父と子はぽつんと部屋に残された。
「おとうちゃん・・・」
父はうずくまって悄然としていた。
「おとうちゃん、どうしたの?」
父は嗚咽しているようであった。
「太郎、すまん、すまん、わしは・・・」
「おとうちゃん、どうしたの? どうしてあやまるの?」
太郎は戸惑って、父に歩み寄った。
「おとうちゃん、僕、叩かれても平気だよ。あやまらなくても・・・」
「太郎、すまん、すまん・・・」
父はただそう繰り返し、いつか号泣していた。
夕刻、小さなちゃぶ台を挟んで、父と子は夕食を取っていた。鶏肉のすき煮、年に一度もないごちそうだった。しかも、米のご飯までついてくる。
父は夢中で箸を運ぶ息子を見つめ、目が合いそうになっては、そらしていた。
「ねえ、おとうちゃん」
「な、なんじゃ」
父はどぎまぎしながら答える。
「おとうちゃん、食べないの?」
「いや、わしは・・・お前は遠慮しないでたんと食べたらいい」
「本当! おかわりしてもいいの?」
「いいとも」
「やったー!」
太郎は万歳をして、おひつからご飯をつぐ。やさしいおとうちゃんが戻ってきたようでうれしかった。
幸福な食事が終わると、太郎は急速に眠気に襲われ、ちゃぶ台のそばでうつらうつらしていた。父は息子のそばを離れ、タンスのそばに行くと、カーキの布袋に息子の下着などを詰め始めた。が、思い直したように、それをまた、タンスにしまった。
「わしは、息子に何をもたせたらいいんだ・・・こんなもの、どうせ・・・いつか息子が戻ってきたときのために、このままにしておくんだ」
彼はそうつぶやくと、仏壇の小引き出しから薄緑のお守りを取り出した。
太郎は父に肩をゆさぶられ、目を覚ました。父親は組長に言われていた。「余計なことは何も言うな。いずれわかることじゃ。何も言わずに、ただ使いの者に引き渡せ」と。
「・・・おとうちゃん」
「太郎、起きなさい。お迎えが来ている」
「どこへ行くの」
寝ぼけた目をこすりながら太郎は聞く。
「車に乗るんだ。さあ、急いで」
父に手を引かれ、外に出た。あたりはすっかり闇で、虫の声が聞こえた。黒い車が灰の息を吐いている。
「すごーい。自動車だ」
太郎は漫然と後部座席に乗った。前の席には運転手、隣には黒い背広の男。扉が閉められようとした。太郎ははっとした。
「おとうちゃんは乗らないの?」
「おとうちゃんは行けないんだ」
隣の男がそう言って、鉄の扉をバタンと閉めた。太郎はとたんに恐慌に襲われて後ろを向いて叫んだ。
「おとうちゃん!」
父は悄然と肩を落として、家の中に戻ろうとしていた。車は動き始めた。
「おとうちゃん! おとうちゃん!」
その声が届いたか、ちらりと父の顔がこちらを向く。しかしまたすぐに体をひるがえして父の姿は家の中に消えた。
「おとうちゃん! おとうちゃーん!」
太郎の叫び声は、エンジン音と夜の闇に吸い込まれて、むなしくかき消されていった。