仮面を外したアインはやはり頬が赤く染まっていた。
そして少しだけ唇を尖らせたまま、背伸びをしてキャリコに訴えた。
「ご褒美は不思議な氷が良い!」
「・・・・不思議な氷?」
キャリコは僅かに眉を顰める。
不思議な氷=氷砂糖、とはわかったが、
何故そんな安いものをねだるのか?と少しだけ不愉快だったのだ。
どうせならもっと高価なものや、
『キャリコ自身』をねだればいいのに、と思ったのだろう。
「・・・キャリコ?」
キャリコの明らかな不機嫌オーラにアインは身体を震わせた。
何かいけないことを言っただろうか?とただでさえ不安な心が
更に不安で埋め尽くされてしまった。
「そんなものねだらなくともいつでも買ってやる。
他にないのか?・・・・もっと高価な・・・・」
「コウカなもの・・・・?」
『高価なもの』にアインは弱弱しく首を振る。
背にあるヴァルクに身体を預け、俯きながら足元を空蹴りしながら呟くのだった。
「コウカなものなどいらない・・・」
「・・・・・アイン」
「コウカなものはもらった瞬間だけ嬉しいだけだ・・・心には響かない」
「・・・・・・・」
「コウカなものより不思議な氷がいい・・・あの氷は・・・まるで」
「・・・・・・・」
俯いていた顔を挙げるアイン。
その表情はもう『戦闘人形』の顔で、少しの感情も伺えなくなっていた。
その表情になったのは、これから任務に行くからではない。
アインが本当にキャリコを拒んだからだ。
それ故に誰も寄せ付けない人形の表情になった。
あまりの豹変振りにキャリコのほうが怖くなりアインへ手を伸ばしたが、
アインはその手をヒラリとかわしてしまった。
「不思議な氷以外はいらない」
人形の表情のまま、かたくなにソレを望むアイン。
キャリコにはまったく理解できなかったが、
アインが一度決めたらあまり曲げることをしない頑固者だということを
知っているキャリコはフゥ・・・と小さなため息。
両手を降参という風に挙げ、アインに約束した。
「わかった、降参だ、了解だ・・・アイン」
「・・・・・・」
「ご褒美は不思議な氷を用意しよう・・・・だがせめて聞いていいか?」
「・・・・・・?」
「褒美は不思議な氷がいい理由を」
キャリコの質問に、人形だった表情に赤みがさした。
そして綺麗に微笑み言うのだった。
「不思議な氷のようにオレ達もなりたいからだ」
「・・・は?どういう意味・・・・アイン!」
アインは質問の全てに答えることなく
コックピッドへ乗り込み下にいるキャリコに仮面を投げつける。
「おわっ!!」
落ちてきた仮面をしっかりキャッチしキャリコは上を見上げた。
「アイン!」
「時間切れだキャリコ!行って来る!」
眩しいほどに微笑んだアインは閉まるハッチに消えた。
そしてその姿は、キャリコが『アイン』をみた最後となったのだった。
白い部屋には機械音が響いていた。
ベッドの横に椅子を置き、クォヴレーは横たわるその人物をジッと見つめ続けている。
「・・・クォヴレー」
背後から遠慮がちな二つの声。
クォヴレーの大切な仲間である彼らは手に食べ物を持って立っていた。
「アラド、ゼオラ・・・・」
「目、まだ覚めないのか・・・・?」
「あぁ・・・瞼は動いているからそろそろ目覚めるだろうと先生は言っていた」
「そう・・・」
二人に向けていた視線を再びベッドの男に戻すクォヴレー。
アラドもゼオラもそれ以上何も言わず二人だけにしたかったが、
今日はどうしてもクォヴレーに渡したいものがあり、
遠慮がちにもう一度話しかけるのだった。
「クォヴレー、少しいい?」
「?・・・あぁ」
再びクォヴレーの視線が二人へ戻る。
ゼオラとアラドは視線で言葉を交わすと
手に持っていたソレをクォヴレーに差し出した。
「・・・これは?」
「・・・・いろいろあって大分遅くなっちゃたけど」
「そうそう!・・・おめでとう、クォヴレー!」
「・・・・なにがだ?」
「・・・誕生日」
「!」
クォヴレーは驚いた。
誕生日など3ヶ月も前に過ぎたというのに、
二人はいろいろあって祝えなかったと今祝おうとしてくれているらしい。
「お前の誕生日の時さ、ちゃんと手作り料理用意してたんだぜ?」
「アラド・・・・」
「・・・でも、結局戦闘が直ぐ始まっちゃってそれ食べられなかったでしょ?」
クォヴレーは無言で頷いた。
無意識のままキャリコの待つ場所へ向かい、
信じられないくらい熱い時間を過ごしたのはほんの三ヶ月前のことなのだ、
と同時に思い出す。
何度も何度も身体を繋げ、
最後にもう一度というところでお互いの通信機がけたたましく鳴ったのだ。
その音は二人の甘い時間を一瞬にして終わらせる無慈悲な音で、
あんなに熱い時間を過ごした後だというのに互いの瞳の色は直ぐに冷えたのだった。
クォヴレーはチラッとベッドに横たわる男に視線を戻す。
今は硬く閉じている唇。
何度もクォヴレーの身体に吸い付いてきたあの唇であの男は言ったのだ。
「・・・・次に会った時は殺す」
・・・と。
もちろんその前に「戻ってくる気はあるか?」という前置きもあったのだが、
クォヴレーは頑としてそれを拒否したのだ。
拒むクォヴレーにキャリコは哀しそうな顔をしたが、
直ぐに冷たく見据えると、脱がした服を投げつけ「殺す」と言ってきた。
だからクォヴレーも同じように返した。
「お前はオレ達の仲間になる気はないのか?」
と。
しかしキャリコの答えもまた否であった。
胸が締め付けられながらもクォヴレーは言うしかなかった。
「オレも・・・次に会ったときはお前を・・・殺す」
その後何度か戦ったが結局お互い相手を殺すまでには至らなかったのである。
しかしつい最近バルマー帝国との最終決戦があったのだ。
バルシェムの生みの親、シヴァー・ゴッツォの前に立ちふさがっていたキャリコ。
クォヴレーは通信を試みたが完全にシャットアウトされ話すことは出来なかった。
苦渋の思いで、ガン・スレイヴを放ち、キャリコの機体を落したクォヴレー。
そして爆発する寸前、キャリコの回線が開かれ彼は言った。
『俺がいなくて寒かったのは・・・お前が俺と同じ気持だったからだ
・・・お前は俺を・・・愛・・・・』
それはあの時の質問の答えだったらしいがクォヴレーには分からなかった。
バルマー星が爆発する前、奇跡的に重症のキャリコを拾い上げることに成功したが、
キャリコは今日(こんにち)まで一向に目を覚まさないのである。
「そんなことすっかり忘れていた・・・だが嬉しい」
「クォヴレー・・・」
「開けて良いか?」
「ええ!きっとビックリするわ」
包みを受け取りリボンを解く。
ガサガサしているビニールの袋が見えることから
お菓子の類らしい。
もしかして手作りだろうか?という不安が一瞬よぎるクォヴレーであったが、
ゆっくりと包みから中身を取り出すのであった。
「!!」
「な?驚いただろ?」
「・・・・何故・・・これを?」
驚くクォヴレーにゼオラは屈託ない笑顔でエッヘンと答える。
「ここ最近、貴方おやつにそればっか食べてたでしょ?」
「え?」
「そうそう!そんなに甘党なわけじゃないのに、
一日一回はそれ食べてたよな」
「そう、か???」
手にある色とりどりの金平糖を見てクォヴレーは反芻する。
流石に氷砂糖をおやつにするわけにはいかず、
クォヴレーは似通った金平糖を無意識におやつに選んで食べていたことを思い出した。
「そうかもしれないな・・・オレは溶けない氷が好きなんだ」
「溶けない氷?」
アラドもゼオラも聞きなれない言葉に不思議そうな声で首をかしげる。
「金平糖は氷砂糖と同じようなものだろ?だから食べていた」
「氷砂糖・・・・あ!なるほど」
溶けない氷にゼオラは納得がいたようだ。
「確かになかなか溶けない氷よね、あれ」
「氷砂糖って・・・あの砂糖の塊だよな??
確かに常温でも氷みたいには直ぐ溶けない・・・あ、なるほど」
一歩遅れてアラドも溶けない氷に納得を示した。
そしてすかさず次の疑問をクォヴレーにしてみる。
「なんであんなのが好きなわけ?お前」
「・・・・絶対に笑わないと誓うなら教えてもいい」
「そんなに可笑しな理由なの?」
「・・・・きっとバカにする」
「そんなふうに言われると益々気になる・・・よし!
ぜってー笑わないから教えてください!」
「私も笑わないわ!」
「・・・・誓えるか?」
真面目に問うてくるクォヴレーに二人は真剣に頷く。
クォヴレーは小さく頷き、やがて小さく話し出した。
「願掛けなんだ・・・『アイン』の頃からの」
「アインの・・・?お前、思い出したのか???」
思わず驚き大声がちになるアラド。
しかしクォヴレーは首を左右に振り否定する。
「・・・断片的にで全てではない。
だが忘れていた大切な『気持ち』は思い出した」
「そうなの・・・で?願掛けって???」
「オレは・・・ある人が好きだった」
「へ?」
「えぇ!?」
次々に暴露されていくクォヴレーの『秘密』に、
今度はゼオラも思わず声が大きくなってしまっていた。
「はぁ・・・お前も恋する人間だったんだなぁ・・・」
「でも、人間だもの!誰かを好きになるのは自然よね」
「まぁな・・・(でもクォヴレーって疎そうだから驚いた)」
「・・・オレはその人とずっと一緒にいたかった」
二人はクォヴレーの言葉にうんうん、と相槌を打つ。
クォヴレーは口に微笑を浮かべキャリコを一瞬見ると、
再び二人へ視線を戻し話を続けた。
「氷砂糖は氷と違って冷たくないだろ?」
「・・・ま、砂糖だしな!」
「だが氷と違ってとても甘く・・・溶けにくい」
「そうね・・・口に入れてもしばらく楽しめるわ」
「・・・・オレはその人とずっと・・・そんな関係でいたかったんだ。
いつまでも溶けずに甘い関係で・・・・・」
話終え、クォヴレーは白い天井を見上げる。
そして覚悟を決めて二人に視線を戻した。
笑われると覚悟していたが、なぜか二人は目に涙を溜めているではないか。
「・・・ひっく・・・いい話だ・・・オレ・・・オレ・・・感動して涙が」
「うぅ・・・健気ねクォヴレー・・・」
「二人とも・・・笑わないのか?」
「笑うわけねーじゃん!むしろ感動したぜ?」
「そうよ!一途ねクォヴレー!!私、断然応援するわ貴方と仮面を!」
「・・・・え?」
「オレも!お前と仮面を応援・・・って、えぇぇ!?仮面???」
アラドは目をパチクリさせた。
どうやらゼオラはクォヴレーの想いに薄々感ずいていたようだが、
鈍いアラドはまったく気がつかなかったらしい。
むろんクォヴレーも気づかれていたとは夢にも思わず、
頬を少しだけ赤らめてしまっていた。
「ゼオラ、いつから気づいていたんだ?」
「だってクォヴレーってば仮面を助けてから寝ずの番なんだもの・・・気づくわよ」
「そういやそうだな・・・オレは気づかなかったけど!ははははは、あ!」
「な、なによ!アラド!!急に大こな声出して・・・あ!」
「???どうした、二人とも?」
クォヴレーは口を開けたまま固まる二人に首を傾げる。
だが二人がゆっくりとベッドを指差すので、
クォヴレーはゆっくりとベッドにふり返る。
「!?」
信じがたい光景がクォヴレーの目に飛び込んできた。
ずっと意識不明だったキャリコが目をパッチリ開け、
コチラの様子をジッと見ていたからだ。
そして掠れた声で一言発した。
「・・・氷砂糖の意味が・・・わかった」
一体いつから目を覚ましていたのか、
三人の会話はすべて聞かれていたらしい。
クォヴレーは顔を真っ赤にさせその場を動くことすら出来ず固まっていた。
ゼオラは大急ぎで先生を呼びに部屋を出て行き、
アラドは固まっているクォヴレーを椅子に座らせることにてんてこ舞いであった。
その後順調に身体が回復して言ったキャリコは、
忌むべき存在であるヴェート・・・即ちヴィレッタとも会話を交わした。
そして二人きりになったある時、
『スペクトラは助けられなかったわ・・・ごめんなさい』
と、悲しそうに謝罪してきた。
彼女と話すとき相変らず嫌いオーラを放ってはいるものの、
徐々に打ち解け始めているのは確かだ。
嫌いオーラを発するのは彼女がクォヴレーと親しげに話をするからだろう。
どうやらクォヴレーが彼女に笑顔を向けるのが気に喰わないらしい。
そんな子供っぽいキャリコにクォヴレーは微苦笑を浮かべ見守っている。
そして嫉妬心むき出しの彼に、
夜、腕の中で散々責められるのはもう少し先のお話・・・・。
けれども二人のベッドサイドにはいつも
不思議な氷の浮かんだグラスが置かれているのであった・・・。
有難うございました!
なにげにどっかに更に続きがありまっす!
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