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フリージャーナリストA氏の話〜第二次大戦中の防疫部隊N班の生体実験 その1

A氏  :戦争中の狂気の典型例としては、ナチスのホロコーストが第一番に思い浮かぶよね。収容所に送り込んで、ガス室で処刑。時には生体実験。人間の皮で作ったスタンドカバーなんてのもあったかね。ああした蛮行の実行者であった人間には、単に感覚が麻痺したとか、そういう場合もあったろうが、平時には眠っていた性的サディズムを呼び起こされた人間も数多くいたに違いないと俺は確信するね。平時には犯罪者となる素質が、国家に忠実なる人間によって表面化させられるんだ。
マスター:大量殺人者がヒーローですからね。
A氏  :そうともさ。日本人も例外ではない。ナチスのホロコーストに量的には及ばないとしても、質的な残虐性においては同等、もしくはナチスをも上回るような残虐行為が日本軍によっても現実に行われている。
マスター:南京大虐殺とか・・・
A氏  :そうさね。だが何人殺したとかいう話には俺にはあまり興味がない。どのような行為が行われたのかさ。これが、金銭抜きで俺が調べたい対象なのさ。中国大陸に基地をおいていた日本軍防疫部隊N班・・・彼らの行為こそ俺の趣味にピッタリだね・・・。この隊を構想しリーダーシップをとったIには、俺は敬意すら感じるほどさ。
マスター:防疫部隊・・・
A氏  :細菌兵器の開発、あるいは対細菌兵器の対策が大きな柱だったろう。だがそこではありとあらゆる生体実験が行われた。現実にこの部隊の実験の成果は、戦後の医学的な進歩にひとかたならず寄与したという意見もある。それをもってこの部隊の犯罪性を軽く見ようとする意見を大まじめに述べる輩が存在するのはお笑いぐさだ。もう死亡したが、とある有名な外科手術の権威、この部隊でたっぷりと生体解剖の経験を積んだおかげだったというから驚きだ。いかに手術の名手でも、そんなやつに体を治してもらうなんてゾッとする話だね。カエルの解剖と人間の生体解剖を一緒にしてもらっては困る。
 その部隊には数百名にも及ぶ捕虜などが送り込まれた。戦闘員だけではなかったようだね。大半は中国人だが、欧米人もいたらしい。彼らは、この収容所に送られた瞬間から、「マルタ」と呼ばれ、ナンバーを振られた。生体実験の「材料」だから「マルタ」なのかね。
マスター:人間ではなく、マルタ。
A氏  :そうだね。まさに彼らは実験材料としてのみ生きることを許された。チフス菌や、赤痢菌を注射されたり、飲用させられ、発病から死に至るまで、克明に記録されることになった。中には、医学的意味が不明確な実験も含まれている。血管に空気を注射する。空気栓塞を起こして死亡することはわかりきっているはずなんだがね。また、密閉したガラス張りの部屋に閉じこめ、部屋の空気をどんどん抜いて行くなんて実験も行われた。マルタは酸欠に苦しみ、悶絶し、やがて目玉がみるみる飛びだしてくる。やがて体の穴という穴から、内臓がせり出そうとするのだという。まあ、そんな実験を考え出したやつもやつだが、見ている方の神経もどうにかならない方が不思議だね。それにこの実験に何の得る物があるのかさっぱり分からない。
 マルタの中にはなかなかの美童もいたらしい。そういうのはやはり惜しまれて、死ぬ順番は後回しになったらしいが、いつかは実験の具にされるんだ。どんな気持ちで収容所の日々を過ごしていたことか・・・自分の番号が呼ばれたときの気持ちってどんな物だろうかね。少しでも痛みや苦しみの少ない死を望んだだろうが・・・たいていのマルタは、実験を前にじたばたすることはなかったというよ。自己保存の本能が鈍麻してしまうのか、あるいは苦しみが増えるだけと諦めていたのか・・・我々に知るすべはないね。

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