・フリージャーナリストA氏の話〜第二次大戦中の防疫部隊N班の生体実験 その2

マスター:トウショウ・・・?
A氏  :凍傷。酷寒の大陸において兵士の被る傷害の一つだ。これに対する予防や治療法の研究の一環としてこれは行われたと思われる。当時撮影されたフィルムは残っていないが、この実験を絵にした、墨のデッサンに彩色されたものが残されているんだ。
 零下四十度の酷寒の中、マルタの手足をむき出しにして冷水にひたし、そのまま外気にさらすとすみやかに凍傷が発生する。「マルタ」の露出された皮膚ははじめ白く貧血し、血液の鬱滞から紫蘭色に変色し、腫脹した皮膚に水疱を生じ、それがやぶれてただれとなり、さらにどす黒くなって組織が死滅するに至る。冷水に濡れた皮膚が酷寒に露出されて、第一度から第三度の完全凍傷に至るまでの段階をきわめて短時間に通過する。隊員は、完全凍傷になったかどうかを確かめるために、「マルタ」の手足を角材で殴った。角材で打たれて「痛い」うちはまだ完全凍傷に至っていない証拠というわけだ。第三度の凍傷はえそ壊疽性凍傷であり、患部が壊疽となり組織が完全に死滅する。皮膚は暗色の色調を帯びて、境界部から脱落する。露出した「マルタ」の皮膚が凍傷に冒されたのを確かめた上で、今度は「マルタ」の「治療」に移る。
 少しずつぬるま湯の温度を上げながら、そこに凍傷に冒されたマルタの手足を浸す。いきなり十五度ぐらいの湯に浸した場合、「マルタ」の手足はどうなるか、同じ温度で、第一度から第三度までを比較した場合・・・など、様々な角度から徹底的に実験がされた。
 完全凍傷となったマルタの四肢をいきなり熱い湯につけるとその部分の組織全体がぽろりと崩れ落ちてしまう。肉が落ちて白い骨がむき出しになるのだから、後は四肢を切断する以外に「マルタ」の命を救う方法はなかった。指関節から先が脱落した絵、くるぶしから先が脱落した絵、足首から股にかけて白い骨が露出した絵・・・まさに残酷オンパレードだね。しかもこうした生体実験は、年齢差を調べるため、生後三日目の赤ん坊から始まって、一ヶ月目、六ヶ月目、七歳から十四歳の子供に対して行ったことが、記録に残されているんだ。
マスター:・・・・・・。
A氏  :我々が趣味で考える残虐行為など、軽く越えるのが戦争の狂気というやつだ。もうひとつ、これはマルタでも何でもない、町を歩いていた中国人少年に対して行われた生体解剖を紹介しておこう。終戦時の一九四五年。この施設の「解剖室」で、千体以上の生体解剖が行われたという証言がある。この少年も、その一人だ。
 一九四三年のある日、解剖室に一人の少年が連れてこられた。彼は「マルタ」ではなく、どこかから誘拐してきたのではないかということであったが、正確なところはわからない。少年は観念したように解剖室のすみにじっとうずくまっていた。隊員の一人が、少年に台の上に上がるように命じた。上半身裸にさせられた少年は、命ぜられた通り台の上に身を横たえた。中国人少年はこれから自分の身の上におこるべきことを理解していなかった。下穿きを脱がせると、少年の性器にはほとんど陰毛がなかった。性器の形やその周辺部位から見て、少年の年齢は十二、三歳と推定された。仰向けに寝た少年の口と鼻にクロロホルムを浸した脱脂綿が押し当てられた。全身に麻酔が回ったころ、少年の体がアルコールで拭き清められた。
 隊員の一人がメスを握り、少年の体に覆い被さる。胸郭に沿ってY字にメスが入る。コッヘル鉗子で止血された皮膚に血玉がプツプツとわき出て白い脂肪が露出した。
 「少年はマルタやない・・・子供やさかいに別に抗日運動をやったわけでもない。それをバラしたのは、健康な少年男子の臓器が欲しかったためと後でわかった。少年はそれだけのために生きたまま腑分けにされたんや・・・」
 後にこの解剖場面を回想した元隊員の言葉さ。眠っている少年の体内から腸、膵臓、肝臓、腎臓、胃袋と手際よく各種の内臓が取り出され、計量された後バケツに投げ込まれた。計量器に乗せられた各臓器は、まだ蠕動を続けているために計量器の針が振れて、読みとるのに苦労したという。バケツの中に放り込まれた臓器は、直ちにホルマリン液の入ったガラス容器に移され、ふたををされた。
 「人間の活け作り」だ。胃袋を取り、肺を切除した後は、少年の頭だけが残った。いが栗坊主の小さな頭。それを台に固定し、耳から鼻にかけて横にメスを入れる。頭皮が切り落とされた後、鋸が入れられ、頭蓋骨が三角形に剥ぎ取られた。脳が露出したところで、隊員が柔らかな保護膜に手を入れ、豆腐でも取り出すように少年の脳を取り出した。それを手早くホルマリン容器に移す。台の上には少年の四肢と空洞になった身体の形骸だけが残された。解剖は終わった。
 少年の強制された死に一掬の感傷も寄せられなかった。おそらく思春期の門口に佇んでいたであろうこの少年の名は、多数の「マルタ」同様いまだにわからない。少年は生きながら解剖されている事実を知る由もなかった。少年に強制されたわずかなまどろみの間に、すべては終わっていたのさ。