序章 地獄の門
神坂純也は、車窓を開け、何があるというわけでもない後方ばかりを見ていた。春の風が、砂埃とともに、彼の刈りたてのスポーツ刈りの頭を撫でかすめ、通り過ぎていった。
四月八日。今日は、彼の入学式だった。といっても、彼は今日から、新五年生なのである。
「見えてきたぞ。あれだよ、純。お前が通う学校は」
山道を登るクリーム色のセダン。純也が気乗りしないままに前方に視線を移すと、小高いところに、赤煉瓦の城塞のような建物が見えていた。純也の心情を映してか、それはさながら、刑務所のようにすら感じられたのである。
首都圏から少しはずれた某県。自然の恵み豊かな山林の中に、その学園はひっそりと息づいていた。私立全寮制御堂学園。設立者は大企業「総合商社 御堂」 の幹部であり、そこに通う子弟もまた、同社社員や、関連会社、関係者社員の子息でそのほとんどが占められる。その特殊性としては、小学校五年生からの編入 を基本とし、中、高を合わせて八年間の一貫教育を原則としている点である。男子部と女子部があり、それぞれが完全に隔絶され、独立している。赤い城塞は、 学園を外界から隔てるとともに、同じ学園の男子部と女子部をも、完全に隔絶していた。
純也の父親も「御堂」の社員であり、それ故に、親の意向で五年生から純也もこの学園に入学することになったのである。ごく普通の小学校生活を送っていた 純也にとって、他の子と同じように進級できず、今まで一緒に過ごした級友とも別れて、新しい生活に入るなどということに、気が進むはずはなかった。父親は エリートコースのように云うが、それこそ、まだ五年生になろうとするばかりの純也には、何の興味もないことだった。幼なじみの友達と、サッカーができなく なることの方が、彼には比較にならない痛手だったのだ。学園の内情について、彼はほとんど聞かされていなかったが、「エリートコース」などと聞かされるだ けで、勉強が重荷になりそうで、気が沈む一方だった。
舗装の傷んだつづら折れに入ると、学園は目の前だった。敷地に入ると、豪奢な石畳と芝生が敷かれており、「城壁」を目の前にすれば、それは三階建ての建 物を完全に覆い隠すほどに高かった。幅広な門は、今日は大きく開かれている。「御入学おめでとうございます」の横断幕は、生徒会の手製らしい。吹奏楽の演 奏が、遠くに聞こえる。
純也は、ほんの少しだけ、新しい生活に希望を抱いた。
だが、その希望は、ほんのわずかな時を経て、打ち砕かれることになる。そして黒々とした地獄の穴が、静かに口を開けて、彼と彼らを待ち受けていた。
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