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チビ玉とジョージ 2
「ええ!? あのチビに仕事させんのかよ!」
「しばらく置いとくんならそれしかないでしょ。帰るとこあるのあの子?」
細面で軽く金に染めた髪の、スリムなジーンズを穿いたジョージに答えるのは、平たく四角い顔のオープンビアバー「レオン」のママだ。ママといってももちろん男で、黒い、スパンコールのキラキラした服を着てオネエ言葉でしゃべるものの、顔は少々の薄化粧だけで完全に、どちらかといえばいかつい、男だ。四十に届いていないが髪が少なめで額がやや広い。
源ちゃんママという本人が嫌いなやぼったい仇名がついていた。本名は関川源次といい、大工の棟梁のような男そのものの名前なのである。
この街で働くママの中ではわりと話がわかると少年達から思われてるが、営業時間中、客のいるバーでコップを割るとか、チップを一部隠す類をやらかすと、ヤクザめいた野太い声で怒鳴り、少年には相当なヤキが入るらしい。
「あそこにデカイのいるでしょ。露助(※ロシア人の蔑称)だってさ。あの子見かけてオフしたいって」
ジョージはうつむいた。眉の太い、日本人としてはいわゆる濃いめの顔をしている。かつてはボクサーのように引き締まった肉体込みで人気があり、まだ魅力は衰えていないはずだったが、この街暮らしが長く、最近あきられてきてしまっていた。
「……小さすぎるやん。かわいそうやで。英語通じてもあいつが無理やろ。何されるかわからん」
「わたしからよく言っとくわよ」
ママはジョージの方を叩く。当のチビ玉は暗がりのボロソファでうたた寝していた。三日ほど前、ドクター金のOKが出てとりあえず「退院」し、ジョージたちのねぐらに加わっていた。チビ玉は壁際の隅にもたれて眠り、それをガードするように部屋側を向いてジョージが眠った。四、五人の少年がソファやブランケットや座布団で思い思いに雑魚寝する壁のひび割れた六畳ほどの部屋には小窓が一つきりで、いかなる季節もじめじめしていた。客達は決して見ることのない空間である。ジョージはいつの間にかここの少年達の中で年かさになっていた。
「……な、俺と一緒に買わしてえな。そやないとあかんて押してみて」
ママはジョージをひそめた目で見る。ジョージが続けた。
「けっこう気に入ってこだわってんにゃろ? 金持ってたらOKしよるんちゃうん。俺の分全部渡すで」
ママは小さなため息をつく。
「あんたあの子の何なのよ。甘っちょろいこと言ってると長生きできないわよ」
と言いながらも、ママは笑い、チビ玉と反対側の客用ソファで、カクテルを舐めていたロシア人の巨漢の男の方に歩いていく。
英語が通じるようだ。それだとジョージにも交渉ができる。それはだめ、それはOK、それは金上乗せ。ジョージはOKとかNOとか数字、時間だけでなく、ブロークンだが初歩的な英会話ができ、他の子の紹介や客引きを自力でやってピンハネもしている。十七、八歳が多い、自分は売らずにそうしたことを軸にしのぐ兄貴分、ビッグブラザーという立場との境目にいた。
ママが戻ってきた。指はOKサインだ。
「OKよ。あんたもかなり見られてたわよ」
ニヤリとママが笑う。
「ただし朝まで。二人で一万円出すって」
「いちま……」
一晩ではあっても相場の倍か……。人気のある子ならあり得ない金額ではないが、とジョージの胸は高鳴った。
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