「それで、ねぇ、何なんだよ」

 部屋に入ってすぐ、コウはベッドに飛び乗った。
 無防備にベッドのスプリングと戯れながら、コウは真っ直ぐな瞳をガトーに向ける。見上げる瞳がガトーを射抜く。

「ガトー?」
 何処に座る事もなく自分をただ身詰めているガトーを不思議に思い、コウは小さく首を傾げる。

「ガトーってば」
 呼んでも今一つ反応がない。焦れて、コウはガトーの腕を引っ張った。
「どうしたんだよ。ねぇ、教えてくれるって言ったのに」

「…………その、一つ尋ねるが…………」
 ガトーは自分のあまりの声の固さに、微かに顔を歪めた。
「何?」

「その……ニナとは……何処まで…………」
「えっ……ええ!?…………そんな……ガトーに何の関係があるんだよ!」
 コウは耳まで紅く染まった。
「ニナとまぐわったのかと聞いている」

「……まぐわる、って何?」

 ガトーの言葉はいつもコウには難し過ぎた。
 ガトーも、赤面しつつ、どう答えたものかと思案する。

 「寝る」も「抱く」も、この様子では通じまい。一体何歳の子供を相手にしているのかと、ガトーは微かなもの悲しさを覚えた。

「……………………子供が出来る様な行為をした事があるか、という事を聞いているんだ」
「なっ……そんな……おっ、俺…………ニナと、結婚、なんて……考えてないし……」

 そんなコウの反応に全てを悟る。

 まさか、と言うかやはりと言うか。
 ガトーはひどい罪悪感を覚えた。しかし、それと同時にコウの純粋さを穢したい衝動にも駆られる。

 新雪の上に一歩踏み出す時の様な、不可思議な昂揚感がガトーを包む。
「コウ……」

 がらりとガトーの雰囲気が変わる。コウはそれに気付き、微かに身体を竦ませた。こういう時ばかり妙に賢(さと)い。
「……何?」
「……お前が何も分かっていない事はよく分かった。しかし……」

 腕を伸ばし、コウを抱き寄せる。
 突然の事で呆然としているのをいい事に、唇を押し付けるようにして深く重ね合わせる。
「っ……ん……」

 暫くして、漸く微かな抵抗を見せ始めたが、ガトーはそれを難なく制した。腕を抱き込み、舌を細やかに蠢かせる。
「ガ……トっ……ぁ」
 角度を変える隙に抗議の声を上げるが、それはひどく甘く、ただガトーの性感を煽る。頼り無げにガトーの服の端を掴む仕草が尚更ガトーを熱くした。
 少年じみた甘く高い声に、形だけは成熟した男の身体。そのギャップがどうしようもなくそそる。
 絡んだ舌を軽く吸う度、コウの身体は弱々しく跳ねた。アムロにも、流石にここまでの事はされていない。

 この刺激が何なのかさえよく理解できないまま、コウの身体からはどんどん力が抜けていく。それが怖くて、コウはガトーに擦り寄る仕草を見せた。縋る指に力が込められる。
 腰に落ちて澱む熱。それさえも何なのだか分からず、未知のものに対する恐怖が浮かぶ。僅かな好奇心より勝るそれは、コウを萎縮させて行った。

「うぅ……ふ…………や、ガと……ォ……」
 次に離れた瞬間を狙い、コウは顔を背けた。
「……逃げるな、と言ったのはお前の方だろう」
 低く。甘く艶を含んだ声で囁く。そのついでと言わんばかりに、耳朶を唇で挟む。コウの身体はたったそれだけの刺激にも過剰に反応を返した。

「あっ、あ、や……ガトー、やめろよ……」
 恐怖に耐えきれず、ぽろぽろと大粒の涙が溢れる。
「……泣くな」
 親指の腹でコウの目元を拭ってやる。
「だって……」
「男がそう簡単に泣くものではない」
 言われて泣き言をぐっと呑み込み、コウは口をへの字に曲げた。

「ガトー、ずるい」
「何故だ」
「ガトーに、男とは、とか、軍人とは、とか言われたら、俺……何も返せないじゃないか」
 口を曲げたまま、潤んだ瞳でキッとガトーを睨む。

 ああ、やっぱり泣き顔には耐えられないな、と思いつつ、ガトーは静かに見詰め返す。
「俺はガトーみたいになりたいけど……でも、じゃあ、今の俺の気持ちとか、そういう事をどうすればいいのかなんて、まだ分からないから……少し待ってよ。ちゃんと、自分でどうすればいいのか見つけるから。だから、待ってて……」
「分かっている。お前が未熟な事は。雛は自ら殻を破って外界へと出るものだ。だが……今、お前は……何故泣いた?」
 それだけはどうしても分からない。言葉を選ぶガトーの優しさを汲んで、コウは微かに口元を緩めた。

「……よく分からないけど……ううん。よく分からないから、怖かったんだ」
「怖い? 何がだ」
「怖いよ。分からないけど、どうしてか、身体は熱くなるし、力入らないし、びくびくするし、頭はぼーっとするし……自分がどうなっちゃうのか全然分からなくて……怖かった」
 俯いて肩を震わせている。まだ微かに怯えている様だった。

「…………厭だったわけではないんだな?」
 ガトーの問いに、コウは勢いよく顔を上げた。そして、とんでもないとばかりに首を振る。

「そんな!! 厭なんかじゃないよ! こうしてガトーと一緒にいられて、ガトーが触ってくれて……嬉しいんだ。怖いのも、ガトーじゃなくて、自分だから……だから…………」
 それでもコウには自分の気持ちをどうガトーに伝えればよいのか分からなかった。焦れてガトーの腕から抜け、しっかりと抱き付き直す。

「慣れるまで……さっきのキス、して……」

 羞恥に耐えかねて、呟きに似た音量になる。それでも、ガトーの耳にはしっかりと届いた。

 しかし。

 ガトーにとっては蛇の生殺しも同然だった。
 ガトーとしては、先程のは当然その先の行為への導入としての口付けである。
 口付けの最中の甘い声や涙ぐんだ瞳に、どうしようもなく欲情してしまっている。しかし、そこで擦り切れて失われてしまう様な、柔な理性も持ち合わせていない。

 ガトーは要求通り口付けに応えながら、心の中で大きな溜息を吐いた。
 これでは、本懐を遂げるまで一体何年掛かる事か計り知れない。
 どれほど口付けを繰り返しても、コウの震えは一向に収まらなかった。

「まだ怖いか?」
 ガトーの問いに、コウは熱に潤んだ瞳を上げ、弱々しく、けれどもにっこりと微笑んだ。
「ううん……多分、平気」
「多分、とは?」
「怖いより…………何だか……熱くて……」
 発熱した時の様に身体が熱くて力が入らない。頭もぼんやりと霞がかかっている。

 ガトーから見れば多少黄色がかっているものの、ほどよく日に焼けた肌が艶かしく微紅を刷いている。
 身体の内に灯った炎や、それに伴う熱の意味も分からないまま、コウはガトーにしがみついた。
 そこそこの体格をしているくせに、微かに震えている様は小動物を思わせる。

 ガトーは落ち着かせようとコウの頭を撫でた。
 その程度の行動で到底治まりがつくものではないということは分かっている。しかし、さすがに自慰を知らぬとまでは思えないにしても、コウをこれ以上怯えさせるのは本意ではない。

 しかし。

「ガトー」
 心なしか声が掠れている。震えを無理に押し止めて、コウはガトーを見詰めた。

 黒目がちの澄んだ瞳がいつも以上にきらきらとしているのは、熱によって浮かぶ生理的な涙の所為だろうか。ガトーはそれを、この上もなく美しいと感じた。
「いいから、ガトー……頭なんて……撫でなくて…………」
 欲望と呼ぶには穢れを知らぬ、けれどもそれと同種の熱がコウを昂ぶらせている。
 ガトーは、それに流されそうになる自分をはっきりと自覚した。
 ぎりぎりのところで踏みとどまり続けている理性はじりじりと擦り減り、悲鳴を上げていた。

「コウ……」
 声が半ば裏返る。
 女を抱いたことはある。男も……ないわけではない。しかし、コウが相手では、あまりに勝手が違い過ぎた。
「何で……こんなに熱いのかな…………」
 戸惑いを隠しきれない様がどうしようもなく愛おしい。

「ごめん、ガトー…………俺……その…………」
 蟠る熱を持て余し、微かに腰が揺らぐ。

 ガトーは覚悟を決めた。
 どのみち、このままではコウも辛いだけだろう。そして、何より自分もかなり、辛い。

 そっとコウの股間に手を伸ばす。

「なっ、何!? ガトー!!」

「大人しくしていろ。……どのみちこのままでは辛いだろう」
「やっ……やめろよ! ガトー、嫌だっ!」
 ズボンを押し上げている熱い固まりをやんわりと手で覆う。
 指を軽く滑らせただけで、コウの身体は新鮮な魚の様に跳ねた。

 コウは力一杯ガトーを押しのけようと藻掻いた。しかし、ガトーはそれを軽く受け流す。たいして身体に力が入らない状態のコウでは、歴然とした違いを見せつけるガトーの体躯にかなう筈もなかった。
「離せよ、ガトー……」
 当然ながら、正常な発育を見せているコウが自分で慰めたこともない、という筈もない。
 しかし、他人の手でもたらされる初めての感覚に、コウは先ほどのキス以上に怯えた。
「…………ぁっ……や、恐いよ……」
「大丈夫だ。自分でここを……」
 掌でそこを包み込む。
「こうしたことくらい、あるだろう?」
 親指の腹で先端を捏ねる。直接的な刺激が背筋を駆け抜け、コウは反射的に、縋るガトーの背に爪を立てた。
「あ……あるけど……でも……」
「同じ事だ。自分でするのも、されるのも」
「違うよ! 全然……違う……」
 呼吸が上がっている。
 ガトーのスウェットを引っ掻き、握り締める。

 口付けなどとは比べものにならないスピードでコウは昂ぶった。
「離せったら……ガトー……」
 手を蠢かせる度、引き攣る様に腕の中の身体が震える。
 長引かせるのも気の毒に思えて、ガトーはコウのズボンのホックを外し、ファスナーを下げた。

「ちょっ、な、何!? ガトー、やだ! 離せよ!!」
 予期せぬガトーの行動にコウはパニックを起こし、闇雲に暴れた。

 さすがに、これにはガトーも閉口し手を離す。力の差も歴然とは言え、コウも非力だというわけではない。比較的力はある方である。ひよっことはいえ軍人としての訓練は受けてきている、鍛えられた身体なのだ。

 可愛らしい仕草や雰囲気に惑わされて、その事を失念していた。

 さすがに強い抵抗に閉口し、腕ごとコウを強く抱き締める。
 丁度口元に来たコウの耳に、低く囁きを注ぎ込む。

「お前は……これを、一人で慰めるとでも言いたいのか?」

 声の低さと孕んだ熱に、コウは身を震わせた。
 しかし、ガトーの言っている意味は掴みきれない。当然ながら、熱く猛ったものは自分で鎮めるのがコウの中の道理である。
「何で…………? だって……」
「私は、お前と繋がりたい。ただそれだけだ」

「………………繋がる、って?」

 怯えた瞳をガトーに向け、小さく首を傾げる。ガトーの抱き締める腕が強すぎて、藻掻いても逃れられない。
 ガトーは勢いに任せ、抱き締めたまま手をコウの形良く引き締まった双丘へと這わせた。

「やっ……」
「ここに、私を受け入れて欲しい」
「ここ……って、どこ?」
「…………ここ、だ」
 ファスナーなどを開けているおかげで、ズボンの縁から中へと手を滑り込ませる事は容易い。
「厭だ、ガトー!」
「傷が付くぞ。大人しくしていろ」
 狭間を指が彷徨う。指先が、ちょっとした窪みに引っかかった。潤いもないそこに、少し強く指先を押し当てる。
「……痛い……」
「ここに、受け入るんだ。分かるか?」

「…………何を?」

 瞳いっぱいに涙が溜まっている。混乱しすぎて、頭がパンクしそうだった。

 しかし、ガトーはガトーで、まさかこの期に及んでコウにそんな事を尋ねられるとは思ってもみなかったらしく、強い戸惑いを隠しきれないでいた。

「あー……コウ。どうすれば子供が出来るかは、知っているだろうな?」

「馬鹿にするなよ。…………中学で習った」

 拗ねながらの返答に、ガトーは全てを悟る。要するに、学校の性教育で習う以上の知識を、コウは持ち合わせていないのだろう。
「男女の身体の構造上の違いはあれど、行為自体はまぁ……似たようなものだ」

「…………………………………………ガトー、俺と……セックスしたいのか?」

 やっとそこに思い至ってくれたかと、ガトーは内心胸を撫で下ろした。
「でも、俺、男だぞ?」
「男同士でも可能だ。そして私は、お前が欲しい」
 手練手管など知らない。ガトーはただ真っ直ぐにコウを見詰めた。情欲と、それを上回る優しさとが同居した深く淡い紫色が、コウを絡め取る。
「子供とか、出来ないよ?」
 不安そうに発せられる声音。しかし、全く見当外れな問いに、ガトーは顔を歪ませるようにして苦笑した。
「お前がいればいい」
「…………本当?」

「…………お前は……その…………私では厭か?」

 ガトーの瞳が不安に揺れる。
 その初めての様子に、コウは小さく笑った。
「ガトーでも不安になる事ってあるんだ」
「……当然だ」
「俺はガトーが好きだよ。だから、厭じゃない。でも、身体がどんな風になるのか、俺には全然分からないから……ちょっと怖い」
 コウは再びガトーに腕を回し、抱き付いた。
「でも……ガトーだからいいよ。もう……暴れない。頑張るから。どういう事するのかは、何となくだけど分かったから」
「コ、コウ!?」
 するりと、コウの片手が伸び、ガトーの股間を捉える。
「さっき、変な事聞いたよな、俺。…………これ? これが、入るのか…………」
 ガトー自身の熱にぴくりと触れる手が震える。初めて触れる他人の欲望に、コウの顔が耳まで赤く染まる。
「……………………ガトーの、大きい…………」
 今まで人と比べたことなどなかったが、手に触れるものの確かな質量に、コウの自尊心は僅かに傷付いた。
 かといって、コウが小さい、だとか、そう言う意味でもなく、ガトーがただ単に規格外なのだが。

「……こんな大きいの、本当に入るのか?」
 少々憮然とした顔をしてガトーを見上げる。ガトーはコウを安心させるべく、極力穏やかに口を開いた。
「しっかりと慣らせば大丈夫だ。何も、性急にとは言っていない。ただ痛んだり、苦しかったりするのでは意味がない」
「でも、だったら、今ガトーはこれをどうするんだよ。このままじゃ…………辛い、よな?」
 ガトーを見詰めて、小さく首を傾げる。その様が余りに小動物じみて可愛らしいもので、ガトーはついコウの頭を撫でた。
「どうとでもなる。それよりお前も……苦しかろう」
「だけど……」
「……もう、暴れないと誓ったな?」
「う、うん…………っぁ、や、ガトー!」
 押し退けそうになる腕を押さえ、それでも不安なのか、ガトーにしっかりと縋り付く。

 ガトーの手がトランクスの中にまで入り込み、熱り立った雄の証をやんわりと掴んだ。

「いきたければいけばいい」
「で……でも…………下着、汚れちゃうよ……」
 尤もなコウの台詞に、ガトーは慌てることなく応じた。慌てたのはコウだ。
 ボタンもファスナーも外された状態では、抗う事も容易ではない。いとも簡単に足から引き抜かれてしまう。
「これで問題なかろう」
「うん……」
「……上も脱ぐか?」
「え?……………………うん。でも……ガトーも脱げよ」
 自分一人では恥ずかしいと、ガトーの服を引っ張る。
「分かっている」
 ガトーの返答を聞いて、コウは上着とアンダーシャツを脱ぎ捨てた。
 乱れて顔に髪がかかる。それを払おうと首を振る仕草が子供っぽい。

 ガトーは苦笑を洩らしてそれを眺めた後、自らも服を脱ぎ捨てて全裸になった。

「…………すっげぇ…………」

 思わず感嘆を洩らす。それ程に、ガトーの体躯は素晴らしかった。
「俺も鍛えたらこんなになれるかな……」
 指先で胸や腹の筋肉の割れ目を辿る。美しく隆起した筋肉に、掌を当てて触れる。
 コウにその気がなくとも、その仕草や触れ方は、十分にガトーを誘った。

「よせ」

 思わず声が低くなる。コウはぴくりと手を止め、恐る恐る上目遣いで伺った。その様に、ガトーは慌てて首を振る。誤解されたことを感じていた。
「……その、怒っている訳ではない。……が、抑えが効かなくなるからやめろ」
「抑えって?」
「………………………………お前を…………組み伏せて、傷つけそうになる」

「…………やっぱりガトー、俺のこと嫌い?」

「馬鹿な!!」
 何故そういう発想に行き着くのか。ガトーは頭痛を覚えた。
「だって、傷つけそうになる、って」
「違う。そういう意味ではない。お前を全て……」
 言いかけて口を噤み、片手で顔を覆う。顔色は変わっていないが、耳だけがやけに紅かった。
「俺をどうするんだよ」
 雄そのものの衝動。ガトーの猛った証がふるりと震える。
 恐らく愛しく想いながらも組み敷きたくなるのは、喰らい尽くしたくなるのは、雄としての本能なのだろう。

「……お前を全て、私にくれ」

 喉が焼け付く様に渇き、声が掠れる。これほど緊張したことが、他にあっただろうか。

「…………貰ってどうするんだ?」

 何処まで説明しなくてはならないのだろう。ガトーは酷くなる頭痛に、こめかみを押さえた。

「俺、何にもできないよ」
「何もしなくていい」
「じゃあ、何で俺が欲しいの?」
 これだから天然は困るのだ。自分の吐いた台詞の凄まじさにさえ気づいていない。
 気を取り直し、コウをゆっくり横たえる。
「……何?」
「もう何も考えるな」
「な……っん……ぁ」
 それでもまだ何かを言おうとした口を口で塞ぎ、引き締まった身体に手を這わせた。


作 蒼下 綸

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