ある園児の話〜その1 キクミさん寄贈


 ボクは わきた ゆう といいます。
 3さいです。
 その日、ボクははじめて ほいくえん というところに いくことになっていました。
 お父さんの うんてんする 車にのって ずいぶんながいこと はしりました。ボクは ほいくえんって ずいぶんとおくにあるんだなぁ とおもいました。
 しばらくすると、車のそとは だんだん木ばっかりになって ずーっとのぼりさかになりました。それでボクにも 山をのぼっているんだなと わかりました。
 あんまりながいこと 車にのっていたので つかれ ねむくなったころに やっとほいくえんにつきました。
 あたりは 雪でまっしろでした。
 ボクがすんでいたまちでは たまに雪がふっても ほとんどつもることはなかったので ボクは ほいくえんではゆきがつもるんだとおもって とってもうれしくなりました。
 これなら ゆきがっせんをしたり ゆきだるまをつくったりして あそべそうだなと おもったからです。
 ボクがくるまから おりようとすると お父さんが 「ちょっとまちなさい」と いいました。
「なぁに?」というと お父さんはバッグのなかから 何かをとりだしました。
 なんだろう? とおもって てにとってみると それは夏に うみに行ったときの 水着でした。
 冬なのに なんでお父さんは こんなものを もってきたんでしょう?
 ボクが とまどっていると おとうさんがこういいました。
「これに着替えなさい」
 ボクは びっくりしてしまいました。
 だって 今は冬です。まわりは 雪でいっぱいです。なんで水着を 着なければならないのか さっぱりわかりません。
「でも……」
「いいから 着替えなさい!!」
 ボクが はんろんしようとすると お父さんはきゅうにどなりました。
 ボクは お父さんが こんなにおこったのを 見たことありません。
 ボクは こわくなって しかたなく きがえることにしました。
「上もぬぐの?」
「あたりまえだろ」
 お父さんのことばに ぼくは車のなかで 朝 お母さんが着せてくれた ながそでのトレーナーと ながずぼんをぬいで はだかになり 水着だけの すがたになりました。
 車のだんぼうのおかげで さむくは ありませんでしたが およぐわけでもないのに 水着すがたになるのは はずかしかったです。
「くつと くつしたもぬぐんだ」
 お父さんのことばに ボクはもうさからう ゆうきがなく はだしになりました。 これで ほんとうに水着 1枚です。
「よし じゃあいくぞ」
 お父さんは そういって 車のドアを あけました。
 つめたい風が 車の中に いっきにはいってきました。
 むきだしの はだに 風があたり からだ中 とりはだだらけに なりました。
「はやくおりなさい」
 お父さんがいいました。
 そんなことを言っても ボクははだかです。しかも はだしです。雪の上に おりることなんてできません。
「やだぁ」
 ボクは 泣きました。
「なんで? なんではだかに ならなきゃいけないの!? さむいよ。やだぁ」
「そういうきまりなんだ。このほいくえんは」
「やだぁ ぜったいやだぁ」
 ボクは 車のいすに しがみついてなきわめきました。
 この雪げしきの中 水着だけのすがたであるくなんて そんなことしたら とうししちゃいます。
 ボクが泣いて いつまでたっても 車からおりようとしないでいると お父さんがむりやり ボクを車の外に ひきずりだそうとしました。
「いやぁぁぁ やだぁぁぁぁ」
 ボクもひっしに ていこうしました。いすにしがみつき ハンドルにしがみつき クラクションをならしたり お父さんのおなかをけとばしたり でも こどものちからでは どうやってもお父さんには かないませんでした。
 ボクはむりやり 車からひきずりだされ 雪の上におおされました。
 むきだしの 手足がゆきにつくと それはもう 冷たいなんてものじゃなく 痛いとしか いいようがありません。ぜんしんを はりでさされたみたいです。
「いやぁぁぁ さむい いたい もうやだぁぁぁぁ ゆるしてぇぇぇ」
 なみだとひめいが ボクの口から もれます。
 お父さんが ボクをだきあげました。
「ゆう……」
「もうやだぁぁぁ おうちかえるぅぅ」
「ごめん……ゆう ごめんな……」
 お父さんが ボクをぎゅっとだきしめます。
「……おとうさん?」
 ボクは泣くのをやめ お父さんのかおを じっとみました。
「お父さんも ゆうをこんなところに こんないじょうな ほいくえんなんかに つれてきたくなかった。 でも、でも もう他に」
 そういう お父さんのりょうめから おおつぶのなみだが こぼれ ボクのほほに かかりました。その涙は なぜだかとてもあたたかかったです。
「おとうさん……」
 ボクは お父さんが泣くのをみるのは はじめてのことでした。寒さもわすれ ボクはなきじゃくる お父さんを ぼうぜんとみていました。
 どのくらい たったでしょう。とてもながくかんじたけど もしかしたら ほんのすうびょうだったのかもしれません。
「わきた ゆうくん だね?」
 とつぜん 男の人の こえがしました。
 ボクがふりかえると そこには お父さんよりもすこし とししたのようにみえる 男の人がたっていました。ぜんしん まっくろな コートをきて くろいサングラスをしています。てには かわのひも みたいなのを もっています。
 こわい。
 ぼくは 男をみたしゅんかん なぜか とってもこわくなりました。
 ずっとあとになって こういうのを 『ほんのうてきなきょうふ』というんだ としりましたが とうじは そんなことばも知らず ただただ こわくてたまりませんでした。
 たんに まっくろなコートとサングラスが やくざっぽかったとか そういうことだけじゃなく こころのそこから わけのわからない きょうふがわきあがってきたのです。
「たにがわさん」
 お父さんがいいました。それが男の名前でしょうか。
「わたしは このほいくえんの えんちょうの たきがわ ゆういちろうだ。きみを かんげいするよ」
 男――たきがわえんちょうは そういって ボクにむかって わらいかけました。そのえみすらも ボクには きょうふをかんじました。
 この男は こわい。
 やだ。
「きみは これから3ねんかん ここでくらすんだよ」
 たにがわえんちょうが ボクとお父さんのほうに ちかづいてきました。
 ボクは お父さんのからだに よりいっそう ちからをいれて しがみつきました。
 ここでお父さんをはなしたら もう とりかえしがつかない ぜったいにはなしたらだめだ。なぜだか ボクはそう かくしんめいたものまで かんじていました。
「やだぁ おとうさぁん おうちにかえろうよぉ……」
 ボクは ふたたび 涙まじりに うったえました。
「ゆう……」
 お父さんは かなしそうなひとみで ぼくをみました。
「お父さん いつまで ゆうくんを あまやかすつもりですか? はやく じめんにおろしなさい。それが ゆうくんのためです」
 たにがわえんちょうが いいました。
「ですが……」
 お父さんはちゅうちょしてうごきません。
「やだ おろさないで。ボクやだぁ」
「いいんですか れいのおはなし……」
 うごかないおとうさんに たにがわえんちょうが すこしおこったちょうしで いいます。
「は……はい……」
 お父さんはそういうと ボクをだきしめていた手を はなしました。
「やめてぇ。はなさないで!」
 ボクはそういうと お父さんにひっしでしがみつきました。雪の上におろされるのが いやだというのもありますが それいじょうに いまここでお父さんからはなされたら もう そのままおいていかれそうだと おもったからです。
「いつまでも わがままをいうな!」
 突然 たにがわえんちょうが どなりました。
「ひっ」
 おびえるボクを たにがわえんちょうは おとうさんから むりやりひきはがしました。お父さんは ちからなく たたずむだけで さからおうともしませんでした。
 そして そのまま たにがわえんちょうは ボクを雪の中に むぞうさになげつけました。こんどは 手足だけでなく かおや おなかまで 雪だらけになってしまいました。
「ぎゃぁぁぁ」
 ボクは悲鳴をあげました。
「さむい つめたい いたい」
 もう ボクは ただただなきわめくことしかできませんでした。