稚児狂いの庄屋様〜その1

 時は安政の頃でございましたでしょうか、備前の国の山奥深く、その近隣の山々のいくつかを持つ、栃森と言う分限者の末裔が、山奥の小さな屋敷に、一人で住んでいたのでありました。何世代か前から一族は細りつつあり、四十をいくつか越えたその男だけが、栃森の最後の生き残り、彼には子宝どころか嫁を取る様子もなく、一族が途絶えることはもう、既定のことでありました。
 男が嫁を娶らぬというのも、それは彼の特異な嗜好に原因があったのでございます。彼は無類の稚児狂いでありました。年端もいかぬ男の童に、異常な執着をよせるのでございます。彼が土地を持つ村々の子どもに手をつけるものですから、子を持つ村人はつとに彼を恐れ、彼が村に降りると聞くや、子を家の奥に隠すほどでございました。それでも村人は彼が土地と金と力を持つがゆえに、天災を恐れるがことく彼のことをやりすごしてきたのでした。
 やがて男は村の子どもに悪戯をするほどでは飽きたらず、近隣の町や村から子どもを買い付けて、人里離れた彼の屋敷に囲い、自らの欲望を満たすようになったのであります。彼の屋敷で行われていることを正確に知るものはほとんどいなかったようですが、屋敷を逃げ出した子どもから流れたのか、それとも根も葉もない噂の類であったのか、彼の屋敷でのおぞましい行いは、近隣の村の伝説に刻まれる程に、栃森を知る者を恐れさせたのでございます。
 ある日、数え十三になる男の童がこの男の元に買い取られて来ました。名を虎之祐と申しました。武家の子でしたが父を失い、生活に窮した母の手で売られてきたのでございます。当時、侍階級と云えども豊かな家はごく限られておりました。よほどの名門と云われた武家も、没落の憂き目を見ていることが少なくありませんでした。
 虎之祐はただ黙って、目の前にいる白髪交じりの蓬髪の男を、上目に見ているのでした。人買いが去ったあと、一度だけ頭を下げ、「よろしくお願いします」と申しました。ですが男は、唇の端をやや歪めただけで一言も発せず、少年を見下ろしているのでございます。
 虎之祐は侍髪に結い、高価ではないが清潔な身なりをしておりました。目の前の男と見比べましたならば、見目形、漂う香気、その高貴さは明かでありました。しかし、今や目の前の卑しげな男は主人、自分はその僕となったのでございます。
 男はいろりを挟み虎之祐と差し向かい、酒を酌みながらちろちろと自分のものとなった少年を見下ろしておりました。着物の襟の隙間から垣間見える首筋から柔らかな曲線を帯びたほの白い胸。舌先を杯に差し入れ、離れた場所からそれを味わおうとするのでございます。
 やがて、眼にて犯すのにも飽きたのでございましょう。突然、毛深い腕を差し出し、少年を手招くのでございます。虎之祐ははっとして男を見上げるのですが、男が何を求めているのが寸時にはわかりません。幾度も手招きされ、「これへ」というくぐもった声を聞いてやっと、腰を上げ、恐々、男に近づいていくのでございました。
 男の手招きに従い、少年は彼の横に座ります。男のごわごわとした毛深い手が虎之祐の柔らかな肩に回され、無遠慮に着物の肩口を乱すのでございます。少年の体は引き寄せられ、男の酒と汗の匂いを間近に嗅ぐことになりました。虎之祐は、悪寒と恐怖に体が震えるのを、必死にこらえておりました。
 肩から背中を撫でさする手、そして杯を置いたもう一方の手が、着物の裾から股間に入り、無遠慮に陰部をまさぐるのでございます。虎之祐は驚き、体を固くしました。
 「何をなさいます」
 さすがに、嫌悪感に耐えきれず、股間から猪子のような手を払いのけます。しかし、男はそれに逆に力を得たように、両腕に力を込め、床板にめり込もうかというほど彼の体を押さえつけたのです。

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