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[マスター]:……かつては日本も似たり寄ったりでしたかね。それにしてもお詳しいですね。向こうで暮らしている方が長いということでしたが、お仕事は何を?
[F氏]:僕は写真屋です。一般には写真家というのだろうが、何となく偉そうな気がして自称写真屋なのです。もともと東南アジアよりはアフリカ大陸、中東に行き来して、誰も踏み込まないような危険な場所に入り、誰も撮れないような写真を撮る。それをメジャーな通信社に売りつけます。大きな通信社が全部自前で報道写真を手に入れているのではないことは明らかですよね。決して名前の出ないところで、僕は命がけで写真を撮るのです。
時には、メジャーな通信社ではなく、ある種の政治団体に売ることもある。彼らがネットにスキャンダラスな映像を流して世論をある方向に導こうとする、そのネタを提供するわけです。自分の撮った写真や映像や音声が、社会を揺るがすのはちょっとした快感ですよ。
[マスター]:しかし、命懸けですね。
[F氏]:安全圏で書類作りをしている人間が「自己責任」とか言い出すのも片腹痛いですね。自分が交換はいくらでもきく、ありきたりの部品の一つにしか過ぎないことすらわかっていない。
僕は……最近、そういった自覚もなくなりかけていますが、このような仕事を、生き方を選んだ理由は、やはり「死に急ぐ自分」がそこにいたからでしょう。
[マスター]:死に急ぐ自分……
[F氏]:人には決して公にできないような趣味嗜好を持って生まれた自分を、この世から消し去りたいと一度も思ったことがない人間の方が、ひょっとしたら少ないかもしれないじゃないですか。
僕は、世界を旅し、あえてアンダーグラウンドに深く潜入し、生命を危険に晒し、多くの人間の業の深い生き方や、純粋なる美しいものがはかなく消えていく様を目撃し、むしろ生きようと思ったのです。カルマは、限られた我々だけが抱いているものではなく、全ての人間が抱えているもの。それを持たないものは、虐げられはかなく消えてゆく無力な者たちだけではないのか。むしろ光の当たるところで生き続ける限り、人間は誰もが汚れた業を抱いていかざるを得ないのではないかと。
[マスター]:人間は、誰もが……
[F氏]:十年余り、僕は、一仕事終えては東南アジアなどで少年を買い、かせいだ金をばらまいて、日本に帰ってしばらく過ごす生活を繰り返してきました。
日本に帰る日数が減ったのには理由があります。ペットを飼い始めたからだ。ずっと一人で生きてきた僕が、ペットをね。日本人の金持ちのご婦人も、ペットを家族同然に扱う人が多いそうじゃないですか(笑)。ホテル暮らしの日本に、僕の拠点はないし、しかも、そのペットは日本に持ち帰ることが極めて難しかった。東南アジアのC国に、主として西洋人が「別荘」を持っているある区画がある。この世に絶対はないが、今はここは治外法権です。外国人の金持ちにとっては、ですがね。東洋人の僕は珍しい存在だが、世界を股にかけて仕事をしてきたからこそのアンダーグラウンドの人脈もある。我々が結託してC国の警察を飼い慣らしている間は、何をしても許されるのだ。
[マスター]:もしかすると、そのペットというのは……
[F氏]:ご想像の通り、人間の男の子です。戸籍も何もないが、本人と売り手の言葉を信用するとして、一応、今十一歳になったばかりだ。
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