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第5話
‘兄’が行方不明になって、もう二ヶ月になる。
半狂乱だった母も、最近ではすっかり口を噤んでしまった。父はいない。いわゆる母子家庭っていうやつ。‘兄’がいなくなったから、今は‘母’と二人きり。
‘ボク’は、佑二、小五。‘兄’は圭一っていう。中一で、私立の中学校に通っていた。勉強ができるんだ。剣道も強かった。何でも、‘ボク’より、上。あこがれてたんだ。いつかまでは、確かに。‘兄’も‘ボク’のこと‘かわいがって’くれてたし。
‘ボク’は、もう外も真っ暗なのに、電気もつけずにテーブルにつっぷしたままの‘母’に「行ってきます」も言わないで、外に出た。
たぶん、‘ボク’は、
「大丈夫、きっと帰ってくるよ」とか言うべきなのだろう。
言わないけどね。もう帰らないこと、知ってるし。
そろそろ夏が終わる。半ズボンの素足に、夜風は気持ちがいい。
‘ボク’の家は港にけっこう近い。だからなのかどうか、倉庫がいっぱい集まって、人気のない区画が、家から歩いて十分ぐらいのところにあるんだ。
よくわからないけど、最近日本は不景気らしい。でも‘ボク’が覚えている限り、小さな頃から景気がいいなんて話は聞いたこともないけど。
そのせいか、せっかく作った倉庫街に、使われていない建物がけっこうある。壊すお金もないのか、ほったらかしで、錆び付いて、腐った水の臭いがする。‘悪い’中学生が、タバコとか酒とかアンパンやる場所にしてるところもけっこうあるんだけど、‘大人たち’は何とかしようという気もないみたい。
‘ボク’は、そんな中の一つ、半地下の冷凍倉庫に繋がっている、もともと宅配便か何かの事務室だったらしい建物の、錆び付いたドアに、勝手に錠前をつけて自分の‘ヒミツキチ’にしていた。
今、そこを目指してひび割れたアスファルトの上を歩いている。その足音と、虫の声、遠くに車の行き交う音が聞こえる。
錠前に鍵を差し、外して、錆び付いたドアを開ける。暗がりに、すすり泣くような息づかいが聞こえた。
‘ボク’は、懐中電灯の光を、その息づかいの方に向ける。
‘兄’は力のない目で、眩しそうに懐中電灯の光を避け、後ろ手でドアを閉める‘ボク’を見上げている。
髪は三日前切ってあげたけど、やっぱり‘ボク’じゃへたくそだから、以前みたいなかっこよさはない。もうちょっと、きれいなままでいてほしい。だから、昨日は体を拭いてあげた。だから、体はきれい。
‘兄’は、全裸で、部屋の隅に座り込んでいる。正確には、‘ボク’が後ろ手に手錠をかけて、放置されてた事務デスクに、チェーンで繋いでるから、そこから動こうにも動けないんだけど。
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