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第8話

 「電話していい?」
 そのメールは健介君からだった。
 「いいよ」
 僕は短いメールを返した。
 すぐに呼び出しの電子音が鳴った。そう言えば携帯換えてから着メロそのままだった。
 「慎太、これから会えない?」
 妙にせっぱ詰まってるみたいだ。恋愛相談なら僕くらいふさわしくない相手はいない。何だろう? 今日は土曜日。一時半か。
 「いいよ、どこでデートする?」
 「そうだな、○○駅裏のゲーセン、わかる?」
 からかったつもりなのにスルーされてしまった。というより、健介君にはあまり余裕がないらしい。
 「僕のうち、おいでよ。近いよ」
 「……かまわないなら。ほんとは人目、無い方がいいんだ」
 僕もね、同じ土曜の午後、時間つぶすなら人目無い方がいいんだ。健介君とは考えてること、全然違うっぽいけど。

 うちに一番近いコンビニを教えて、そこから、僕らは二人並んで歩いた。
 「ね、あいつのとこ、行ってる?」
 健介君の言葉は、あたりをはばかる小声だった。二階建ての瓦屋根の家ばかり並ぶ、古い住宅街だ。人通りはほとんどない。
 「そう言えばこのところ、行ってないよ。もう何ヶ月も行ってないかも」
 最近は‘あいつ’に教えられた遊びを、近所の小さい子にちょっとずつ仕込むのに夢中だ。ばれないかのどきどきが、ちょっとたまらない。健介君には絶対内緒だけどね。
 「そう」
 健介君はそれっきり口をつぐんだ。僕の家に着くまで、僕は特に、先をせかしたりはしなかった。っていうか、全く別のことを考えていた。
 僕の出したジュースをほとんど一気に飲み干して、健介君は大きく息を吐いていた。
 「ビールがよかった?」
 「勘弁してくれ」
 「どうしたの? あいつがどうかした? とうとう死んだとか?」
 「実は、そうなんだ」
 僕は自分のジュースを取り落として、あわてて畳を拭くはめになった。
 「一週間前だ。あいつのうちに行ったら、ドアは、鍵かかってなくてさ。いつも通り勝手に入ったら、リビングはテレビつけっぱなしで、あいつはカーペットの上にうつ伏せで、背中に刃物が突き刺さってた」
 健介は僕が畳を拭くのを手伝おうともせず、途中からは大声で、まくしたてた。声が震えていた。
 「そそ、それってさ。ゲンカクとか夢とか、健ちゃんに悪いけど……」
 僕の声も負けず劣らず震えた。
 「それから俺、マンションの下までだけど、次の日も様子見に行った。三日目に警官とパトカーがいっぱい来てるの、確認した。一応、勇気出して聞いたよ。殺人事件だって。部屋の階数もぴったりだ」
 「やばいね……」
 「やばい……。俺があそこにいたって証拠、残ってなければいいけど」
 「ね……あいつに、写真とかビデオ、撮られた?」
 「ビデオはない。写真は、かなりあるよ。どうしよう……」
 健介君は泣き出しそうだ。
 「あいつ健ちゃんの下の名前しか知らないよね」
 「うん」
 「だったらたぶん大丈夫じゃないかな。僕はビデオも撮られたことある。けど歳と下の名前しか言ってないし」
 健介君はうつむいたままだ。
 「健ちゃんがやったわけじゃないんでしょ?」
 「バカ!……なわけないよ!」
 「なら大丈夫だよ。警察はあいつの‘悪さ’を調べるんじゃなくて、殺したやつ探すんだから。やってないのに健ちゃんが犯人扱いされるいわれないでしょ。何人あいつの部屋に出入りしてたと思うの?」
 「そうだけど……」
 「だいたい、バカだよね。あいつは誰も本気で好きになんかならないのに」
 「どういう意味?」
 健介君は不思議そうな顔で僕を見た。やっぱいいな、どきどきする。


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