「武士の捕り手など何ほどの事もございません。が、行幸なされまして御自ら櫂を取ってのご命令。それだけでも畏れ多いことでございますのに、船の櫂などというあのように重たい物をまるで扇でもお持ちになるかに軽々と片手に取られましては、とてもとても。これで我が運尽きたり、とへなへな力も抜けましてございまする」
 こう聞けば院も中々ご機嫌悪しくはならなかったようで、八郎を許し以後、召し使ったと言うことです。
 どうです、とてもなまなかの帝王のなさることではないと思いませんか。
 このような絢爛にして豪華な方の情熱が一瞬にして和歌に噴出した時期がありました。何につけても型破りな院の熱意のすべてがかけられた歌。ですが暑苦しくはなく、調べも美しい。王者の風格というにふさわしい歌をお詠みになったのですよ。後鳥羽院がおいでにならなかったら和歌の栄華の時代はおそらくなかったでしょう。その結実が「新古今集」ですね。
 百人一首に収められたこの歌は、丁度そんな和歌や定家たちとの蜜月も過ぎ、少し遠くから和歌をあるいは人を見ている、そんな時期のお作です。



 味気ないこの世の中。何をするにもわずらわしい。こんな世の中だから、こうも思うのか。
 人というものはなんと愛しいものだろう。
 人というものはなんと憎いものだろう。
 鬱々と楽しむこと少ないこの世の中に身を置いて、私はそうも思うのだ。
 あるいは、そんな世だから愛憎こもごも感じるものか。



 「をし」は可愛い、愛しい、という意味の言葉です。他に惜しい、の意味もありますね。「恋ふ」ではなく「をし」の言葉を選ばれたことに私は院の心の深さを感じます。
 ただ豪放磊落にして豪華な帝王、というだけではなかったのですね。それを心から楽しむことの出来る大きな器を持ったお方だったのではないでしょうか。
 そののちの院のことは皆さんご存知の通りです。取り折訪れる都の便りにこたえたり、和歌の手入れや批評をしたり、そうそう前述の刀剣のことなどもありましたね。
 遠い配流の地でそのような日々を過ごされた、といいます。



 ある人、個人に限っても愛おしい、憎らしい。人はそのように双方の思いを持つもののようです。
 まして「人」という塊になってしまえばどうでしょう。
「私などはわずらわしいばかりだがね」
 篠原は言います。
 なんと言っても名うての人嫌いですからね。人の塊、と聞いただけでぞっとするのでしょう。
「見渡す限りの頭頭頭。どちらを見ても真っ黒、おまけに人いきれ。たまらんよ」
 そんな身震いをしています。
 私が言う「塊」はそういう意味ではないのですけれど。
「人間、と言う意味ですよ、篠原さん」
「そんな得体の知れないものはもっと好かない」
「私だって一応、人間なのですけれど」
「お前は琥珀、という個人だ。人間、などという薄気味の悪いものではない」
 まったくけんもほろろとはこのことでしょう。
 ですがどうやらわかってきましたよ。篠原が嫌いなのはおそらく「大衆」という奴なのでしょうね。
 私も大衆に名を借りた言動などは決して好きではありません。
 ですが、それでも思うのです。
 時にしてなんと人は愛おしいものか、と。そんな私に
「お前は人が良い」
 と篠原は笑います。どんなに笑われても私は人間、という生き物が好きですよ。心から憎い、と思うこともあれ、しかしそれがやはり人という生き物の性なのでしょう。
 愛し、憎むということが。
 せめて身近な人を憎まずにいられるよう、己の心の健康を保ちたいものですね。




モドル