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第一章 入学式
「純ちゃん!」
背後から明るいボーイソプラノを聞かされ、純也は弾かれたように振り返る。
そこには、幼なじみの平田裕の顔があった。濃紺のブレザーに半ズボン。御堂学園の小学部の制服だ。無論、純也もそれを身につけている。身長は少しだけ純也が上で、彼の浅黒く健康にやけ、小学生なりにサッカーで鍛えられた頑強そうな素足と、色白でほっそりして、やや幼児的なやわらかな曲線を残す裕の素足と は、好対照であった。
裕は愛嬌のある丸顔の、満面に笑顔を浮かべている。釣られて純也の顔からも、浮かない表情が消えた。
「純ちゃんと同じクラスだったよ!」
「えっ! そんなのどこに……」
「こっちこっち!」
裕は純也の手を引き、式が行われる体育館前の、掲示板の前に連れていった。模造紙が何枚か貼られており、クラス分けの一覧が墨字で書かれていた。純也と裕は同じA組だ。他に知る名前はない。
純也も裕と同じくらい嬉しかった。未知の孤島に乗り出すのに、共に漕ぎ出す仲間が一人いるのといないのとでは、天と地ほどの差がある。
純也と裕は小学校の一年生からずっと同じクラスだった。裕の父親もまた、御堂の社員だった。純也の父親は、彼が裕と仲良くすることを、あまり快く思って いなかったようだ。つまり、社内での『格』が純也の父親の方が上であったからなのだが……。しかし純也にはそんなことは関係なかった。裕は、勉強はよくで きたが物云わずで大人しく、ともすればいじめられたり、モタモタして仲間から置き去りにされたりすることが多かった。純也はそんな裕を守るのが自分の役割 だと思っていた。しかし今、未知の世界に放り込まれてみれば、これほど心休まる、頼りになる相棒もなかった。
「入学式、始まっちゃうね!」
裕に手を引かれて、純也は他の少年達の群れに紛れ、体育館に吸い込まれていく。
そんな少年達の群れを、一種異様な視線で見送る、一団のこれまた『少年』達がいた。
リーダー格は高二の、清家秀一。すらりとした長身。端正な顔立ちに、鋭い印象を与える眉。小振りな眼鏡の奥に、《底知れぬ》笑みをたたえている。濃紺のスーツにネクタイ。高等部の制服をスタイリッシュに着こなす。
そのそばに控えるのが、中三の紅林毅。胴回り百センチ、柔道体型に、年齢よりも年かさに見える、いかつい頭を載せている。口元にいやらしげな笑み。中学部の制服である、黒の詰め襟。
高一の村原秋信は短髪の一見爽やかなスポーツマンタイプ。サッカー部のエースで、長身に鍛えられた下半身。そして、紅林の同級の宮下勝也。メガネをかけた小太りで顔色の悪い少年だ。
「毎年、この時期は楽しみだよな」
紅林は、目は清家を見ながらも、声は他の二人にかけている。
「そうだよな、新しい獲物がどっと入ってくるから」
年下の紅林に、調子を合わせているのは村原だった。
「清家さん、もう誰か……」
どことなくおどおどとした態度の宮下は、途中で言葉を飲み込んだ。清家の唇が動いた気がしたからだ。
「あの二人、仲が良さそうだね」
「え、あ、誰? ああ」
口ごもる宮下の頭を軽く押さえ、紅林が低い声で云う。
「あのスポーツ刈りと、丸顔ぼっちゃん刈りですね。どっちから行きます?」
「ゆっくり考えよう。A組らしいな。名前を確かめておいてくれ。……おっと、式が始まってしまう」
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