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僕、僕? あれはお兄ちゃんじゃない。お兄ちゃんはもういない。甘えた目で後ろの‘あいつ’を見上げている男の子。
それでも僕は、声を立てるのをがまんして、息を殺して、飛び散るって言ってもいいくらいの、お兄ちゃんの射精を、見届けた。‘あいつ’はそのあとお兄ちゃんが立とうとするのを、肩を押さえてぐっと腰を、お兄ちゃんの体に押しつけて、お兄ちゃんのお尻の中に出したみたいだ。
ふらふらっとお兄ちゃんが立ち上がるのを見て僕は、さっとベッドルームに入って、ベッドの下にもぐり込んだ。埃だらけになるとは思ったけど、これも、初めてじゃないもん。
シャワーの音が、おさまるまで長かった。エコーのかかった声が少し聞こえていたけど、たぶんお兄ちゃんと‘あいつ’は、一緒にバスルームに入っていたんだ。靴をつっかける音や、ドアの音。よかった、そのまままたゲーム始めるとか、あってもおかしくないし。
僕はベッドの下から這い出して、埃をきれいに払った。それから、リビングにスキップでもするみたいに入っていった。今度は、ドアもわざと音を立てて開けた。
‘あいつ’は、さすがにびっくりしたみたいで、顔が引きつっていた。普通は玄関の音に、気づくはずだからね。
ちょっとだけしゃべった。紅茶でも淹れるかってあいつが言った。僕が淹れるよ、と言ってダイニングに入った。そして、シンクの下から、ナイフを一本選んだ。肩をほぐしてるあいつに、背後から忍び寄って、きゅっと抱きついて、頬ずりするみたいにして、いつものことと何も警戒してないあいつの背中に、ナイフを刺した。
悲鳴ってほどでもない濁った声、そしてあいつが首を捻って後ろの僕を見た。怪物でも見るみたいな目、信じられないほど、大量の汗がおでこで光っている。腰砕けになって逃げるように座り込んだあいつの背中に刺さったナイフを、体重かけて押し込んだ。あの時の感覚を思い出すと僕、体の力が抜けてしまう。
僕は手を洗い、汚れたジャンパーは脱いで丸めて、‘あいつ’の部屋を出た。できるだけ早く、できるだけ遠くにいかなくちゃ、とは、ほとんど何も考えられなかったあの時の僕も、きっと感じていたんだろうと思う。ジャンパーは捨てちゃった。お母さんは忙しすぎて、全然気づかなかったみたいだ。じきにそれどころじゃなくなったってこともあるんだけどね。
なんでこんなことしたかって? 僕にもやった時には、わからなかった。考える前に、やっちゃってた。
たぶん、お兄ちゃんはもういなくなったって、思ったからだ。いや、家に帰れば、いるんだろうけど、それはもう、昨日までのお兄ちゃんじゃない。僕のお兄ちゃんを、どこかにやってしまったのは‘あいつ’だから、こうなっちゃった。そして、僕の‘あいつ’を、どこかにやっちゃったのは、お兄ちゃんだから、僕はお兄ちゃんも
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