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 男が目指すのは、屋敷にほど近く建てられた、紅殻塗りの蔵なのでした。
 錆び付いた南京錠に鍵を差し込みひねると、軋むように観音開きの鉄扉が開き、微かな明かりとほんのりとした暖かみが肌に触れるのでございます。男は、虎之助を下ろし、手を引きました。
 倉の中の片方の壁には、小さな机が置いてあり、太い蝋燭がちろちろと炎の舌を伸ばしております。隣には炭櫃が据えてあり、中には赤黒く炭が憩っておりました。そして、入ってすぐの右手には、大きな箱が据えられております。虎之助の身長に届きそうなくらいの木箱でした。前面は、全て木格子が櫛のように立ってます。
 小さな物音を聞いたような気がして、ふと足元を見たのでした。虎之助は息を飲みます。
 四つ足の獣・・・ではありませぬ。それは紛れもなく人間、虎之助よりもほんの少し年格好が上だけの少年だったのです。彼は四つ足で檻の中に這いつくばり、首には輪と鎖がけられております。全裸の少年には奇妙なことに、尻の上部に茶色い毛の束が、尻尾が生えているのでありました。檻の中の少年が首をこちらに向けますと、また鎖が軽い音を立てます。
 「うぶるるる・・・」
 形容しがたい、犬の呻り声とも、豚の悲鳴とも聞こえるようなその声は、紛れもなくその髪を長く伸ばした、裸の少年から発せられているのです。虎之助は、小さく悲鳴を漏らして後ずさりました。
 「これ、そのように嫌うものではない。考えようによっては、お前の兄にもあたる童であるぞ」
 男が虎之助の肩を押しながら云うのです。
 「これはわしの犬どもと幾度もまぐあわせていたところ、気が触れてしもうてな。うるさく吠え叫ぶので舌を切り取って細工した。聞きようによっては犬の泣き声に聞こえないでもないが・・・もし、お前の舌も切るなら、もう少しうまくやれる自信はあるぞ。見事な犬にしたててあげよう。おやおや、犬は気に入らぬか」
 虎之助は、唇と膝の震えを止めることができませぬ。
 「あの尾は、何でもないことよ。わしの犬からいただいてきて、縫いつけた。なかなかに愛らしいことよ」
 そう言い捨て、男は床の籠燈を拾い、火をつけました。虎之助の手を引き、さらに奥へと進むのございます。籠燈の明かりの先を見て、虎之助は今度こそ膝の力が抜け、へなへなとその場に崩れてしまったのでございます。
 その少年も、虎之助より少しばかり年上のようであります。彼の体は宙に浮いておりました。両腕は高く伸ばされ、天井の滑車から伸びる縄に縛られております。引き延ばされた胴のあばらが浮き出て痛々しくあります。彼は一糸もまとうておらず、晒されたその性器のまわりには、わずかばかりの陰毛が、虎之助の体にはまだない毛が、ちろちろと生えております。
 そして、その体からは大腿から先がなく、足の付け根の部分は黒々とした醜い瘢痕となっているのです。その、足のあった場所が、冷たい土間からすれすれのところで、ゆらり、ゆらりと揺れているのです。
 「あまりに何度も逃げようとしたのでな。足を捩切ってやったのじゃ」
 足の捩切りとは、まず足を曲げ、足首と足の付け根を縄で結び、長い棒をその縄に通して、ギリギリと回すのです。まず、関節がはずれ、肉がちぎれ、完全に足が離断するまでには相当な手間がかかります。普通にやれば、その間の失血で死んでしまうことでしょう。男は傷を焼きながら、丁寧に何日もかけて両足の捩切りをやってのけたのです。その間の執念、少年の絶望と苦痛は、察するに余りあるものでございましょう。
 虎之助は言葉もなくその場にへたり込んで、小水で床を濡らしてしまったのでございます。

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