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夏の思い出
小さな神社に一年で一番人が集まる日かもしれない。恒例の夏祭りの一日。たくさんの出店がにぎわい、狭い境内は人ごみにあふれる。子ども達にとって、お祭りは特別な日である。ちょっとした非日常が、現代の子ども達からも日頃の競争やしがらみや、あらゆる憂さを忘れさせ、高揚した気分を味合わせるのだ。
俺は祐樹という少年の手を引いて、その日の夜、混み合った境内を歩いていた。日頃いつも同じような、みすぼらしいTシャツと半ズボンを身につけている祐樹が、その日に限って珍しく浴衣を着せてもらい、日頃見られぬやや興奮したような、明るく愛らしい表情を浮かべていた。彼は六年生だったけれど、口調も表情も体の大きさも、二年ぐらいは遅れているように見える。そんなやせっぽちの少年だった。
俺の叔父貴は、桂葉園という養護施設に勤めていた。小学校低学年のころ、祐樹はその施設に入所していて、四年生で退所してからも、時々叔父貴のところに顔を出すことがあった。その叔父貴に頼まれて、祐樹を含む何人かの施設の子どもを、遊園地に連れて行ってやったことがる。それが、俺と祐樹の出会いだった。施設に子どもが入れられるには種々の事情があり、祐樹の場合は両親の離婚だったらしい。母親が再婚して家庭が落ち着いた段階で、再び家庭にひきとられたのである。
そんな家庭環境もあってか、祐樹はとても人なつっこい、というよりも、非常に甘えただった。歳に不相応に身体的接触を求め、他の子ども達の前でも、俺を独占したがった。優しさに飢えているのか、俺の表面上の甘味菓子のような舌触りの良さに、あっという間に虜になってしまった。
俺はそんな祐樹の隙につけいる悪意の塊だった。家に一人で遊びに来るようにし向け、次第に距離を縮めながら、性的な快楽をむさぼろうとしていた。体を抱き、太股に触れ、頬をさする。祐樹は子猫のように俺に甘え、何の抵抗も示さなかった。むしろ人前でもきわどい接触を求めて来るので、俺の方が焦ってしまったこともあるぐらいだった。性器に触れても、潤んだような目で俺を見るが、その目に非難の色は無かった。俺はズボンのチャックを下ろして性器に直に触れさえしたが、それすら、全く何のの抵抗もなく受け入れた。
家に遊びに来て、玄関を出る間際、いつも祐樹は俺に求める。
「キスして」
俺は、彼の頭をなで、軽く唇を吸ってやる。
「またそんな目して。俺はどこにも行かないよ。またすぐ会えるじゃないか」
別れ際の祐樹の寂しげな目が、いつも俺の胸をかきむしるのだった。
そんな祐樹だったが、なぜか俺に体を許してはくれなかった。欲望が高まって、彼のシャツをまくって行為に出ようとしたときには、思いがけない抵抗が待っていた。彼は、大声で叫んで力一杯俺の腕をはねのけ、気持ちが萎えかけた俺を振りきって、泣きべそをかきながら部屋を出ていった。
「お兄ちゃんキライだ!」
と、言い残して。
てっきり俺はそれっきりになると思っていたら、また祐樹は俺に電話をかけてきて、何事もなかったように会うようになった。俺にべたべた甘えながらも彼の目が「もうあんなことしないでね」と言っているような気がして、俺はずっと肉体関係には踏み込まなかった。
俺の正体を知っている人間からすれば、この俺の行動を不思議に思うに違いない。少年を食い物にするサディストとしての俺の正体を知っていればだ。だが、これは過去の物語。俺は若かったし、経験も浅かった。そんなことよりもむしろ、誤解を恐れずに言ってしまえば、祐樹への想いは、それだけ純粋で、真剣だったのだ。
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