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第6話

 ‘ボク’が一番好きだった‘兄’は、やっぱり剣道着を着ているときの‘兄’だったと思う。サムライみたいで、かっこよかった。今はいない父も、剣道が強かったって。警察官だったらしい。
 ‘ボク’は父のことを覚えていない。‘ボク’が二歳か三歳の頃いなくなったから。‘兄’は、父のことを覚えてたみたいだ。顔とか、声とか、‘優しさ’とかね。病気で死んだって言われて、‘ボク’は疑いもしなかったけど、いつからか、なんとなくわかってた。父が、‘母’や‘兄’や‘ボク’を捨てて、どこかへ行ってしまったってことが。その頃五歳くらいだった‘兄’は、父が病気で死んだならそうとわかってるはずだ。急にいなくなった父の事を‘母’にしつこく訊いたに違いない。そして、‘母’も、いつまでも誤魔化しきれないって、どこかで覚悟を決めたに違いない。‘母’は‘兄’のことを、信頼してた。気まぐれで、わがままで、女の子みたいによく泣いた‘ボク’よりも。ううん、信頼してたって言う言い方じゃ足りない。‘兄’が小学校の高学年くらいになった頃には、‘頼りにしてた’と思う。父がいないから、父の代わりに。‘母’は、‘兄’が大きくなるに従って、父に似てきたってよく言ってた。だからきっと、‘兄’には本当のことを話していたんだ。父は他の女の人とどこかに消えちゃったってね。もちろん‘兄’も‘ボク’にそんなことは言わない。けど、一緒に暮らしてる三人家族の二人が知ってることだもん。いつの間にか‘ボク’にもわかってた。本当のことが。

 ‘母’には、いなくなった父のことが、いなくなったから余計に格好良く思えるみたいだった。そして、戻ってこない父の代わりに、‘兄’に剣道を習わせて、‘兄’を励まして、ほめて、応援して、父の代わりの宝物にしていた。別に‘ボク’は無視されたりいじめられたりはしていない。でも、‘母’にとっての‘兄’の役割は‘ボク’にはとても果たせない。いや、「父の代わり」って言った方がいいのか。それは無理だって‘ボク’にもわかってたし、第一そんな役目はいらなかった。それより、‘ボク’にだって父はいないんだ。‘ボク’にも、‘兄’は大切で、かけがえがなくて、あこがれで、大好きだったんだ。

 ‘ボク’と‘兄’との間には、‘母’も知らない秘密がたくさんある。‘兄’は‘母’のもんじゃない。‘ボク’のものなんだ。
 ‘兄’が‘ボク’にはじめてオナニーを教えてくれたのは、‘兄’が小五で、‘ボク’が小三のときだった。あれは、夏休みだった。‘ボク’と‘兄’は同じ部屋で、二段ベッドで寝てた。机は‘兄’が窓側に、‘ボク’は入り口に近い壁側に置いてた。
 「ユウはオナニーって知ってる? 知ってるわけないか。まだ三年生だもんな。……知りたい?」
 ‘ボク’は興味津々で黙ってうなずいた。‘兄’は、いつでもススんでる。何でも知ってる。
 「俺だけ脱ぐの恥ずかしいな。ユウも脱げ。ズボン脱いで、パンツも下ろしてチンポ出すの」
 ‘ボク’はどきどきした。ヒミツの、いけないことをしてるって感じがしたから。でも、すぐに‘兄’の言う通りにズボンとパンツを下ろした。
 「ユウのは、かわいいな」
 そう言われて、‘ボク’は胸がキュンとした。朝顔のつぼみみたいな小さなちんちんだったもんね。今の‘ボク’が見たら「かわいい」って思うかも。でもその時の‘ボク’は、‘兄’にそう言われて、胸がきゅんとした。
 それから、‘ボク’のをじっと見ながら兄がズボンを下ろした。あの頃、二人とも半ズボンだった。‘ボク’は今でもだけどね。

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